3 / 39
第3話 信じられなかった王太子
しおりを挟む
第3話 信じられなかった王太子
翌日も、王城はいつも通りだった。
鐘は時を告げ、人々は忙しなく行き交い、
まるで昨日の評議など存在しなかったかのように、
日常は何事もなく続いている。
エレシアは、その光景を回廊の端から眺めていた。
(……やっぱり)
誰も、昨日の件を話題にしない。
正確には――触れない。
王城という場所は、そういうところだ。
結論が出る前の問題は、
存在しないものとして扱われる。
昼前、再び呼び出しがかかった。
今度は、文官ではない。
王太子直属の近衛兵だった。
「殿下がお呼びです」
短い言葉。
理由の説明はない。
エレシアは頷き、
黙って後に続いた。
王太子の執務室は、整然としていた。
無駄な装飾はなく、
必要なものだけが、必要な場所に置かれている。
それは、
秩序を好む人間の部屋だった。
「……来たか」
王太子は、書類から顔を上げる。
その視線は、
冷たくも、敵意に満ちてもいない。
だが――
距離があった。
婚約者に向ける目ではない。
「昨日の件について、
少し話をしよう」
「はい」
それ以上の言葉は、
エレシアからは出てこなかった。
王太子は、しばらく彼女を見つめてから、
静かに口を開く。
「君が、
魔導具の不正に直接関与したとは、
私も思っていない」
一瞬、
胸の奥で、小さな波が立つ。
だが、それはすぐに消えた。
(……“直接”ね)
言葉の選び方が、
すでに結論を含んでいる。
「ですが」
王太子は、そこで言葉を切る。
「疑いを完全に否定できる材料も、
ない」
エレシアは、黙って聞いていた。
「王城の秩序は、
“疑念が残る状態”を許容しない」
「ましてや、
王太子妃候補となれば、なおさらだ」
つまり――
こういうことだ。
(信じるかどうか、ではない)
(“疑いが残るかどうか”が、問題)
エレシアは、
その構図を、正確に理解した。
「君は、
自分が疑われるようなことをした、
という自覚はあるか?」
王太子の問いは、
冷静で、事務的だった。
エレシアは、首を横に振る。
「いいえ」
「そうか」
それ以上、
深掘りはされなかった。
王太子は、椅子に深く腰掛け、
指を組む。
「エレシア」
その呼び方だけは、
以前と変わらない。
「私は、
王太子として判断しなければならない」
「個人の感情ではなく、
王家の安定と、
秩序を優先する立場だ」
その言葉を聞いた瞬間、
エレシアは、はっきりと理解した。
(……ああ)
(この人は)
(私を“信じない”と
決めたわけじゃない)
(“信じる必要がない”と
判断しただけ)
「疑いがある以上、
何もしないという選択は取れない」
王太子は、
淡々と続ける。
「だから、
私は“処分”を選ぶ」
「それが、
もっとも波風が立たない」
波風。
その言葉が、
妙に耳に残った。
(……私は)
(波風を立てる存在、なのね)
エレシアは、
しばらく沈黙してから、
口を開いた。
「……殿下は」
「私の言葉を、
信じる気はありますか?」
一瞬、
空気が止まった。
王太子は、
少しだけ視線を逸らす。
「……問題は、そこではない」
答えになっていない。
だが、十分だった。
(やっぱり)
エレシアは、
心の中で、小さく頷いた。
怒りは、湧かなかった。
悲しみも、なかった。
ただ、
納得があった。
この人は、
悪人ではない。
だが――
味方でもない。
秩序のためなら、
個人を切り捨てられる。
それが、
王太子という立場なのだ。
「……分かりました」
エレシアは、
静かにそう言った。
「殿下の判断に、
異議はございません」
その言葉に、
王太子は一瞬、
驚いたような表情を浮かべた。
「……抗議しないのか」
「いたしません」
なぜなら。
(抗議するほど、
信頼していないから)
王太子は、
何か言いたげに口を開きかけ、
しかし、結局、何も言わなかった。
「……下がってよい」
執務室を出る。
扉が閉まった瞬間、
エレシアは、
小さく息を吐いた。
胸は、
不思議なほど静かだった。
回廊を歩きながら、
彼女は考える。
(信じられなかった、のね)
(最初から)
もし、
ほんの少しでも、
個人として信じてくれていたら。
もし、
秩序よりも、
真実を優先していたら。
――結果は、違っただろう。
だが、
それは「もしも」の話だ。
現実は、
もう決まっている。
彼は、
疑いを晴らす道を選ばなかった。
そして、
それは、
エレシアを切り捨てる選択と、
同義だった。
自室に戻り、
椅子に腰を下ろす。
窓の外では、
何事もなかったかのように、
王城の一日が続いている。
エレシアは、
その光景を眺めながら、
静かに思った。
(……これで)
(私が、
どんな結末を迎えるかは)
(もう、
決まったのね)
だが、
この時の彼女は、まだ知らない。
その「秩序を選んだ判断」が、
やがて王太子自身を、
長く縛ることになるなど。
今はただ――
信じられなかった者と、
信じることを期待しなかった者が、
