無実の罪で永遠に謹慎する女 ――謹慎していたい令嬢は、何もしないことを選びました**

鷹 綾

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第3話 信じられなかった王太子

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第3話 信じられなかった王太子

 

翌日も、王城はいつも通りだった。

鐘は時を告げ、人々は忙しなく行き交い、
まるで昨日の評議など存在しなかったかのように、
日常は何事もなく続いている。

エレシアは、その光景を回廊の端から眺めていた。

(……やっぱり)

誰も、昨日の件を話題にしない。
正確には――触れない。

王城という場所は、そういうところだ。
結論が出る前の問題は、
存在しないものとして扱われる。

 

昼前、再び呼び出しがかかった。

今度は、文官ではない。
王太子直属の近衛兵だった。

「殿下がお呼びです」

短い言葉。
理由の説明はない。

エレシアは頷き、
黙って後に続いた。

 

王太子の執務室は、整然としていた。

無駄な装飾はなく、
必要なものだけが、必要な場所に置かれている。

それは、
秩序を好む人間の部屋だった。

「……来たか」

王太子は、書類から顔を上げる。

その視線は、
冷たくも、敵意に満ちてもいない。

だが――
距離があった。

婚約者に向ける目ではない。

 

「昨日の件について、
 少し話をしよう」

「はい」

それ以上の言葉は、
エレシアからは出てこなかった。

王太子は、しばらく彼女を見つめてから、
静かに口を開く。

「君が、
 魔導具の不正に直接関与したとは、
 私も思っていない」

一瞬、
胸の奥で、小さな波が立つ。

だが、それはすぐに消えた。

(……“直接”ね)

言葉の選び方が、
すでに結論を含んでいる。

 

「ですが」

王太子は、そこで言葉を切る。

「疑いを完全に否定できる材料も、
 ない」

エレシアは、黙って聞いていた。

「王城の秩序は、
 “疑念が残る状態”を許容しない」

「ましてや、
 王太子妃候補となれば、なおさらだ」

 

つまり――
こういうことだ。

(信じるかどうか、ではない)

(“疑いが残るかどうか”が、問題)

エレシアは、
その構図を、正確に理解した。

 

「君は、
 自分が疑われるようなことをした、
 という自覚はあるか?」

王太子の問いは、
冷静で、事務的だった。

エレシアは、首を横に振る。

「いいえ」

「そうか」

それ以上、
深掘りはされなかった。

 

王太子は、椅子に深く腰掛け、
指を組む。

「エレシア」

その呼び方だけは、
以前と変わらない。

「私は、
 王太子として判断しなければならない」

「個人の感情ではなく、
 王家の安定と、
 秩序を優先する立場だ」

 

その言葉を聞いた瞬間、
エレシアは、はっきりと理解した。

(……ああ)

(この人は)

(私を“信じない”と
 決めたわけじゃない)

(“信じる必要がない”と
 判断しただけ)

 

「疑いがある以上、
 何もしないという選択は取れない」

王太子は、
淡々と続ける。

「だから、
 私は“処分”を選ぶ」

「それが、
 もっとも波風が立たない」

 

波風。

その言葉が、
妙に耳に残った。

(……私は)

(波風を立てる存在、なのね)

 

エレシアは、
しばらく沈黙してから、
口を開いた。

「……殿下は」

「私の言葉を、
 信じる気はありますか?」

一瞬、
空気が止まった。

王太子は、
少しだけ視線を逸らす。

「……問題は、そこではない」

答えになっていない。
だが、十分だった。

 

(やっぱり)

エレシアは、
心の中で、小さく頷いた。

怒りは、湧かなかった。
悲しみも、なかった。

ただ、
納得があった。

 

この人は、
悪人ではない。

だが――
味方でもない。

秩序のためなら、
個人を切り捨てられる。

それが、
王太子という立場なのだ。

 

「……分かりました」

エレシアは、
静かにそう言った。

「殿下の判断に、
 異議はございません」

その言葉に、
王太子は一瞬、
驚いたような表情を浮かべた。

「……抗議しないのか」

「いたしません」

なぜなら。

(抗議するほど、
 信頼していないから)

 

王太子は、
何か言いたげに口を開きかけ、
しかし、結局、何も言わなかった。

「……下がってよい」

 

執務室を出る。

扉が閉まった瞬間、
エレシアは、
小さく息を吐いた。

胸は、
不思議なほど静かだった。

 

回廊を歩きながら、
彼女は考える。

(信じられなかった、のね)

(最初から)

もし、
ほんの少しでも、
個人として信じてくれていたら。

もし、
秩序よりも、
真実を優先していたら。

――結果は、違っただろう。

だが、
それは「もしも」の話だ。

 

現実は、
もう決まっている。

彼は、
疑いを晴らす道を選ばなかった。

そして、
それは、
エレシアを切り捨てる選択と、
同義だった。

 

自室に戻り、
椅子に腰を下ろす。

窓の外では、
何事もなかったかのように、
王城の一日が続いている。

エレシアは、
その光景を眺めながら、
静かに思った。

(……これで)

(私が、
 どんな結末を迎えるかは)

(もう、
 決まったのね)

 

だが、
この時の彼女は、まだ知らない。

その「秩序を選んだ判断」が、
やがて王太子自身を、
長く縛ることになるなど。

今はただ――
信じられなかった者と、
信じることを期待しなかった者が、
すれ違っただけだった。

そして、
物語は、
次の段階へと進んでいく。
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