『身代わりに差し出された令嬢ですが、呪われた公爵に溺愛されて本当の幸せを掴みました』

鷹 綾

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第7話 向けられる視線

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第7話 向けられる視線

 フェルディナンドと庭で過ごす時間が、少しずつ“日常”になり始めていた。

 毎日ではない。
 けれど、執務の合間や夕暮れどき、短い時間でも顔を合わせる。

 言葉は多くない。
 それでも、沈黙が苦にならない。

(……不思議)

 ノインは、自分の変化に戸惑っていた。
 誰かと過ごす時間を、こんなにも穏やかだと感じる日が来るなんて。

 * * *

 その変化に気づいたのは、屋敷の使用人たちだった。

「最近、公爵様……表情が柔らかくなったわよね」 「ええ。以前は、視線を合わせるだけで緊張したのに……」 「ノイン様のおかげかしら」

 ひそひそと交わされる声。
 ノインは、廊下の曲がり角で足を止めてしまった。

(……わたし、目立っている?)

 その事実に、胸がざわつく。

 孤児院では、目立つと叱られた。
 伯爵家では、目立つと疎まれた。

 だから、無意識に“存在を消す”癖がついている。

 その夜。

 食堂での夕食の席。
 いつもより、視線を感じた。

 向けられるのは、好奇心と――評価。

 (……怖い)

 だが、逃げ場はない。

 食事が終わり、席を立とうとしたとき。

「ノイン」

 フェルディナンドの声が、はっきりと響いた。

 周囲の空気が、一瞬、張りつめる。

「……はい」

「少し、話がある」

 公爵が、皆の前で名を呼ぶ。

 その意味に、使用人たちは息を呑んだ。

 ノインは、戸惑いながらも頷いた。

 食堂を出た廊下で、ふたりきりになる。

「……何か、悪いことをしましたか?」

 思わず、そう尋ねてしまった。

 フェルディナンドは、少し驚いた顔をしてから、首を振る。

「いや。逆だ」

「……逆?」

「最近、周囲の視線が気になっているだろう」

 見抜かれていた。

「……はい」

 小さく答える。

「無理もない。君は……これまで、注目される立場ではなかった」

 責める調子は、まったくない。

「だが、ここでは……君は、私の婚約者だ」

 その言葉が、静かに、しかし確実に胸に落ちた。

「私の隣に立つ以上、視線は避けられない」

 ノインは、思わず俯く。

「……ご迷惑、でしたか?」

 その問いに、フェルディナンドは足を止めた。

「……なぜ、そう思う?」

「……わたしが、足を引っ張っているなら……」

 言い終える前に、彼の声が重なった。

「違う」

 強い否定。

 初めて聞く、はっきりとした声だった。

「君が、私の足を引っ張ることなど、あり得ない」

 ノインは、顔を上げる。

「君は……私が選んだ人だ」

 その一言で、胸がいっぱいになる。

「だから、君が不安を抱えるなら……私が守る」

 ノインの喉が、きゅっと詰まった。

「……守る、なんて」

「当然だ」

 迷いのない答え。

「私は……これ以上、誰かに、君を軽んじさせるつもりはない」

 その言葉は、宣言だった。

 ノインは、しばらく言葉を失ったあと、小さく笑った。

「……フェルディナンド様は、ずるいです」

「なぜだ?」

「そんなふうに言われたら……怖くても、前を向くしか、なくなります」

 彼は、少しだけ目を見開き――やがて、口元を緩めた。

「……それなら、前を向けばいい。隣で」

 その夜。

 ノインは自室で、ひとり、深く息をついた。

(……見られることは、否定されることじゃない)

 向けられる視線の中に、
 少なくともひとつ――確かな“居場所”がある。

 それを、初めて、実感できたから。

 怖さは、まだ消えない。
 けれど、その怖さを、ひとりで抱えなくていい。

 そう思えた夜だった。
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