すれ違っただけだった。
そして、
物語は、
次の段階へと進んでいく。
翌日も、王城はいつも通りだった。
鐘は時を告げ、人々は忙しなく行き交い、
まるで昨日の評議など存在しなかったかのように、
日常は何事もなく続いている。
エレシアは、その光景を回廊の端から眺めていた。
(……やっぱり)
誰も、昨日の件を話題にしない。
正確には――触れない。
王城という場所は、そういうところだ。
結論が出る前の問題は、
存在しないものとして扱われる。
昼前、再び呼び出しがかかった。
今度は、文官ではない。
王太子直属の近衛兵だった。
「殿下がお呼びです」
短い言葉。
理由の説明はない。
エレシアは頷き、
黙って後に続いた。
王太子の執務室は、整然としていた。
無駄な装飾はなく、
必要なものだけが、必要な場所に置かれている。
それは、
秩序を好む人間の部屋だった。
「……来たか」
王太子は、書類から顔を上げる。
その視線は、
冷たくも、敵意に満ちてもいない。
だが――
距離があった。
婚約者に向ける目ではない。
「昨日の件について、
少し話をしよう」
「はい」
それ以上の言葉は、
エレシアからは出てこなかった。
王太子は、しばらく彼女を見つめてから、
静かに口を開く。
「君が、
魔導具の不正に直接関与したとは、
私も思っていない」
一瞬、
胸の奥で、小さな波が立つ。
だが、それはすぐに消えた。
(……“直接”ね)
言葉の選び方が、
すでに結論を含んでいる。
「ですが」
王太子は、そこで言葉を切る。
「疑いを完全に否定できる材料も、
ない」
エレシアは、黙って聞いていた。
「王城の秩序は、
“疑念が残る状態”を許容しない」
「ましてや、
王太子妃候補となれば、なおさらだ」
つまり――
こういうことだ。
(信じるかどうか、ではない)
(“疑いが残るかどうか”が、問題)
エレシアは、
その構図を、正確に理解した。
「君は、
自分が疑われるようなことをした、
という自覚はあるか?」
王太子の問いは、
冷静で、事務的だった。
エレシアは、首を横に振る。
「いいえ」
「そうか」
それ以上、
深掘りはされなかった。
王太子は、椅子に深く腰掛け、
指を組む。
「エレシア」
その呼び方だけは、
以前と変わらない。
「私は、
王太子として判断しなければならない」
「個人の感情ではなく、
王家の安定と、
秩序を優先する立場だ」
その言葉を聞いた瞬間、
エレシアは、はっきりと理解した。
(……ああ)
(この人は)
(私を“信じない”と
決めたわけじゃない)
(“信じる必要がない”と
判断しただけ)
「疑いがある以上、
何もしないという選択は取れない」
王太子は、
淡々と続ける。
「だから、
私は“処分”を選ぶ」
「それが、
もっとも波風が立たない」
波風。
その言葉が、
妙に耳に残った。
(……私は)
(波風を立てる存在、なのね)
エレシアは、
しばらく沈黙してから、
口を開いた。
「……殿下は」
「私の言葉を、
信じる気はありますか?」
一瞬、
空気が止まった。
王太子は、
少しだけ視線を逸らす。
「……問題は、そこではない」
答えになっていない。
だが、十分だった。
(やっぱり)
エレシアは、
心の中で、小さく頷いた。
怒りは、湧かなかった。
悲しみも、なかった。
ただ、
納得があった。
この人は、
悪人ではない。
だが――
味方でもない。
秩序のためなら、
個人を切り捨てられる。
それが、
王太子という立場なのだ。
「……分かりました」
エレシアは、
静かにそう言った。
「殿下の判断に、
異議はございません」
その言葉に、
王太子は一瞬、
驚いたような表情を浮かべた。
「……抗議しないのか」
「いたしません」
なぜなら。
(抗議するほど、
信頼していないから)
王太子は、
何か言いたげに口を開きかけ、
しかし、結局、何も言わなかった。
「……下がってよい」
執務室を出る。
扉が閉まった瞬間、
エレシアは、
小さく息を吐いた。
胸は、
不思議なほど静かだった。
回廊を歩きながら、
彼女は考える。
(信じられなかった、のね)
(最初から)
もし、
ほんの少しでも、
個人として信じてくれていたら。
もし、
秩序よりも、
真実を優先していたら。
――結果は、違っただろう。
だが、
それは「もしも」の話だ。
現実は、
もう決まっている。
彼は、
疑いを晴らす道を選ばなかった。
そして、
それは、
エレシアを切り捨てる選択と、
同義だった。
自室に戻り、
椅子に腰を下ろす。
窓の外では、
何事もなかったかのように、
王城の一日が続いている。
エレシアは、
その光景を眺めながら、
静かに思った。
(……これで)
(私が、
どんな結末を迎えるかは)
(もう、
決まったのね)
だが、
この時の彼女は、まだ知らない。
その「秩序を選んだ判断」が、
やがて王太子自身を、
長く縛ることになるなど。
今はただ――
信じられなかった者と、
信じることを期待しなかった者が、
すれ違っただけだった。
