理由を与えなかった聖女は、名を呼ぶことを選んだ

鷹 綾

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第二十四話 最低限で従うという、完全な拒絶

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第二十四話 最低限で従うという、完全な拒絶

 

 命令が日常になった時、
 人は二つのことを学ぶ。

 ――どう従えば、最も傷つかずに済むか。
 ――どう従えば、何も与えずに済むか。

 

 エルディア王国では、
 それが、
 ごく自然に広がっていた。

 

 工房では、
 朝の鐘とともに
 扉が開く。

 職人たちは、
 遅刻せず、
 無断欠勤もない。

 だが――
 誰も、
 会話をしない。

 

「……ここは、
 もう少し磨いた方が……」

 若い弟子が、
 そう言いかけて、
 口をつぐむ。

 親方は、
 首を横に振った。

「指示には、
 含まれていない」

 それだけ。

 仕事は、
 命じられた範囲でしか
 行われない。

 

 結果。

 製品は、
 規格を満たす。

 だが、
 誰も欲しがらない。

「……悪くはない」

 商人が言う。

「でも、
 買う理由がない」

 

 市場の活気は、
 完全に消えた。

 

 王宮の会議では、
 数字が並ぶ。

「稼働率は、
 維持されています」

「違反者も、
 減少しました」

「……順調、
 なのか?」

 誰かが、
 そう口にする。

 沈黙。

 

 ルーファス・ヴァルディオスは、
 報告書から
 視線を上げなかった。

「……順調に、
 死んでいるな」

 その言葉に、
 誰も反論できなかった。

 

 教会も同じだった。

 祈祷は、
 時刻通り。

 人数も、
 規定通り。

 だが――
 祈りの言葉は、
 同じ文言を
 なぞるだけ。

 感情も、
 切実さもない。

 

 ミレイア・ルミナスは、
 祈祷台の前で、
 深く息を吸った。

「……皆さん」

 声をかける。

 誰も、
 顔を上げない。

 祈りが終われば、
 整然と列が解け、
 誰も振り返らずに
 去っていく。

 

 夜、
 彼女は、
 聖女の部屋で
 独り言のように呟いた。

「……信じているのは、
 神ではなく……
 規則、ですね」

 それが、
 どれほど
 歪んだ状態か、
 誰よりも
 彼女が理解していた。

 

 一方、
 シュヴァルツガルト公国。

 セラフィーナは、
 報告書を
 静かに閉じた。

「……完全に、
 “最低限”に
 切り替わりましたね」

「国に尽くす意味を、
 全員が失った」

 アーヴィンの声は、
 低い。

「それでも、
 反乱は起きない」

 

 セラフィーナは、
 少し考えてから言った。

「反乱は、
 まだ“国に期待している者”が
 起こすものです」

「……なるほど」

「今は、
 期待していない」

 

 エルディア王国では、
 新たな異変が
 観測され始めていた。

 ――
 優秀な人材ほど、
 目立たなくなる。

 

 かつて、
 改善案を出していた官吏は、
 沈黙。

 工夫を凝らしていた職人は、
 凡庸な仕事しかしない。

 若く有能な者ほど、
 何もしない。

 

 理由は、
 簡単だ。

 目立つと、
 責任を背負わされる。
 責任は、
 選べない。

 

 ルーファスは、
 深夜、
 一人で
 記録を読み返していた。

「……私は、
 従わせたつもりで、
 拒絶されていたのか」

 答えは、
 沈黙。

 

 最低限で従うという行為は、
 反抗ではない。

 完全な拒絶だ。

 

 それは、
 国の命令を
 否定しない。

 だが――
 国の存在意義を
 肯定もしない。

 

 この段階に入った国は、
 もう、
 人の心を
 取り戻すことは
 できない。

 できるのは――
 さらに縛るか、
 すべてを壊すか。

 

 そして、
 縛る選択をした国は、
 必ず、
 次の一線を越える。

 **「見せしめ」**という名の
 暴力へ。

 その兆しは、
 すでに、
 静かに
 生まれていた。
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