19 / 39
第20話 世界からの消失
しおりを挟む
第20話 世界からの消失
その日も、
朝は静かに訪れた。
光は、
いつもと同じ角度で差し込み、
いつもと同じ温度で、
床を照らす。
エレシアは、
目を覚ましても、
時間を確認しなかった。
必要がないからだ。
(……朝ね)
それだけで、
十分だった。
この部屋では、
朝であっても、
昼であっても、
夜であっても、
意味は変わらない。
どの時間も、
等しく、
何も起こらない。
それが、
確定している。
以前は、
「何も起こらない」ことを、
確認する必要があった。
だが今は、
もう違う。
(……起こらないのが、
当然)
それが、
世界の前提になっていた。
エレシアは、
ゆっくりと起き上がり、
窓の方へ視線を向ける。
庭は、
変わらない。
鳥が飛び、
風が揺れ、
草が光る。
だが、
そこに――
彼女の視線を返す者は、
いない。
(……完全に、
切れている)
この感覚は、
昨日までとは、
少し違っていた。
噂が消えた。
名前が消えた。
記録が奥へ追いやられた。
それらは、
まだ「過程」だった。
だが、
今朝のこの感覚は、
結果だった。
(……私は、
もう、
世界の流れに、
含まれていない)
それを、
エレシアは、
即座に理解した。
不思議と、
恐怖はなかった。
むしろ、
胸の奥で、
静かな肯定が広がる。
(……やっと)
朝食が運ばれる。
控えめなノック。
無言の入室。
無言の設置。
メイドは、
今日も、
余計なことを言わなかった。
だが、
彼女の動きは、
どこか、
さらに淡々としていた。
それは、
「気を遣わなくなった」
という感覚に近い。
エレシアを、
特別な存在として、
扱っていない。
罪人でも、
令嬢でも、
王太子妃候補でもない。
そこにいる人。
それだけだ。
(……これでいい)
エレシアは、
食事に手を伸ばしながら、
そう思った。
誰かの事情に、
関係しない存在。
誰かの計画に、
含まれない存在。
誰かの評価軸に、
乗らない存在。
それは、
前世で、
一度も得られなかった
立ち位置だった。
食事を終え、
盆が下げられる。
扉が閉まる。
その音が、
いつもより、
遠く感じられた。
(……もう、
この部屋と、
私だけ)
だが、
それを寂しいとは、
思わなかった。
むしろ――
ようやく、
世界が静止した感覚。
エレシアは、
椅子に腰掛け、
目を閉じる。
何も考えない。
未来のことも、
過去のことも、
考えない。
思考が、
完全に止まる。
(……この状態)
(……これ以上、
何を望む必要があるのかしら)
答えは、
最初から決まっている。
何も。
彼女は、
すでに、
すべてを得ていた。
世界からの消失。
それは、
死ではない。
逃亡でもない。
関係性の消失だ。
誰とも、
繋がっていない。
誰にも、
引き留められない。
誰にも、
追われない。
エレシアは、
前世の最期を思い出す。
倒れる直前まで、
仕事のことを考えていた自分。
誰かに迷惑をかけていないか、
誰かの期待を裏切っていないか。
その思考は、
最後まで、
止まらなかった。
だが今は――
違う。
(……静か)
その一言で、
すべてが説明できた。
午後。
光が移動する。
エレシアは、
その変化を、
ただ、眺める。
何かを生み出さなくていい。
何かを達成しなくていい。
存在しているだけで、
問題が起きない。
それが、
どれほど尊いことか。
夕方。
部屋は、
ゆっくりと、
影に包まれる。
エレシアは、
立ち上がり、
ベッドに腰掛ける。
(……私は、
もう、
世界の一部じゃない)
その事実を、
悲しむことも、
嘆くこともなかった。
むしろ――
誇らしくさえ、
思えた。
(……これが、
私の正義)
何もしない世界。
何も起こらない世界。
それを、
守り続けること。
それこそが、
彼女の選んだ生き方だった。
夜。
ランプに灯が入る。
エレシアは、
横になり、
目を閉じる。
(……誰も、
思い出さなくていい)
それは、
祈りではない。
願望でもない。
完成した現実への確認だった。
世界は、
すでに、
彼女を手放している。
そして、
彼女もまた、
世界を手放していた。
こうして――
第4章は終わる。
「忘れられていく存在」という物語は、
ここで、
ひとつの完成を迎えた。
だが、
物語そのものは、
まだ続く。
なぜなら――
この静けさこそが、
本当の意味での、
始まりなのだから。
その日も、
朝は静かに訪れた。
光は、
いつもと同じ角度で差し込み、
いつもと同じ温度で、
床を照らす。
エレシアは、
目を覚ましても、
時間を確認しなかった。
必要がないからだ。
(……朝ね)
それだけで、
十分だった。
この部屋では、
朝であっても、
昼であっても、
夜であっても、
意味は変わらない。
どの時間も、
等しく、
何も起こらない。
それが、
確定している。
以前は、
「何も起こらない」ことを、
確認する必要があった。
だが今は、
もう違う。
(……起こらないのが、
当然)
それが、
世界の前提になっていた。
エレシアは、
ゆっくりと起き上がり、
窓の方へ視線を向ける。
庭は、
変わらない。
鳥が飛び、
風が揺れ、
草が光る。
だが、
そこに――
彼女の視線を返す者は、
いない。
(……完全に、
切れている)
この感覚は、
昨日までとは、
少し違っていた。
噂が消えた。
名前が消えた。
記録が奥へ追いやられた。
それらは、
まだ「過程」だった。
だが、
今朝のこの感覚は、
結果だった。
(……私は、
もう、
世界の流れに、
含まれていない)
それを、
エレシアは、
即座に理解した。
不思議と、
恐怖はなかった。
むしろ、
胸の奥で、
静かな肯定が広がる。
(……やっと)
朝食が運ばれる。
控えめなノック。
無言の入室。
無言の設置。
メイドは、
今日も、
