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第4話 あっさりと切り捨てられて
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第4話 あっさりと切り捨てられて
その日は、王城に人が集まっていた。
正式な儀式でも、祝賀会でもない。
だが、貴族たちが揃い、役人が控え、
王太子が臨席する場が設けられる――
それだけで、十分に「公の場」だった。
エレシア・ヴァレンティスは、
その中央に立たされていた。
(……なるほど)
特別な演出はない。
音楽も、前置きも、感情的な言葉もない。
これは、
処理なのだと、
一目で分かった。
王太子が、一歩前に出る。
その姿に、場が静まる。
貴族たちは息を潜め、
誰一人として声を上げない。
「――エレシア・ヴァレンティス」
名を呼ばれる。
その瞬間、
胸が締めつけられるような感覚は、
不思議と、なかった。
(やっぱり)
(もう、
覚悟はできているから)
「王城内における規律違反の疑いについて、
調査と評議を行った結果」
王太子の声は、
いつもと変わらない。
感情を削ぎ落とした、
よく通る声。
「王家として、
これ以上、婚約関係を継続することは、
適切ではないと判断した」
その言葉が、
場に落ちる。
「よって――」
一拍。
「本日をもって、
エレシア・ヴァレンティスとの婚約を、
破棄する」
それだけだった。
ざわめきが起きる。
「……やはり」
「決まったのか」
「仕方ないだろうな」
誰も、
驚いてはいない。
(……そう)
(私は、
もう“処分済み”だったのね)
エレシアは、
王太子の顔を見た。
そこに、
迷いはない。
罪を確定させた表情でもない。
悲しみや、後悔もない。
ただ、
役割を果たした人間の顔だった。
「異議はあるか」
形式的な問い。
エレシアは、
ゆっくりと首を横に振る。
「……ございません」
声は、
自分でも驚くほど、落ち着いていた。
王太子は、
一瞬だけ視線を細めたが、
すぐに表情を戻す。
「では、以上だ」
それで終わり。
婚約破棄という、
本来なら人生を左右する出来事が、
信じられないほど、あっさりと。
その後、
誰かが彼女に声をかけることはなかった。
慰めも、
叱責も、
同情もない。
貴族たちは、
それぞれの会話に戻り、
次の話題へと移っていく。
(……早いわね)
(もう、
私の話は終わり?)
控室に戻される途中、
エレシアは、
周囲の視線を感じていた。
だが、それは――
好奇心ですらない。
(興味が、ない)
(切り捨てられた人間に、
割く時間はない、という顔)
ふと、
王太子との最初の会話を思い出す。
形式的な挨拶。
当たり障りのない言葉。
(……最初から)
(こうなる可能性は、
あったのね)
自室に戻ると、
扉の前に、文官が待っていた。
「……エレシア様」
その声音は、
少しだけ気まずそうだった。
「本日の決定について、
正式な文書は後ほど――」
「分かりました」
エレシアは、
それを遮った。
「必要な手続きには、
従います」
文官は、
一瞬、戸惑ったような顔をしたが、
やがて頷く。
「……承知しました」
扉が閉まる。
部屋には、
静寂だけが残る。
エレシアは、
椅子に腰を下ろし、
ゆっくりと息を吐いた。
「……婚約破棄、か」
声に出してみても、
実感は薄い。
泣きたい気持ちも、
怒りも、
湧いてこない。
ただ――
ひとつだけ、
はっきりしていることがあった。
(私は)
(“守る価値のある存在”では、
なかった)
それだけだ。
だが同時に、
エレシアは気づいていた。
(……逆に言えば)
(期待も、
役割も、
もう、ない)
婚約者としての義務。
将来への期待。
王太子妃候補としての責任。
それらはすべて、
今日、この場で切り捨てられた。
窓の外では、
夕日が沈みかけている。
その光景を見つめながら、
エレシアは、
静かに思った。
(これで……)
(私は、
自由になる準備が整った)
まだ、
何が起きるのかは分からない。
だが、
少なくとも、
「戻る場所」は失われた。
その夜、
エレシアは、
いつもより早く眠りについた。
心は、不思議なほど静かだった。
そして――
翌日、彼女に告げられることになる。
婚約破棄よりも、
はるかに重く、
はるかに皮肉な命令を。
それが、
彼女の人生を大きく変えるとは、
この時点では、
まだ、誰も知らなかった。
その日は、王城に人が集まっていた。
正式な儀式でも、祝賀会でもない。
だが、貴族たちが揃い、役人が控え、
王太子が臨席する場が設けられる――
それだけで、十分に「公の場」だった。
エレシア・ヴァレンティスは、
その中央に立たされていた。
(……なるほど)
特別な演出はない。
音楽も、前置きも、感情的な言葉もない。
これは、
処理なのだと、
一目で分かった。
王太子が、一歩前に出る。
その姿に、場が静まる。
貴族たちは息を潜め、
誰一人として声を上げない。
「――エレシア・ヴァレンティス」
名を呼ばれる。
その瞬間、
胸が締めつけられるような感覚は、
不思議と、なかった。
(やっぱり)
(もう、
覚悟はできているから)
「王城内における規律違反の疑いについて、
調査と評議を行った結果」
王太子の声は、
いつもと変わらない。
感情を削ぎ落とした、
よく通る声。
「王家として、
これ以上、婚約関係を継続することは、
適切ではないと判断した」
その言葉が、
場に落ちる。
「よって――」
一拍。
「本日をもって、
エレシア・ヴァレンティスとの婚約を、
破棄する」
それだけだった。
ざわめきが起きる。
「……やはり」
「決まったのか」
「仕方ないだろうな」
誰も、
驚いてはいない。
(……そう)
(私は、
もう“処分済み”だったのね)
エレシアは、
王太子の顔を見た。
そこに、
迷いはない。
罪を確定させた表情でもない。
悲しみや、後悔もない。
ただ、
役割を果たした人間の顔だった。
「異議はあるか」
形式的な問い。
エレシアは、
ゆっくりと首を横に振る。
「……ございません」
声は、
自分でも驚くほど、落ち着いていた。
王太子は、
一瞬だけ視線を細めたが、
すぐに表情を戻す。
「では、以上だ」
それで終わり。
婚約破棄という、
本来なら人生を左右する出来事が、
信じられないほど、あっさりと。
その後、
誰かが彼女に声をかけることはなかった。
慰めも、
叱責も、
同情もない。
貴族たちは、
それぞれの会話に戻り、
次の話題へと移っていく。
(……早いわね)
(もう、
私の話は終わり?)
控室に戻される途中、
エレシアは、
周囲の視線を感じていた。
だが、それは――
好奇心ですらない。
(興味が、ない)
(切り捨てられた人間に、
割く時間はない、という顔)
ふと、
王太子との最初の会話を思い出す。
形式的な挨拶。
当たり障りのない言葉。
(……最初から)
(こうなる可能性は、
あったのね)
自室に戻ると、
扉の前に、文官が待っていた。
「……エレシア様」
その声音は、
少しだけ気まずそうだった。
「本日の決定について、
正式な文書は後ほど――」
「分かりました」
エレシアは、
それを遮った。
「必要な手続きには、
従います」
文官は、
一瞬、戸惑ったような顔をしたが、
やがて頷く。
「……承知しました」
扉が閉まる。
部屋には、
静寂だけが残る。
エレシアは、
椅子に腰を下ろし、
ゆっくりと息を吐いた。
「……婚約破棄、か」
声に出してみても、
実感は薄い。
泣きたい気持ちも、
怒りも、
湧いてこない。
ただ――
ひとつだけ、
はっきりしていることがあった。
(私は)
(“守る価値のある存在”では、
なかった)
それだけだ。
だが同時に、
エレシアは気づいていた。
(……逆に言えば)
(期待も、
役割も、
もう、ない)
婚約者としての義務。
将来への期待。
王太子妃候補としての責任。
それらはすべて、
今日、この場で切り捨てられた。
窓の外では、
夕日が沈みかけている。
その光景を見つめながら、
エレシアは、
静かに思った。
(これで……)
(私は、
自由になる準備が整った)
まだ、
何が起きるのかは分からない。
だが、
少なくとも、
「戻る場所」は失われた。
その夜、
エレシアは、
いつもより早く眠りについた。
心は、不思議なほど静かだった。
そして――
翌日、彼女に告げられることになる。
婚約破棄よりも、
はるかに重く、
はるかに皮肉な命令を。
それが、
彼女の人生を大きく変えるとは、
この時点では、
まだ、誰も知らなかった。
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