無実の罪で永遠に謹慎する女 ――謹慎していたい令嬢は、何もしないことを選びました**

鷹 綾

文字の大きさ
5 / 39

第5話 無期限という名の命令

しおりを挟む
第5話 無期限という名の命令

 

その命令は、翌朝、淡々と告げられた。

昨日の婚約破棄が、まるで前菜だったかのように。
感情も余韻も挟まれないまま、
事務的な手続きの一つとして。

「エレシア・ヴァレンティス様」

文官は、視線を上げずに言った。

「王家の決定により、
 本日付で――
 無期限の謹慎を命じます」

 

……無期限。

その言葉を聞いた瞬間、
エレシアの中で、何かが一拍、遅れて反応した。

(……無期限?)

期限が、ない。

それは、
「長い」という意味ではなく、
存在しないという意味だ。

 

「謹慎中は、
 王城外への外出を禁じます。
 職務、社交、政治的関与は、
 すべて停止となります」

文官は、続ける。

「追って、生活に必要な措置については、
 別途、通知いたします」

 

説明は、それだけだった。

「質問はありますか」

形式的な問い。

エレシアは、
ほんの一瞬だけ、考えた。

質問したいことは、
山ほどあるはずなのに。

――なぜ、無期限なのか。
――証拠はどこにあるのか。
――解除条件はあるのか。

だが、
そのどれもが、
今の彼女にとって、
重要ではなかった。

「……ありません」

そう答えると、
文官は一礼し、
すぐに踵を返した。

 

扉が閉まる。

部屋に残されたのは、
エレシアと、
一枚の命令書だけ。

 

無期限謹慎命令。

封蝋の跡が、
はっきりと残っている。

エレシアは、
椅子に腰を下ろし、
その文字を、じっと見つめた。

(……無期限)

もう一度、
心の中で反芻する。

(期限が、ない)

(いつまで、という区切りが、ない)

 

その瞬間だった。

胸の奥で、
何かが、
音を立てて崩れた。

 

――深夜のオフィス。
――鳴り止まない通知音。
――「もう少しだけ」「今月だけ」という言葉。
――終電を逃し、
 コンビニの明かりを見上げながら歩いた帰り道。
――気づいたら、朝で。
――気づいたら、限界で。

そして――
目を覚まさなかった、あの日。

 

「……あ」

思わず、
声が漏れた。

(そう、だった)

(私……)

(前にも、
 こういう世界に、
 いた)

 

前世。

働いて、
働いて、
働いて。

「やりがい」
「責任」
「みんなのため」

その言葉に縛られて、
休むことすら、
罪のように感じていた日々。

 

エレシアは、
命令書を見下ろしたまま、
ゆっくりと息を吐いた。

「……無期限」

もう一度。

今度は、
違う意味で。

 

(謹慎、ってことは)

(……何も、
 してはいけない?)

一瞬、
そう思ってから、
すぐに首を振る。

(違う)

(……何も、しなくていい)

 

前世の私が、
どれほど欲しかった言葉だろう。

「休め」
「何もしなくていい」
「期限はない」

それが、
命令として、
正式に与えられている。

 

(……え?)

(ちょっと、待って)

(無期限って……)

(……永遠?)

 

そこに至った瞬間、
エレシアの思考は、
不思議なほど軽くなった。

胸の奥に溜まっていたものが、
一気に抜け落ちる。

「……」

そして。

 

「……らっきー」

 

思わず、
そんな言葉が、
口から零れた。

誰もいない部屋で、
誰にも聞かれない声で。

 

無実の罪。
婚約破棄。
無期限謹慎。

普通なら、
人生が終わったと嘆く場面だ。

だが、
エレシアは違った。

(……働かなくて、いい)

(誰にも、
 期待されなくていい)

(役割も、
 責任も、
 背負わなくていい)

 

前世で、
命を削って得られなかったものが、
今世では、
命令ひとつで手に入った。

それが、
おかしくて。

それが、
嬉しくて。

 

エレシアは、
椅子の背もたれに身を預け、
天井を見上げた。

「……これは」

小さく、
しかしはっきりと。

「……祝福ね」

 

誰も、
彼女を祝福しない。

誰も、
彼女を憐れまない。

だが、
彼女自身だけは、
この命令の価値を、
正しく理解していた。

 

無期限。

それは、
終わらない罰ではない。

終わらない自由だ。

 

エレシアは、
ゆっくりと目を閉じる。

(今世は……)

(何もしない)

(それで、いい)

 

こうして、
無実の罪で下された
無期限謹慎命令は、

彼女にとって――
人生で初めて与えられた、
休息の許可証となった。

この時点では、
まだ誰も知らない。

この命令が、
やがて王太子自身を、
永遠に縛ることになるなど。

今はただ、
一人の女が、
心から安堵していた。

> 「無期限……最高」



その一言とともに、
彼女の“何もしない人生”は、
ここから静かに始まる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

女神様、もっと早く祝福が欲しかった。

しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。 今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。 女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか? 一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。

〖完結〗終着駅のパッセージ

苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。 彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。 王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは夫と婚姻してから三年という長い時間を振り返る。 その間、夫が帰宅したのは数えるほどだった。 ※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

処理中です...