21 / 39
第22話 無実の証明
しおりを挟む
第22話 無実の証明
その書類は、
一枚で十分だった。
――事件再調査報告書
――被疑者:エレシア・ヴァレンティス
――結論:関与なし
それ以上の言葉は、
必要なかった。
王城の会議室では、
その一文が、
静かに、
だが確実に、
場の空気を変えていた。
「……完全に、
白だな」
誰かが、
低く呟く。
異論は出なかった。
証拠は揃っている。
証言も一致している。
真犯人の供述も、
すでに裏取りが済んでいる。
疑いようがない。
エレシア・ヴァレンティスは、
最初から、
何もしていなかった。
だが――
その事実が確定した瞬間、
会議室に、
奇妙な沈黙が落ちた。
「……で、
次は?」
その問いに、
誰も即答できなかった。
無実が証明された。
ならば、
謝罪し、
名誉を回復し、
処分を撤回する。
それが、
正しい手順だ。
だが、
この件は――
あまりにも、
“正しく処理されすぎていた”。
「無期限謹慎……」
法務官が、
書類をめくりながら、
ゆっくりと口にする。
「解除条件の記載、
一切なし」
「つまり?」
「……解除には、
新たな命令が必要です」
そして、
その命令を出すためには――
本人に通達する必要がある。
「だが、
面会禁止だ」
誰かが言う。
「干渉禁止も、
有効なまま」
無実が証明されたという事実は、
制度の外側にある。
命令は、
今も、
完璧に効いている。
「……これは、
想定していなかったな」
王太子が、
重く息を吐いた。
彼の前には、
二つの現実が並んでいる。
一つは、
無実の証明。
もう一つは、
自分が出した、
無期限謹慎命令。
どちらも、
否定できない。
「……彼女に、
知らせなければ」
王太子は、
そう言った。
だが、
その声には、
迷いがあった。
知らせるとは、
どういうことか。
無実だと告げる。
処分は誤りだったと認める。
王太子妃候補として、
復帰を打診する。
――それは、
干渉ではないのか。
「殿下」
法務官が、
慎重に言葉を選ぶ。
「現行命令に基づけば、
彼女への接触は、
すべて“干渉”に該当します」
「……無実を知らせることも?」
「法的には、
はい」
その瞬間、
王太子は、
言葉を失った。
正義を伝えることが、
違反になる。
救済しようとする行為が、
罰則の対象になる。
それが、
自分の出した命令の、
正確な帰結だった。
「……では、
使者を出せないのか」
「門前で止められます。
謹慎区域への立ち入りは、
禁止されています」
「文書なら?」
「直接の通達は、
やはり干渉と見なされます」
王太子は、
拳を握りしめた。
無実は、
証明された。
だが、
その事実を、
本人に届ける手段がない。
その頃――
エレシアは、
いつも通りの午後を過ごしていた。
光は、
変わらず穏やかで、
部屋は、
変わらず静かだ。
(……今日は、
少し、
空気が違う気がする)
理由は分からない。
ただ、
どこかで、
世界が動いたような、
微かな感触。
だが、
それを追わない。
(……関係ない)
彼女は、
もう、
世界の動きに、
自分を合わせないと
決めている。
無実が証明されたとしても。
それが、
この部屋の外で起きたことなら、
彼女の生活には、
関係ない。
(……命令は、
解除されていない)
それが、
彼女にとっての、
唯一の判断基準だった。
夜。
王城では、
別の書類が、
密かに作られていた。
――名誉回復案
――謝罪文草案
――復帰に関する検討資料
だが、
どれも、
実行段階に進めない。
なぜなら、
中心にいるべき本人が、
完全に、
隔離されているからだ。
「……無実を証明したのに、
何もできないとはな」
誰かが、
苦々しく言う。
それは、
責任の所在を、
誰も明確にできない
状況でもあった。
命令を出したのは、
王太子。
だが、
命令は、
法に則っている。
無実が証明された今、
誰もが、
「正しくしなければ」と思っている。
だが、
正しくする手段が、
存在しない。
一方で――
エレシアは、
静かに眠りにつこうとしていた。
(……今日も、
何も起きなかった)
その事実に、
安堵する。
彼女は、
無実が証明されたことを、
まだ知らない。
だが、
知らないことを、
不幸だとは思わなかった。
なぜなら――
それを知ったところで、
この静けさを、
手放す気はないからだ。
こうして――
無実は、
完全に証明された。
だが、
それは、
世界の中だけの話だった。
エレシアの世界は、
今日も、
何一つ変わらない。
そしてその乖離が、
やがて――
王太子にとって、
取り返しのつかない
“評価”へと変わっていくことを、
まだ、
誰も知らなかった。
その書類は、
一枚で十分だった。
