無実の罪で永遠に謹慎する女 ――謹慎していたい令嬢は、何もしないことを選びました**

鷹 綾

文字の大きさ
27 / 39

第28話 自主的謹慎

しおりを挟む
第28話 自主的謹慎

 

その日、
王城から一通の通達が出された。

 

正式文書。
封蝋付き。
文言は簡潔だった。

 

――「無期限謹慎を解除する。以後、通常の身分に復帰せよ」

 

それだけ。

 

理由も、
謝罪も、
経緯もない。

 

ただ、
解除すると書いてある。

 

――そして、
その文書は、
彼女のもとへは届かなかった。

 

門前で止められたからだ。

 

「謹慎中につき、
 面会はできません」

 

衛兵の言葉は、
淡々としていた。

 

命令に忠実なだけだ。

 

そのやり取りがあったことを、
エレシアが知るのは、
翌日のことだった。

 

食事を運ぶメイドが、
ほんのわずか、
手を止めたからだ。

 

「……」

 

視線が、
一瞬だけ揺れる。

 

それだけで、
十分だった。

 

「……何か、
 ありました?」

 

エレシアの声は、
穏やかだった。

 

詮索でも、
期待でもない。

 

ただの、
事実確認。

 

メイドは、
一拍だけ迷い、
小さく答えた。

 

「……解除の、
 通達が……」

 

それ以上は、
言わなかった。

 

言う必要が、
なかったからだ。

 

エレシアは、
一度、
目を閉じる。

 

(……来たのね)

 

やはり、
という気持ちだけが、
浮かんだ。

 

彼女は、
驚かなかった。

 

むしろ、
予定通りだった。

 

(……でも)

 

彼女は、
静かに、
考える。

 

(……解除、
 “する”とは、
 書いてある)

 

(……“しなければならない”
 とは、
 書いてない)

 

それは、
あまりにも単純な、
言葉の違いだった。

 

だが、
命令というものは、
その違いで、
すべてが決まる。

 

エレシアは、
引き出しから、
例の命令書の写しを取り出す。

 

無期限謹慎命令。

 

外出禁止。
職務停止。
干渉禁止。

 

そして、
解除条件の記載なし。

 

(……解除の通達は、
 “新しい命令”)

 

(……でも、
 私に直接、
 届いていない)

 

(……つまり)

 

彼女は、
ゆっくりと、
結論に辿り着く。

 

(……私は、
 まだ、
 謹慎中)

 

そして――
仮に、
その通達が、
正式に届いたとしても。

 

(……“もう謹慎しなくてよい”
 =
 “謹慎してはいけない”
 ではない)

 

ここが、
最も重要な点だった。

 

エレシアは、
微かに、
口元を緩める。

 

(……禁止されていない)

 

(……なら、
 続けても、
 問題ない)

 

彼女は、
命令に逆らっていない。

 

むしろ、
徹底的に守っている。

 

外出していない。
職務に戻っていない。
誰とも面会していない。

 

解除されたからといって、
それを、
破る義務はない。

 

(……これは、
 “自主的謹慎”)

 

その言葉が、
心の中で、
形を成す。

 

自主的。
だが、
勝手ではない。

 

命令遵守の延長線。

 

合法。
完全に。

 

昼下がり。

 

エレシアは、
窓辺で、
光を眺めていた。

 

外の世界は、
何も変わっていない。

 

鳥の声。
風の音。
遠くの、
人の気配。

 

それらは、
彼女の生活には、
一切、
関係がない。

 

(……復帰、
 なんて)

 

(……何の意味があるのかしら)

 

前世で、
働き続け、
気を遣い続け、
期待に応え続けた。

 

その結果が、
どうだったか。

 

――壊れただけだ。

 

今は、
違う。

 

何もしない。
関わらない。
期待されない。

 

それが、
最も安全で、
 最も自由だった。

 

夕方。

 

王城では、
役人たちが、
混乱していた。

 

「解除通達を出したのに、
 何の反応もない?」

 

「……本人が、
 謹慎を、
 続けている、
 ようです」

 

「どういう意味だ?」

 

誰も、
即答できない。

 

なぜなら、
それが、
違反ではないからだ。

 

夜。

 

エレシアは、
ベッドに横たわり、
天井を見つめる。

 

(……誰にも、
 頼まれていない)

 

(……誰にも、
 強制されていない)

 

それなのに、
謹慎している。

 

それが、
不思議と、
心地よかった。

 

(……私が、
 選んだ、
 静けさ)

 

彼女は、
初めて、
自分の人生を、
自分の解釈だけで
運用している。

 

命令を、
盾にして。

 

規則を、
居場所にして。

 

そして――
それが、
王太子を、
さらに、
追い詰めていることを。

 

エレシアは、
知らない。

 

知る必要も、
ない。

 

彼女は、
ただ、
今日も、
静かに謹慎している。

 

合法的に。
自主的に。
永遠に、
近づきながら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です

しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

女神様、もっと早く祝福が欲しかった。

しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。 今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。 女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか? 一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。

婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。 理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。 だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。 ――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」 すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。 そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。 これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。 断罪は終わりではなく、始まりだった。 “信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。

〖完結〗終着駅のパッセージ

苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。 彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。 王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは夫と婚姻してから三年という長い時間を振り返る。 その間、夫が帰宅したのは数えるほどだった。 ※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

よかった、わたくしは貴女みたいに美人じゃなくて

碧井 汐桜香
ファンタジー
美しくないが優秀な第一王子妃に嫌味ばかり言う国王。 美しい王妃と王子たちが守るものの、国の最高権力者だから咎めることはできない。 第二王子が美しい妃を嫁に迎えると、国王は第二王子妃を娘のように甘やかし、第二王子妃は第一王子妃を蔑むのだった。

処理中です...