そして、
物語は、
次の段階へと進んでいく。
196
あなたにおすすめの小説
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
元婚約者のあなたへ どうか幸せに
石里 唯
恋愛
公爵令嬢ローラは王太子ケネスの婚約者だったが、家が困窮したことから、婚約破棄をされることになる。破棄だけでなく、相愛と信じていたケネスの冷酷な態度に傷つき、最後の挨拶もできず別れる。失意を抱いたローラは、国を出て隣国の大学の奨学生となることを決意する。
隣国は3年前、疫病が広がり大打撃を受け、国全体が復興への熱意に満ち、ローラもその熱意に染まり勉学に勤しむ日々を送っていたところ、ある日、一人の「学生」がローラに声をかけてきて―――。
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
私の婚約者を奪った義妹は、幸せになるはずでした
しおしお
恋愛
侯爵令嬢フィオレッタ・ランベールは、公爵令息ギルベルトとの婚約が決まっていた。
けれど、他国へ嫁ぐのが嫌だと訴える義妹カトリーヌは、可憐でか弱い姿を武器に、少しずつ周囲の心を動かしていく。
そしてついに起こる、婚約者交換。
婚約を奪われたフィオレッタは、義妹が拒んだ相手――他国アルディシア公国の公爵フェリクスのもとへ向かうことになる。
突然変えられ「他国へ嫁ぐなんて嫌ですわ」
そう泣いた義妹は、姉の婚約者を奪った。
侯爵令嬢フィオレッタ・ランベールは、公爵令息との婚約を義妹カトリーヌに奪われ、代わりに義妹が拒んだ他国の公爵へ嫁ぐことになる。
傷つきながらも静かに運命を受け入れるフィオレッタと、愛される幸せを手に入れたと信じるカトリーヌ。
だが、婚約交換から始まった二人の人生は、やがて思いもよらぬ形で分かれていく。
奪われた姉が辿り着く未来と、奪った妹が手にする結末とは――。
婚約交換から始まる、姉妹の明暗を描いた恋愛ざまぁ物語。
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
(完結)婚約破棄から始まる真実の愛
青空一夏
恋愛
私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。
女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?
美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)
【完結】断罪された悪役令嬢は、二度目は復讐に生きる
くろねこ
恋愛
公爵令嬢リリアーネ・アルフェルトは、
聖女と王国第一王子に嵌められ、
悪女として公開断罪され、処刑された。
弁明は許されず、真実を知る者は沈黙し、
彼女は石を投げられ、罵られ、
罪人として命を奪われた――はずだった。
しかし、彼女は教会の地下で目を覚ます。
死を代償に得たのは.........
赦しは選ばない。
和解もしない。
名乗るつもりもない。
彼女が選んだのは、
自分を裁いた者たちを、
同じ法と断罪で裁き返すこと。
最初に落ちるのは、
彼女を裏切った小さな歯車。
次に崩れるのは、
聖女の“奇跡”と信仰。
やがて王子は、
自ら築いた裁判台へと引きずり出される。
かつて正義を振りかざした者たちは、
自分が断罪される未来を想像すらしていなかった。
悪女は表舞台に立たない。
だがその裏側で、
嘘は暴かれ、
罪は積み上がり、
裁きは逃げ場なく迫っていく。
これは、
一度死んだ悪女が、
“ざまぁ”のために暴れる物語ではない。
――逃げ場のない断罪を、
一人ずつ成立させていく物語だ。
婚約破棄されたので、もう私が支えるのはやめます
ふわふわ
恋愛
王太子アルヴィスの婚約者として、誰よりも完璧であることを求められてきた侯爵令嬢エレノア。
けれど卒業舞踏会の夜、彼女は突然、王太子から婚約破棄を告げられる。
隣に立っていたのは、可憐で愛らしい義妹ミレイユ。
「真実の愛」を掲げる二人に悪女として断じられたエレノアは、すべてを失った――はずだった。
しかし、王宮はなぜか急に回らなくなり、王太子と義妹は少しずつ綻びを見せ始める。
そんな中、エレノアの手腕にいち早く気づいていた冷徹公爵レオンハルトが、彼女へ手を差し伸べる。
「もう、あちらを支える必要はない」
王太子のためでも、侯爵家のためでもなく。
今度こそ自分の意思で立つために、エレノアは公爵家で新たな一歩を踏み出す。
一方、彼女を失って初めて、その価値の大きさを思い知る王太子と、奪ったはずの場所で何も支えられない義妹。
静かに、けれど確実に始まる立場逆転――。
これは、ずっと「選ばれる側」だった令嬢が、もう誰かのために自分を削るのをやめて、幸せも未来も自分で選び取る物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる