無実の罪で永遠に謹慎する女 ――謹慎していたい令嬢は、何もしないことを選びました**

鷹 綾

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第32話 干渉禁止ですが?

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第32話 干渉禁止ですが?

 

その日は、
王城にとって、
小さな「決断の日」だった。

 

前日、
中級官僚たちの試みが、
あまりにもあっさりと、
拒まれた。

 

扉は、
開かれなかった。

 

声も、
荒らげられなかった。

 

ただ――
正しい言葉だけが、
返ってきた。

 

「……謹慎中は、
 干渉禁止ですが?」

 

その一言が、
王城の内部で、
静かに、
しかし確実に、
波紋を広げていた。

 

 

翌朝。

 

王城の会議室には、
いつもより、
多くの人間が集まっていた。

 

法務官。
行政官。
文書官。
そして――
王太子の側近。

 

議題は、
一つだけだ。

 

――元王太子妃候補エレシアへの対応。

 

「……昨日の件、
 聞いているな」

 

年長の行政官が、
口火を切る。

 

「扉越しとはいえ、
 完全に、
 論理で拒否された」

 

「……感情論が、
 一切、
 通じない相手です」

 

法務官が、
静かに補足する。

 

誰も、
異論を挟まない。

 

それが、
事実だからだ。

 

「……では、
 どうする?」

 

その問いに、
即答はなかった。

 

誰もが、
理解している。

 

彼女は、
反抗していない。

 

彼女は、
拒絶していない。

 

ただ――
命令を守っている。

 

それ以上でも、
それ以下でもない。

 

「……干渉禁止、
 というのが、
 ここまで、
 重いとは……」

 

誰かが、
ぽつりと呟く。

 

その言葉は、
全員の胸に、
同じ重さで、
落ちた。

 

「干渉禁止」とは、
説得するな、
という意味ではない。

 

叱るな、
という意味でもない。

 

存在に触れるな、
という意味だ。

 

「……命令を、
 取り消す、
 というのは?」

 

若い官僚が、
恐る恐る言う。

 

だが、
法務官は、
首を横に振った。

 

「無期限謹慎命令は、
 正式な王太子命令です」

 

「取り消すには、
 同等以上の命令が、
 必要です」

 

「……出せば、
 いいのでは?」

 

一瞬、
空気が凍る。

 

「……その場合、
 理由が、
 必要になります」

 

「無実だったから」
という理由は、
すでに、
別の形で処理されている。

 

解除通達は、
出した。

 

それ以上、
何を書く?

 

「……つまり」

 

誰かが、
結論を口にする。

 

「今、
 彼女に、
 触れること自体が、
 違反になる」

 

沈黙。

 

それは、
あまりにも、
皮肉だった。

 

彼女を、
縛るための命令が、
今や、
彼女を、
完全に、
守っている。

 

 

一方――
エレシアは、
いつも通り、
静かな朝を迎えていた。

 

窓を開けると、
風が、
ゆっくりと、
部屋に流れ込む。

 

(……今日は、
 誰も、
 来ないわね)

 

それを、
予感ではなく、
理解として、
受け取る。

 

昨日のやり取りで、
彼らは、
十分に、
学んだはずだ。

 

(……次は、
 もっと、
 強い手を、
 考えるでしょう)

 

だが――
それも、
彼女には、
関係ない。

 

食事が、
運ばれる。

 

メイドは、
相変わらず、
無言に近い。

 

だが、
盆を置く手が、
ほんの少し、
震えた。

 

「……何か、
 あったの?」

 

エレシアは、
穏やかに、
尋ねる。

 

詰問ではない。

 

ただ、
人としての、
問い。

 

メイドは、
一瞬だけ、
迷い――
それから、
小さく、
答えた。

 

「……昨日、
 来られた方々が……
 かなり……」

 

「……困っていた?」

 

メイドは、
頷いた。

 

エレシアは、
小さく、
息を吐く。

 

(……やっぱり)

 

だが、
心は、
動かない。

 

(……困るのは、
 命令を、
 出した側)

 

(……守っている側じゃない)

 

それが、
彼女の、
一貫した立場だった。

 

午後。

 

王城から、
再び、
人が来ることは、
なかった。

 

来られない、
のだ。

 

「干渉禁止」という、
たった四文字が、
あらゆる道を、
塞いでいる。

 

それを、
誰よりも、
正確に、
理解しているのは――
皮肉なことに、
彼女自身だった。

 

夕方。

 

王太子のもとに、
最終的な報告が、
上がる。

 

「……本日、
 接触は、
 断念しました」

 

「理由は?」

 

「……違反になるためです」

 

王太子は、
しばらく、
黙っていた。

 

「……彼女は、
 何と言った?」

 

側近は、
一言一句、
正確に、
伝える。

 

「……
 『謹慎中は、
 干渉禁止ですが?』
 と」

 

その瞬間。

 

王太子の胸に、
はっきりと、
理解が、
落ちた。

 

――これは、
 反抗ではない。

 

――これは、
 拒絶でもない。

 

――これは、
 制度そのものだ。

 

自分が、
作った枠。

 

自分が、
選んだ言葉。

 

それらすべてが、
今、
自分を、
締め付けている。

 

夜。

 

エレシアは、
静かに、
ベッドに横たわる。

 

(……今日も、
 何も、
 なかった)

 

その事実に、
心から、
安堵する。

 

彼女は、
戦っていない。

 

論争していない。

 

ただ――
線を、
 踏み越えさせない。

 

それだけだ。

 

そして――
その「一言」が、
王城のすべてを、
止めていることを。

 

エレシアは、
知らない。

 

知る必要も、
ない。

 

彼女は、
今日も、
合法的に、
静かに、
謹慎している。

 

それが、
何よりの、
自由だった。
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