――事件再調査報告書
――被疑者:エレシア・ヴァレンティス
――結論:関与なし
それ以上の言葉は、
必要なかった。
王城の会議室では、
その一文が、
静かに、
だが確実に、
場の空気を変えていた。
「……完全に、
白だな」
誰かが、
低く呟く。
異論は出なかった。
証拠は揃っている。
証言も一致している。
真犯人の供述も、
すでに裏取りが済んでいる。
疑いようがない。
エレシア・ヴァレンティスは、
最初から、
何もしていなかった。
だが――
その事実が確定した瞬間、
会議室に、
奇妙な沈黙が落ちた。
「……で、
次は?」
その問いに、
誰も即答できなかった。
無実が証明された。
ならば、
謝罪し、
名誉を回復し、
処分を撤回する。
それが、
正しい手順だ。
だが、
この件は――
あまりにも、
“正しく処理されすぎていた”。
「無期限謹慎……」
法務官が、
書類をめくりながら、
ゆっくりと口にする。
「解除条件の記載、
一切なし」
「つまり?」
「……解除には、
新たな命令が必要です」
そして、
その命令を出すためには――
本人に通達する必要がある。
「だが、
面会禁止だ」
誰かが言う。
「干渉禁止も、
有効なまま」
無実が証明されたという事実は、
制度の外側にある。
命令は、
今も、
完璧に効いている。
「……これは、
想定していなかったな」
王太子が、
重く息を吐いた。
彼の前には、
二つの現実が並んでいる。
一つは、
無実の証明。
もう一つは、
自分が出した、
無期限謹慎命令。
どちらも、
否定できない。
「……彼女に、
知らせなければ」
王太子は、
そう言った。
だが、
その声には、
迷いがあった。
知らせるとは、
どういうことか。
無実だと告げる。
処分は誤りだったと認める。
王太子妃候補として、
復帰を打診する。
――それは、
干渉ではないのか。
「殿下」
法務官が、
慎重に言葉を選ぶ。
「現行命令に基づけば、
彼女への接触は、
すべて“干渉”に該当します」
「……無実を知らせることも?」
「法的には、
はい」
その瞬間、
王太子は、
言葉を失った。
正義を伝えることが、
違反になる。
救済しようとする行為が、
罰則の対象になる。
それが、
自分の出した命令の、
正確な帰結だった。
「……では、
使者を出せないのか」
「門前で止められます。
謹慎区域への立ち入りは、
禁止されています」
「文書なら?」
「直接の通達は、
やはり干渉と見なされます」
王太子は、
拳を握りしめた。
無実は、
証明された。
だが、
その事実を、
本人に届ける手段がない。
その頃――
エレシアは、
いつも通りの午後を過ごしていた。
光は、
変わらず穏やかで、
部屋は、
変わらず静かだ。
(……今日は、
少し、
空気が違う気がする)
理由は分からない。
ただ、
どこかで、
世界が動いたような、
微かな感触。
だが、
それを追わない。
(……関係ない)
彼女は、
もう、
世界の動きに、
自分を合わせないと
決めている。
無実が証明されたとしても。
それが、
この部屋の外で起きたことなら、
彼女の生活には、
関係ない。
(……命令は、
解除されていない)
それが、
彼女にとっての、
唯一の判断基準だった。
夜。
王城では、
別の書類が、
密かに作られていた。
――名誉回復案
――謝罪文草案
――復帰に関する検討資料
だが、
どれも、
実行段階に進めない。
なぜなら、
中心にいるべき本人が、
完全に、
隔離されているからだ。
「……無実を証明したのに、
何もできないとはな」
誰かが、
苦々しく言う。
それは、
責任の所在を、
誰も明確にできない
状況でもあった。
命令を出したのは、
王太子。
だが、
命令は、
法に則っている。
無実が証明された今、
誰もが、
「正しくしなければ」と思っている。
だが、
正しくする手段が、
存在しない。
一方で――
エレシアは、
静かに眠りにつこうとしていた。
(……今日も、
何も起きなかった)
その事実に、
安堵する。
彼女は、
無実が証明されたことを、
まだ知らない。
だが、
知らないことを、
不幸だとは思わなかった。
なぜなら――
それを知ったところで、
この静けさを、
手放す気はないからだ。
こうして――
無実は、
完全に証明された。
だが、
それは、
世界の中だけの話だった。
エレシアの世界は、
今日も、
何一つ変わらない。
そしてその乖離が、
やがて――
王太子にとって、
取り返しのつかない
“評価”へと変わっていくことを、
まだ、
誰も知らなかった。
185
あなたにおすすめの小説
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
元婚約者のあなたへ どうか幸せに
石里 唯
恋愛
公爵令嬢ローラは王太子ケネスの婚約者だったが、家が困窮したことから、婚約破棄をされることになる。破棄だけでなく、相愛と信じていたケネスの冷酷な態度に傷つき、最後の挨拶もできず別れる。失意を抱いたローラは、国を出て隣国の大学の奨学生となることを決意する。
隣国は3年前、疫病が広がり大打撃を受け、国全体が復興への熱意に満ち、ローラもその熱意に染まり勉学に勤しむ日々を送っていたところ、ある日、一人の「学生」がローラに声をかけてきて―――。
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
私の婚約者を奪った義妹は、幸せになるはずでした
しおしお
恋愛
侯爵令嬢フィオレッタ・ランベールは、公爵令息ギルベルトとの婚約が決まっていた。
けれど、他国へ嫁ぐのが嫌だと訴える義妹カトリーヌは、可憐でか弱い姿を武器に、少しずつ周囲の心を動かしていく。
そしてついに起こる、婚約者交換。
婚約を奪われたフィオレッタは、義妹が拒んだ相手――他国アルディシア公国の公爵フェリクスのもとへ向かうことになる。
突然変えられ「他国へ嫁ぐなんて嫌ですわ」
そう泣いた義妹は、姉の婚約者を奪った。
侯爵令嬢フィオレッタ・ランベールは、公爵令息との婚約を義妹カトリーヌに奪われ、代わりに義妹が拒んだ他国の公爵へ嫁ぐことになる。
傷つきながらも静かに運命を受け入れるフィオレッタと、愛される幸せを手に入れたと信じるカトリーヌ。
だが、婚約交換から始まった二人の人生は、やがて思いもよらぬ形で分かれていく。
奪われた姉が辿り着く未来と、奪った妹が手にする結末とは――。
婚約交換から始まる、姉妹の明暗を描いた恋愛ざまぁ物語。
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
(完結)婚約破棄から始まる真実の愛
青空一夏
恋愛
私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。
女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?
美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)
【完結】断罪された悪役令嬢は、二度目は復讐に生きる
くろねこ
恋愛
公爵令嬢リリアーネ・アルフェルトは、
聖女と王国第一王子に嵌められ、
悪女として公開断罪され、処刑された。
弁明は許されず、真実を知る者は沈黙し、
彼女は石を投げられ、罵られ、
罪人として命を奪われた――はずだった。
しかし、彼女は教会の地下で目を覚ます。
死を代償に得たのは.........
赦しは選ばない。
和解もしない。
名乗るつもりもない。
彼女が選んだのは、
自分を裁いた者たちを、
同じ法と断罪で裁き返すこと。
最初に落ちるのは、
彼女を裏切った小さな歯車。
次に崩れるのは、
聖女の“奇跡”と信仰。
やがて王子は、
自ら築いた裁判台へと引きずり出される。
かつて正義を振りかざした者たちは、
自分が断罪される未来を想像すらしていなかった。
悪女は表舞台に立たない。
だがその裏側で、
嘘は暴かれ、
罪は積み上がり、
裁きは逃げ場なく迫っていく。
これは、
一度死んだ悪女が、
“ざまぁ”のために暴れる物語ではない。
――逃げ場のない断罪を、
一人ずつ成立させていく物語だ。
婚約破棄されたので、もう私が支えるのはやめます
ふわふわ
恋愛
王太子アルヴィスの婚約者として、誰よりも完璧であることを求められてきた侯爵令嬢エレノア。
けれど卒業舞踏会の夜、彼女は突然、王太子から婚約破棄を告げられる。
隣に立っていたのは、可憐で愛らしい義妹ミレイユ。
「真実の愛」を掲げる二人に悪女として断じられたエレノアは、すべてを失った――はずだった。
しかし、王宮はなぜか急に回らなくなり、王太子と義妹は少しずつ綻びを見せ始める。
そんな中、エレノアの手腕にいち早く気づいていた冷徹公爵レオンハルトが、彼女へ手を差し伸べる。
「もう、あちらを支える必要はない」
王太子のためでも、侯爵家のためでもなく。
今度こそ自分の意思で立つために、エレノアは公爵家で新たな一歩を踏み出す。
一方、彼女を失って初めて、その価値の大きさを思い知る王太子と、奪ったはずの場所で何も支えられない義妹。
静かに、けれど確実に始まる立場逆転――。
これは、ずっと「選ばれる側」だった令嬢が、もう誰かのために自分を削るのをやめて、幸せも未来も自分で選び取る物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる