無実の罪で永遠に謹慎する女 ――謹慎していたい令嬢は、何もしないことを選びました**

鷹 綾

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第2話 突然の告発

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第2話 突然の告発

 

それは、本当に唐突だった。

何の前触れもなく、
エレシア・ヴァレンティスは呼び止められた。

「エレシア様、少々――」

声をかけてきたのは、王城の文官だった。
丁寧な口調だが、どこか硬い。

「……はい?」

用件を尋ねる間もなく、
彼は視線を逸らしながら続ける。

「至急、評議室へお越しいただきたいとのことです」

評議室。
その言葉に、胸の奥で小さな違和感が生まれた。

(……私が?)

だが、理由を尋ねる前に、
すでに同行は決定事項のようだった。

拒む理由もない。
急ぐ理由もない。

エレシアは、ただ頷いた。

 

評議室の扉は、いつもより重く感じられた。

中に入ると、
すでに数名の貴族と役人が席に着いていた。
王太子の姿もある。

その場の空気は、
どこか張り詰めていて、
しかし同時に、結論が決まっているような静けさもあった。

「……お呼びでしょうか」

エレシアがそう告げると、
誰かが、咳払いをした。

王太子は、彼女を一瞥しただけで、
すぐに視線を文官へ戻す。

「始めてくれ」

 

文官が、書類を手に立ち上がる。

「――王城内において、
 規律違反の疑いが生じました」

淡々とした声。
感情は、ほとんどない。

「魔導具の管理記録に不整合があり、
 その責任の所在について調査した結果……」

文官の視線が、
ゆっくりとエレシアへ向けられた。

「エレシア・ヴァレンティス様に、
 関与の疑いがあると判断されました」

 

――疑い。

その言葉が、
ひどく曖昧で、
ひどく重く、
その場に落ちた。

エレシアは、一瞬だけ目を瞬いた。

「……私が?」

声は、思った以上に落ち着いていた。

「はい。
 該当期間中、
 当該区画への立ち入りが確認されております」

「……確認、とは?」

思わず、問い返す。

文官は、少し言葉を選ぶように間を置いた。

「明確な証拠ではありません。
 ですが、状況証拠として――」

(……なるほど)

エレシアは、そこで理解した。

(証拠は、ない)

(でも、
 “疑うには十分”ということね)

 

「私は、その魔導具について、
 何も知りません」

事実だった。

「管理にも、
 運用にも、
 一切関わっていません」

それでも、
場の空気は変わらない。

誰も、
「では無実だ」と言わない。

 

王太子が、ゆっくりと口を開いた。

「……エレシア」

呼び捨てにされたのは、
初めてではない。
だが、その声音は、これまでとは違っていた。

「君は、
 その場にいたのだな」

「はい。
 ただし、それは――」

「十分だ」

言葉は、途中で遮られた。

エレシアは、口を閉じる。

(……ああ)

(聞く気が、ない)

 

その瞬間、
彼女の中で、何かがすっと冷めた。

怒りでも、悲しみでもない。

ただ、
理解だった。

(ああ、これは……)

(真実を明らかにする場じゃない)

(“誰かを疑う”ための場なのね)

 

周囲の貴族たちは、
小声で囁き合っている。

「やはり、そうだったのか」
「おとなしい顔をして……」
「王太子妃候補だからといって、
 安心はできないな」

誰の言葉も、
エレシアの心には届かなかった。

(……そう)

(私は、
 “おとなしいから”疑われた)

目立たない。
主張しない。
反論しない。

だから――
一番、都合がいい。

 

「異議はあるか」

形式的な問いだった。

エレシアは、
少しだけ考える。

異議を唱えたところで、
何が変わるだろう。

証拠はない。
しかし、疑いは晴らす気がない。

この場は、
もう、結論に向かって進んでいる。

「……ありません」

その言葉が、
自分でも驚くほど自然に出た。

 

王太子は、わずかに眉を動かしたが、
何も言わなかった。

文官が、淡々と締めくくる。

「では、
 本件については、
 追って処分を決定いたします」

 

評議は、それで終わった。

拍子抜けするほど、あっさりと。

エレシアは、
そのまま退室を促された。

 

廊下に出ると、
さきほどまでの張り詰めた空気が、
嘘のように消えていた。

人々は、
それぞれの用事に戻っていく。

誰も、
エレシアに声をかけない。

(……これで)

(私の立場は、
 もう決まったのかしら)

まだ、何も言い渡されていない。
だが、
何かが終わった感覚だけが、
はっきりと残っていた。

 

自室へ戻り、
椅子に腰を下ろす。

心臓は、静かに鼓動を打っている。

恐怖は、ない。
怒りも、ない。

ただ、
淡い違和感が、胸の奥に残る。

(私は……)

(本当に、
 疑われるようなことをした?)

答えは、分かっている。

――していない。

それでも、
それは重要ではなかった。

重要なのは、
疑われたという事実。

そして、
信じられなかったという現実。

 

窓の外では、
いつも通りの王城の一日が続いている。

人は歩き、
鳥は飛び、
何事もなかったかのように。

エレシアは、
その光景を眺めながら、
小さく息を吐いた。

「……なるほど」

まだ、何も決まっていない。

けれど、
彼女はすでに、
直感的に理解していた。

――これは、
ただの始まりなのだと。

そして次に来るのは、
もっと明確で、
もっと取り返しのつかない何かだということを。

エレシアは、
その予感を、
静かに受け入れていた。
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