無実の罪で永遠に謹慎する女 ――謹慎していたい令嬢は、何もしないことを選びました**

鷹 綾

文字の大きさ
36 / 39

第37話 最初から信じていれば

しおりを挟む
第37話 最初から信じていれば

 

夜明け前の王城は、
音がしない。

 

鳥の声も、
足音も、
まだ、
遠い。

 

王太子は、
一人で執務室にいた。

 

灯りは、
最低限。

 

書類も、
広げていない。

 

ただ、
椅子に座り、
窓の外の、
薄い闇を、
見つめている。

 

(……最初から、
 信じていれば)

 

その言葉が、
何度も、
頭の中を、
巡る。

 

最初から。

 

疑惑が持ち上がった、
あの日。

 

証拠は、
弱かった。

 

動機も、
薄かった。

 

それでも――
王太子は、
彼女を、
疑った。

 

いや、
正確には。

 

信じることを、
 選ばなかった。

 

(……秩序を、
 優先した)

 

それは、
言い訳として、
よく出来ている。

 

一人を切れば、
騒ぎは収まる。

 

一人を遠ざければ、
城は静かになる。

 

それが、
王太子としての、
合理的判断だと、
信じていた。

 

だが――
今、
城は静かだ。

 

静かすぎるほどに。

 

彼女が、
謹慎を始めてから。

 

(……皮肉だな)

 

王太子は、
自嘲する。

 

秩序を守るために、
下した命令が。

 

秩序そのものを、
凍らせてしまった。

 

彼女は、
抗議しなかった。

 

弁明もしなかった。

 

泣き叫ぶことも、
許しを請うことも、
なかった。

 

ただ、
命令を受け入れた。

 

それが、
どれほど、
異常だったか。

 

当時の自分は、
理解していなかった。

 

(……あの時)

 

(……一言でも、
 話を、
 聞いていれば)

 

王太子は、
目を閉じる。

 

彼女の姿が、
思い浮かぶ。

 

静かな瞳。
抑揚のない声。

 

野心も、
欲も、
感じさせない。

 

それを、
「存在感が薄い」
と、
切り捨てた。

 

(……王太子妃候補には、
 向かない、
 と思った)

 

だが、
今なら、
分かる。

 

彼女は、
王太子妃になろうと、
していなかった。

 

最初から。

 

「……彼女は、
 何も、
 望んでいなかった」

 

それなのに、
自分は。

 

勝手に、
役割を与え。

 

勝手に、
期待し。

 

勝手に、
失望し。

 

最後には、
勝手に、
 切り捨てた。

 

それが、
すべてだった。

 

夜が、
少しずつ、
明け始める。

 

窓の外に、
薄い光が、
差し込む。

 

(……今さら、
 遅い)

 

その自覚は、
はっきりしている。

 

謝罪しても、
意味はない。

 

取り消しても、
戻らない。

 

彼女は、
もう、
そこにいない。

 

正確には――
存在しているが、
 関われない。

 

それが、
最も、
残酷だった。

 

 

朝。

 

王城に、
人の気配が、
戻ってくる。

 

だが、
王太子は、
執務室を、
出なかった。

 

誰も、
彼を、
呼ばない。

 

呼べない。

 

この件について、
王太子に、
進言できる者は、
もう、
いない。

 

「……殿下」

 

ようやく、
側近が、
控えめに、
声をかける。

 

「……何だ」

 

「……民の間で、
 噂が……」

 

王太子は、
それ以上、
聞かなくても、
分かった。

 

噂は、
一つしかない。

 

――無実の女を、
 永遠に、
 謹慎させた王太子。

 

「……止めろ」

 

「……はい」

 

止められるものでは、
ない。

 

それも、
理解している。

 

なぜなら――
噂は、
事実に、
基づいているからだ。

 

彼女は、
無実だった。

 

そして――
今も、
謹慎している。

 

王太子の、
命令のままに。

 

 

一方――
エレシアは、
いつも通り、
静かな朝を迎えていた。

 

光が、
カーテンの隙間から、
差し込む。

 

(……今日も、
 変わらない)

 

それが、
心地いい。

 

メイドが、
食事を運ぶ。

 

「……おはようございます」

 

珍しく、
声があった。

 

エレシアは、
少しだけ、
驚く。

 

「……おはよう」

 

それ以上、
会話は、
続かない。

 

だが、
それで、
十分だった。

 

(……誰かが、
 後悔している、
 のかしら)

 

ふと、
そんな考えが、
浮かぶ。

 

だが、
すぐに、
消える。

 

(……でも、
 それは、
 私の、
 問題じゃない)

 

後悔は、
後悔する者の、
ものだ。

 

彼女は、
何も、
奪っていない。

 

ただ、
命令を、
守っている。

 

それだけだ。

 

 

その日の午後。

 

王太子は、
公式記録の、
最終文書に、
目を通していた。

 

そこには、
簡潔に、
こう記されている。

 

――本件は、
 法的に、
 問題なし。

 

それを見た瞬間、
王太子は、
苦く、
笑った。

 

「……最初から、
 信じていれば」

 

その言葉は、
もう、
誰にも、
届かない。

 

届く相手は、
干渉禁止の、
向こう側にいる。

 

こうして――
王太子の後悔は、
誰にも、
修正されることなく。

 

ただ、
彼自身の中で、
積み重なっていく。

 

一方、
エレシアは、
今日も、
静かに、
謹慎している。

 

彼女の世界には、
後悔も、
謝罪も、
届かない。

 

それが――
彼女にとっての、
完全な、
自由だった。

 

第37話は、
ここで終わる。

 

後悔は、
 動かなかった者には、
 届かない。

 

それを、
最も深く、
理解したのは――
王太子自身だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

女神様、もっと早く祝福が欲しかった。

しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。 今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。 女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか? 一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。

〖完結〗終着駅のパッセージ

苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。 彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。 王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは夫と婚姻してから三年という長い時間を振り返る。 その間、夫が帰宅したのは数えるほどだった。 ※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

処理中です...