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第30話 焦りの正体
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第30話 焦りの正体
王太子は、
その日、
自分が「焦っている」ことを
はっきりと自覚していた。
それは、
怒りとも、
苛立ちとも、
少し違う。
もっと、
こう――
足元が、
静かに、
崩れていく感覚に近かった。
執務室の窓から見える王城の庭は、
いつも通り、
整えられている。
木々は剪定され、
噴水は規則正しく水を噴き上げ、
庭師たちは、
黙々と仕事をしている。
秩序。
それは、
王太子が、
最も信頼してきたものだった。
「……おかしい」
誰に言うでもなく、
呟く。
秩序とは、
命令を出せば、
従われるものだ。
従われなければ、
罰があり、
矯正があり、
最終的には、
収束する。
そう、
信じていた。
だが――
彼女に関しては、
そのどれもが、
機能していない。
報告書が、
机の上に並ぶ。
・謹慎解除後も、行動変化なし
・外出記録なし
・面会記録なし
・命令違反、確認されず
「……違反が、
ない……」
その一文が、
何度読んでも、
喉に引っかかる。
違反がない。
それは、
「問題がない」という意味のはずだ。
だが今は――
最大の問題として、
そこに存在していた。
王太子は、
椅子に深く腰掛け、
額に手を当てる。
(……なぜ、
こうなった)
思い返せば、
最初は、
簡単な判断だった。
疑惑が持ち上がり、
証拠は薄く、
だが、
騒ぎは広がった。
混乱を避けるため、
秩序を守るため。
「一時的に」
距離を置かせる。
それだけの、
つもりだった。
無期限謹慎。
……その言葉の重さを、
深く考えなかった。
解除条件を、
書かなかった。
面会禁止を、
付け足した。
干渉禁止を、
徹底した。
それらはすべて、
場を収めるためだった。
彼女を、
完全に、
切り捨てるつもりは、
なかった。
――はずだった。
「……殿下」
側近が、
控えめに声をかける。
「……何だ」
「法務官より、
再度の報告です」
王太子は、
顔を上げる。
「……やはり、
違反は、
ないとのことです」
その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥に、
冷たいものが落ちた。
違反がない。
つまり――
手が出せない。
「……彼女は、
何を、
考えている?」
その問いは、
独り言に近かった。
だが、
誰も答えられない。
彼女は、
抗議していない。
要求していない。
恨み言も、
訴えも、
一切ない。
ただ――
何もしない。
それだけだ。
それが、
なぜ、
ここまで、
自分を追い詰めるのか。
王太子は、
ゆっくりと、
理解し始めていた。
(……彼女は、
私を、
責めていない)
(……だから、
終わらない)
もし、
怒りをぶつけられていれば。
もし、
涙ながらに訴えられていれば。
もし、
復帰を望まれていれば。
――その時点で、
話は終わっていた。
だが、
彼女は、
何も求めない。
何も拒まない。
何も、
望まない。
その「無反応」が、
王太子の判断を、
永遠に、
宙づりにしていた。
一方、
その頃――。
エレシアは、
部屋の中で、
穏やかな午後を過ごしていた。
光は、
床の上を、
ゆっくりと移動し、
時間の経過だけを、
静かに教えてくれる。
(……今日も、
何もない)
それが、
何よりだった。
前世では、
「何もない日」は、
存在しなかった。
常に、
やるべきことがあり、
期待があり、
責任があり、
評価があった。
それらすべてから、
切り離された今。
彼女は、
ようやく、
呼吸をしている。
(……焦っている、
のかしら)
王太子のことを、
考えないわけではない。
だが、
同情も、
憎しみも、
ない。
ただ――
「自分の出した命令に、
追い込まれている人」
として、
遠くから、
理解しているだけだ。
(……でも)
(……それは、
私の、
責任じゃない)
彼女は、
命令を守っている。
ただ、
それだけだ。
夕方。
王城では、
新たな会議が、
準備されていた。
対策会議。
だが、
その議題には、
すでに、
結論が見えている。
――打つ手なし。
王太子は、
会議室へ向かいながら、
強く、
歯を食いしばった。
(……私は、
何を、
間違えた)
答えは、
まだ、
出ない。
だが――
一つだけ、
確かなことがあった。
彼女が、
何もしていないのに。
自分だけが、
追い詰められている。
その現実が、
王太子の胸を、
確実に、
蝕んでいく。
そしてこの「焦り」は――
まだ、
始まりに過ぎなかった。
王太子は、
その日、
自分が「焦っている」ことを
はっきりと自覚していた。
それは、
怒りとも、
苛立ちとも、
少し違う。
もっと、
こう――
足元が、
静かに、
崩れていく感覚に近かった。
執務室の窓から見える王城の庭は、
いつも通り、
整えられている。
木々は剪定され、
噴水は規則正しく水を噴き上げ、
庭師たちは、
黙々と仕事をしている。
秩序。
それは、
王太子が、
最も信頼してきたものだった。
「……おかしい」
誰に言うでもなく、
呟く。
秩序とは、
命令を出せば、
従われるものだ。
従われなければ、
罰があり、
矯正があり、
最終的には、
収束する。
そう、
信じていた。
だが――
彼女に関しては、
そのどれもが、
機能していない。
報告書が、
机の上に並ぶ。
・謹慎解除後も、行動変化なし
・外出記録なし
・面会記録なし
・命令違反、確認されず
「……違反が、
ない……」
その一文が、
何度読んでも、
喉に引っかかる。
違反がない。
それは、
「問題がない」という意味のはずだ。
だが今は――
最大の問題として、
そこに存在していた。
王太子は、
椅子に深く腰掛け、
額に手を当てる。
(……なぜ、
こうなった)
思い返せば、
最初は、
簡単な判断だった。
疑惑が持ち上がり、
証拠は薄く、
だが、
騒ぎは広がった。
混乱を避けるため、
秩序を守るため。
「一時的に」
距離を置かせる。
それだけの、
つもりだった。
無期限謹慎。
……その言葉の重さを、
深く考えなかった。
解除条件を、
書かなかった。
面会禁止を、
付け足した。
干渉禁止を、
徹底した。
それらはすべて、
場を収めるためだった。
彼女を、
完全に、
切り捨てるつもりは、
なかった。
――はずだった。
「……殿下」
側近が、
控えめに声をかける。
「……何だ」
「法務官より、
再度の報告です」
王太子は、
顔を上げる。
「……やはり、
違反は、
ないとのことです」
その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥に、
冷たいものが落ちた。
違反がない。
つまり――
手が出せない。
「……彼女は、
何を、
考えている?」
その問いは、
独り言に近かった。
だが、
誰も答えられない。
彼女は、
抗議していない。
要求していない。
恨み言も、
訴えも、
一切ない。
ただ――
何もしない。
それだけだ。
それが、
なぜ、
ここまで、
自分を追い詰めるのか。
王太子は、
ゆっくりと、
理解し始めていた。
(……彼女は、
私を、
責めていない)
(……だから、
終わらない)
もし、
怒りをぶつけられていれば。
もし、
涙ながらに訴えられていれば。
もし、
復帰を望まれていれば。
――その時点で、
話は終わっていた。
だが、
彼女は、
何も求めない。
何も拒まない。
何も、
望まない。
その「無反応」が、
王太子の判断を、
永遠に、
宙づりにしていた。
一方、
その頃――。
エレシアは、
部屋の中で、
穏やかな午後を過ごしていた。
光は、
床の上を、
ゆっくりと移動し、
時間の経過だけを、
静かに教えてくれる。
(……今日も、
何もない)
それが、
何よりだった。
前世では、
「何もない日」は、
存在しなかった。
常に、
やるべきことがあり、
期待があり、
責任があり、
評価があった。
それらすべてから、
切り離された今。
彼女は、
ようやく、
呼吸をしている。
(……焦っている、
のかしら)
王太子のことを、
考えないわけではない。
だが、
同情も、
憎しみも、
ない。
ただ――
「自分の出した命令に、
追い込まれている人」
として、
遠くから、
理解しているだけだ。
(……でも)
(……それは、
私の、
責任じゃない)
彼女は、
命令を守っている。
ただ、
それだけだ。
夕方。
王城では、
新たな会議が、
準備されていた。
対策会議。
だが、
その議題には、
すでに、
結論が見えている。
――打つ手なし。
王太子は、
会議室へ向かいながら、
強く、
歯を食いしばった。
(……私は、
何を、
間違えた)
答えは、
まだ、
出ない。
だが――
一つだけ、
確かなことがあった。
彼女が、
何もしていないのに。
自分だけが、
追い詰められている。
その現実が、
王太子の胸を、
確実に、
蝕んでいく。
そしてこの「焦り」は――
まだ、
始まりに過ぎなかった。
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