9 / 40
第9話 忍び寄る違和感
しおりを挟む
第9話 忍び寄る違和感
その日から、フェルディナンドの体調は目に見えて安定していた。
頭痛で眉をひそめることは減り、夜も以前より眠れているという。
老執事や侍女たちも、安堵した表情を隠さなかった。
だが――ノインだけは、気づいていた。
(……少し、変)
悪い意味ではない。
むしろ逆だ。
良くなりすぎている。
* * *
午後の執務室。
ノインは、フェルディナンドの向かいに座り、静かに紅茶を飲んでいた。
「……どうした?」
彼が、ふと顔を上げる。
「いえ……」
一瞬、言葉に詰まる。
――言っていいのだろうか。
これは、ただの気のせいかもしれない。
けれど、胸の奥で、小さな違和感が膨らんでいた。
「……最近、痛みはありませんか?」
慎重に、尋ねる。
「ほとんど、ない」
即答だった。
「夜も、夢を見なくなった」
それは、本来なら喜ぶべきことだ。
なのに。
「……それなのに?」
ノインの言葉に、フェルディナンドが目を細める。
「何を、感じている?」
誤魔化さず、聞いてくる。
ノインは、ゆっくりと息を吸った。
「……痛みが減っているのに、呪いが“消えている”感じがしないんです」
フェルディナンドの指が、わずかに止まった。
「……続けて」
「……例えるなら」
言葉を探す。
「氷が溶けているのに、その下に、まだ大きな塊があるような……」
自分でも、抽象的だと思う。
けれど、正直な感覚だった。
「……抑えられているだけ、ということか」
フェルディナンドが、静かに呟く。
「はい……」
沈黙が落ちる。
やがて、彼は深く息を吐いた。
「……私も、似た感覚はある」
ノインは、顔を上げる。
「痛みが引く代わりに……胸の奥が、妙に静かすぎる」
それは、安らぎとは違う。
「まるで……嵐の前のようだ」
ノインの背筋が、ひやりとした。
(……やっぱり)
彼女は、無意識のうちに手を伸ばしかけ――止めた。
触れるには、理由がいる。
「……フェルディナンド様」
名を呼ぶ。
「次に、触れるときは……もう少し、深く感じてみたいです」
彼が、ゆっくりとノインを見る。
「危険だと?」
「……はい。たぶん」
はっきり言う。
「今までのは、“表面”だけでした」
フェルディナンドは、しばらく考え込んだあと、静かに頷いた。
「……なら、準備が必要だな」
「準備?」
「ああ」
低い声。
「呪いの中心に触れるなら……覚悟がいる」
ノインの胸が、どくんと鳴る。
「それは……危険ですか?」
彼は、目を逸らさなかった。
「私にとっても……君にとっても」
それでも。
「……逃げる、という選択肢は?」
ノインは、あえて聞いた。
フェルディナンドは、少しだけ口元を緩める。
「君は、もう答えを知っているだろう」
ノインは、苦笑した。
「……はい」
逃げない。
ここまで来て、見過ごすことはできない。
ノインは、胸の前で手を組む。
「……でも、一人ではやりません」
「当然だ」
「ちゃんと……一緒に、向き合いましょう」
フェルディナンドは、ゆっくりと立ち上がり、ノインの前に立つ。
そして――一歩、近づいた。
「……頼りにしている」
その言葉は、以前の“許可”とは違った。
それは、
弱さを預ける、という意味だった。
ノインは、静かに頷く。
(……これが、境目)
やさしさだけでは、越えられない場所。
触れないままでは、届かない核心。
まだ名前のない“呪いの核”が、
確かに、ふたりの前に姿を現し始めていた。
その日から、フェルディナンドの体調は目に見えて安定していた。
頭痛で眉をひそめることは減り、夜も以前より眠れているという。
老執事や侍女たちも、安堵した表情を隠さなかった。
だが――ノインだけは、気づいていた。
(……少し、変)
悪い意味ではない。
むしろ逆だ。
良くなりすぎている。
* * *
午後の執務室。
ノインは、フェルディナンドの向かいに座り、静かに紅茶を飲んでいた。
「……どうした?」
彼が、ふと顔を上げる。
「いえ……」
一瞬、言葉に詰まる。
――言っていいのだろうか。
これは、ただの気のせいかもしれない。
けれど、胸の奥で、小さな違和感が膨らんでいた。
「……最近、痛みはありませんか?」
慎重に、尋ねる。
「ほとんど、ない」
即答だった。
「夜も、夢を見なくなった」
それは、本来なら喜ぶべきことだ。
なのに。
「……それなのに?」
ノインの言葉に、フェルディナンドが目を細める。
「何を、感じている?」
誤魔化さず、聞いてくる。
ノインは、ゆっくりと息を吸った。
「……痛みが減っているのに、呪いが“消えている”感じがしないんです」
フェルディナンドの指が、わずかに止まった。
「……続けて」
「……例えるなら」
言葉を探す。
「氷が溶けているのに、その下に、まだ大きな塊があるような……」
自分でも、抽象的だと思う。
けれど、正直な感覚だった。
「……抑えられているだけ、ということか」
フェルディナンドが、静かに呟く。
「はい……」
沈黙が落ちる。
やがて、彼は深く息を吐いた。
「……私も、似た感覚はある」
ノインは、顔を上げる。
「痛みが引く代わりに……胸の奥が、妙に静かすぎる」
それは、安らぎとは違う。
「まるで……嵐の前のようだ」
ノインの背筋が、ひやりとした。
(……やっぱり)
彼女は、無意識のうちに手を伸ばしかけ――止めた。
触れるには、理由がいる。
「……フェルディナンド様」
名を呼ぶ。
「次に、触れるときは……もう少し、深く感じてみたいです」
彼が、ゆっくりとノインを見る。
「危険だと?」
「……はい。たぶん」
はっきり言う。
「今までのは、“表面”だけでした」
フェルディナンドは、しばらく考え込んだあと、静かに頷いた。
「……なら、準備が必要だな」
「準備?」
「ああ」
低い声。
「呪いの中心に触れるなら……覚悟がいる」
ノインの胸が、どくんと鳴る。
「それは……危険ですか?」
彼は、目を逸らさなかった。
「私にとっても……君にとっても」
それでも。
「……逃げる、という選択肢は?」
ノインは、あえて聞いた。
フェルディナンドは、少しだけ口元を緩める。
「君は、もう答えを知っているだろう」
ノインは、苦笑した。
「……はい」
逃げない。
ここまで来て、見過ごすことはできない。
ノインは、胸の前で手を組む。
「……でも、一人ではやりません」
「当然だ」
「ちゃんと……一緒に、向き合いましょう」
フェルディナンドは、ゆっくりと立ち上がり、ノインの前に立つ。
そして――一歩、近づいた。
「……頼りにしている」
その言葉は、以前の“許可”とは違った。
それは、
弱さを預ける、という意味だった。
ノインは、静かに頷く。
(……これが、境目)
やさしさだけでは、越えられない場所。
触れないままでは、届かない核心。
まだ名前のない“呪いの核”が、
確かに、ふたりの前に姿を現し始めていた。
2
あなたにおすすめの小説
余命3ヶ月と言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。
特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。
ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。
毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。
診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。
もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。
一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは…
※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いいたします。
他サイトでも同時投稿中です。
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です
希羽
恋愛
「お前のような可愛げのない女との婚約は破棄する!」
卒業パーティの会場で、婚約者である第二王子デリックはそう宣言し、私の義妹ミナを抱き寄せました。 誰もが私が泣き崩れると思いましたが――正直、せいせいしました。 だって、王子の領地経営、借金返済、結界維持、それら全ての激務を一人でこなしていたのは「可愛げのない」私だったのですから。
「承知しました。では、あとはミナと二人で頑張ってください」
私は手切れ金代わりに面倒な仕事を全て置いて国を出ました。 すると、国境で待っていたのは、隣国ガルガディア帝国の冷徹皇太子ことクライド様。なぜか彼は私を溺愛し、帝国で最高の地位と環境を与えてくれて……。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる