無実の罪で永遠に謹慎する女 ――謹慎していたい令嬢は、何もしないことを選びました**

鷹 綾

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第5話 無期限という名の命令

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第5話 無期限という名の命令

 

その命令は、翌朝、淡々と告げられた。

昨日の婚約破棄が、まるで前菜だったかのように。
感情も余韻も挟まれないまま、
事務的な手続きの一つとして。

「エレシア・ヴァレンティス様」

文官は、視線を上げずに言った。

「王家の決定により、
 本日付で――
 無期限の謹慎を命じます」

 

……無期限。

その言葉を聞いた瞬間、
エレシアの中で、何かが一拍、遅れて反応した。

(……無期限?)

期限が、ない。

それは、
「長い」という意味ではなく、
存在しないという意味だ。

 

「謹慎中は、
 王城外への外出を禁じます。
 職務、社交、政治的関与は、
 すべて停止となります」

文官は、続ける。

「追って、生活に必要な措置については、
 別途、通知いたします」

 

説明は、それだけだった。

「質問はありますか」

形式的な問い。

エレシアは、
ほんの一瞬だけ、考えた。

質問したいことは、
山ほどあるはずなのに。

――なぜ、無期限なのか。
――証拠はどこにあるのか。
――解除条件はあるのか。

だが、
そのどれもが、
今の彼女にとって、
重要ではなかった。

「……ありません」

そう答えると、
文官は一礼し、
すぐに踵を返した。

 

扉が閉まる。

部屋に残されたのは、
エレシアと、
一枚の命令書だけ。

 

無期限謹慎命令。

封蝋の跡が、
はっきりと残っている。

エレシアは、
椅子に腰を下ろし、
その文字を、じっと見つめた。

(……無期限)

もう一度、
心の中で反芻する。

(期限が、ない)

(いつまで、という区切りが、ない)

 

その瞬間だった。

胸の奥で、
何かが、
音を立てて崩れた。

 

――深夜のオフィス。
――鳴り止まない通知音。
――「もう少しだけ」「今月だけ」という言葉。
――終電を逃し、
 コンビニの明かりを見上げながら歩いた帰り道。
――気づいたら、朝で。
――気づいたら、限界で。

そして――
目を覚まさなかった、あの日。

 

「……あ」

思わず、
声が漏れた。

(そう、だった)

(私……)

(前にも、
 こういう世界に、
 いた)

 

前世。

働いて、
働いて、
働いて。

「やりがい」
「責任」
「みんなのため」

その言葉に縛られて、
休むことすら、
罪のように感じていた日々。

 

エレシアは、
命令書を見下ろしたまま、
ゆっくりと息を吐いた。

「……無期限」

もう一度。

今度は、
違う意味で。

 

(謹慎、ってことは)

(……何も、
 してはいけない?)

一瞬、
そう思ってから、
すぐに首を振る。

(違う)

(……何も、しなくていい)

 

前世の私が、
どれほど欲しかった言葉だろう。

「休め」
「何もしなくていい」
「期限はない」

それが、
命令として、
正式に与えられている。

 

(……え?)

(ちょっと、待って)

(無期限って……)

(……永遠?)

 

そこに至った瞬間、
エレシアの思考は、
不思議なほど軽くなった。

胸の奥に溜まっていたものが、
一気に抜け落ちる。

「……」

そして。

 

「……らっきー」

 

思わず、
そんな言葉が、
口から零れた。

誰もいない部屋で、
誰にも聞かれない声で。

 

無実の罪。
婚約破棄。
無期限謹慎。

普通なら、
人生が終わったと嘆く場面だ。

だが、
エレシアは違った。

(……働かなくて、いい)

(誰にも、
 期待されなくていい)

(役割も、
 責任も、
 背負わなくていい)

 

前世で、
命を削って得られなかったものが、
今世では、
命令ひとつで手に入った。

それが、
おかしくて。

それが、
嬉しくて。

 

エレシアは、
椅子の背もたれに身を預け、
天井を見上げた。

「……これは」

小さく、
しかしはっきりと。

「……祝福ね」

 

誰も、
彼女を祝福しない。

誰も、
彼女を憐れまない。

だが、
彼女自身だけは、
この命令の価値を、
正しく理解していた。

 

無期限。

それは、
終わらない罰ではない。

終わらない自由だ。

 

エレシアは、
ゆっくりと目を閉じる。

(今世は……)

(何もしない)

(それで、いい)

 

こうして、
無実の罪で下された
無期限謹慎命令は、

彼女にとって――
人生で初めて与えられた、
休息の許可証となった。

この時点では、
まだ誰も知らない。

この命令が、
やがて王太子自身を、
永遠に縛ることになるなど。

今はただ、
一人の女が、
心から安堵していた。

> 「無期限……最高」



その一言とともに、
彼女の“何もしない人生”は、
ここから静かに始まる。
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