余計なことを言わなかった。
だが、
彼女の動きは、
どこか、
さらに淡々としていた。
それは、
「気を遣わなくなった」
という感覚に近い。
エレシアを、
特別な存在として、
扱っていない。
罪人でも、
令嬢でも、
王太子妃候補でもない。
そこにいる人。
それだけだ。
(……これでいい)
エレシアは、
食事に手を伸ばしながら、
そう思った。
誰かの事情に、
関係しない存在。
誰かの計画に、
含まれない存在。
誰かの評価軸に、
乗らない存在。
それは、
前世で、
一度も得られなかった
立ち位置だった。
食事を終え、
盆が下げられる。
扉が閉まる。
その音が、
いつもより、
遠く感じられた。
(……もう、
この部屋と、
私だけ)
だが、
それを寂しいとは、
思わなかった。
むしろ――
ようやく、
世界が静止した感覚。
エレシアは、
椅子に腰掛け、
目を閉じる。
何も考えない。
未来のことも、
過去のことも、
考えない。
思考が、
完全に止まる。
(……この状態)
(……これ以上、
何を望む必要があるのかしら)
答えは、
最初から決まっている。
何も。
彼女は、
すでに、
すべてを得ていた。
世界からの消失。
それは、
死ではない。
逃亡でもない。
関係性の消失だ。
誰とも、
繋がっていない。
誰にも、
引き留められない。
誰にも、
追われない。
エレシアは、
前世の最期を思い出す。
倒れる直前まで、
仕事のことを考えていた自分。
誰かに迷惑をかけていないか、
誰かの期待を裏切っていないか。
その思考は、
最後まで、
止まらなかった。
だが今は――
違う。
(……静か)
その一言で、
すべてが説明できた。
午後。
光が移動する。
エレシアは、
その変化を、
ただ、眺める。
何かを生み出さなくていい。
何かを達成しなくていい。
存在しているだけで、
問題が起きない。
それが、
どれほど尊いことか。
夕方。
部屋は、
ゆっくりと、
影に包まれる。
エレシアは、
立ち上がり、
ベッドに腰掛ける。
(……私は、
もう、
世界の一部じゃない)
その事実を、
悲しむことも、
嘆くこともなかった。
むしろ――
誇らしくさえ、
思えた。
(……これが、
私の正義)
何もしない世界。
何も起こらない世界。
それを、
守り続けること。
それこそが、
彼女の選んだ生き方だった。
夜。
ランプに灯が入る。
エレシアは、
横になり、
目を閉じる。
(……誰も、
思い出さなくていい)
それは、
祈りではない。
願望でもない。
完成した現実への確認だった。
世界は、
すでに、
彼女を手放している。
そして、
彼女もまた、
世界を手放していた。
こうして――
第4章は終わる。
「忘れられていく存在」という物語は、
ここで、
ひとつの完成を迎えた。
だが、
物語そのものは、
まだ続く。
なぜなら――
この静けさこそが、
本当の意味での、
始まりなのだから。
5
あなたにおすすめの小説
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
女神様、もっと早く祝福が欲しかった。
しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。
今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。
女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか?
一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。
〖完結〗終着駅のパッセージ
苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。
彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。
王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは夫と婚姻してから三年という長い時間を振り返る。
その間、夫が帰宅したのは数えるほどだった。
※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。
居候と婚約者が手を組んでいた!
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!
って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!
父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。
アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。
最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
人生の全てを捨てた王太子妃
八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。
傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。
だけど本当は・・・
受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。
※※※幸せな話とは言い難いです※※※
タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。
※本編六話+番外編六話の全十二話。
※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる