無実の罪で永遠に謹慎する女 ――謹慎していたい令嬢は、何もしないことを選びました**

鷹 綾

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第38話 評価は動かない

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第38話 評価は動かない

 

王城の掲示板から、
一枚の紙が、
静かに外された。

 

それは、
数日前まで、
誰もが目にしていた告示――
「本件は、法的に問題なし」。

 

撤回でも、
訂正でもない。

 

単に、
掲示期間が終わった
というだけのことだった。

 

だが、
その紙が消えたあとも。

 

評価は、
消えなかった。

 

 

「……結局、
 どうなったんだ?」

 

城下の酒場で、
誰かが、
そう口にする。

 

「無実だったんだろ?」

 

「そうだ」

 

「じゃあ、
 戻ったのか?」

 

問いに、
一瞬、
沈黙が落ちる。

 

「……戻ってない」

 

「え?」

 

「今も、
 謹慎中らしい」

 

その言葉に、
場が、
ざわつく。

 

「……意味が、
 分からんな」

 

「意味は、
 分かるよ」

 

別の男が、
低く言った。

 

「無実の女を、
 永遠に、
 謹慎させた
 ってことだ」

 

誰も、
反論しなかった。

 

それが、
事実だからだ。

 

 

噂は、
尾ひれを付ける。

 

「王太子が、
 無理に、
 引きずり出そうとしたらしい」

 

「法に、
 止められたとか」

 

「前例がない、
 って話だ」

 

どれも、
正確ではない。

 

だが――
方向は、
 完全に、
 正しかった。

 

 

王城の内側でも、
評価は、
すでに、
固まりつつあった。

 

「……殿下は、
 判断を、
 誤られた」

 

誰も、
大声では、
言わない。

 

だが、
誰も、
否定しない。

 

「……無実を、
 証明された者を、
 放置する」

 

「……しかも、
 自らの命令で、
 縛ったまま」

 

「……秩序を、
 優先した結果だ」

 

その言葉は、
王太子を、
直接、
非難していない。

 

だが、
免罪もしない。

 

それが、
最も、
厄介だった。

 

 

王太子は、
その空気を、
肌で感じていた。

 

誰も、
逆らわない。

 

誰も、
責めない。

 

ただ――
距離が、
できている。

 

(……評価は、
 もう、
 動かない)

 

それを、
彼は、
悟っていた。

 

政治とは、
評価の積み重ねだ。

 

一つの判断が、
すぐに、
命取りになることは、
少ない。

 

だが――
修正不能な評価
というものが、
確かに、
存在する。

 

それが、
今の、
自分だ。

 

 

「……殿下」

 

側近が、
小さく、
声をかける。

 

「……何だ」

 

「……来月の、
 外遊ですが……」

 

王太子は、
首を横に振る。

 

「……延期だ」

 

「……理由は?」

 

「……今、
 動くと、
 余計な評価を、
 招く」

 

側近は、
黙って、
頷いた。

 

それが、
正しい判断だと、
理解している。

 

動かない方が、
 傷が浅い。

 

それは、
皮肉にも――
彼女が、
ずっと、
選び続けてきた
生き方だった。

 

 

一方――
エレシア。

 

彼女は、
その日も、
静かな午後を、
過ごしていた。

 

窓辺の椅子に座り、
光を、
眺める。

 

(……今日は、
 少し、
 遠くが、
 賑やか)

 

声が、
微かに、
届く。

 

城下の喧騒。

 

だが、
それは、
背景音に過ぎない。

 

(……関係ない)

 

その認識が、
完全に、
定着していた。

 

メイドが、
掃除を終え、
盆を片づける。

 

「……最近、
 城下で、
 話題に、
 なっているそうです」

 

珍しく、
メイドが、
そう口にした。

 

エレシアは、
顔を上げる。

 

「……私の?」

 

「……はい」

 

一瞬、
沈黙。

 

だが、
エレシアは、
肩をすくめただけだった。

 

「……そう」

 

それ以上、
聞かない。

 

聞いたところで、
どうにもならない。

 

(……評価、
 ね)

 

前世では、
評価に、
振り回され続けた。

 

良くても、
悪くても。

 

期待され、
測られ、
比べられ。

 

だが――
今は違う。

 

評価は、
外側にある。

 

自分は、
命令の内側
にいる。

 

評価が、
どうなろうと、
動く理由が、
存在しない。

 

(……楽)

 

その一言に、
尽きる。

 

 

夕方。

 

王城では、
公式の場で、
誰も、
この件を、
口にしなくなった。

 

だが、
非公式の場では、
確実に、
語られている。

 

「……あれが、
 殿下の、
 評価になる」

 

「……覆らないな」

 

「……無実の女を、
 永遠に、
 謹慎させた、
 という」

 

それは、
誇張ではない。

 

事実だ。

 

誰も、
それを、
否定できない。

 

 

夜。

 

エレシアは、
ベッドに横たわり、
静かに、
目を閉じる。

 

(……今日も、
 何も、
 起きなかった)

 

その事実が、
彼女を、
守っている。

 

一方で――
王太子の評価は、
今日も、
少しずつ、
固まっていく。

 

誰かが、
声高に、
断罪するわけではない。

 

誰かが、
罰を、
与えるわけでもない。

 

ただ――
記憶される。

 

それが、
最も、
逃れられない、
ざまぁだった。

 

第38話は、
ここで終わる。

 

評価は、
 動かない。

 

動かない彼女と、
動けなくなった王太子。

 

その対比が、
王国の中で、
静かに、
定着し始めていた。
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