婚約破棄されたので、王太子はもう何も決めません

鷹 綾

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第六話 説明できぬ王太子と、問いを集める宰相

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第六話 説明できぬ王太子と、問いを集める宰相

 王都の朝は、いつもより静かに始まった。

 市場は開いている。兵の巡回も平常通りだ。だが、人々の会話の調子が、確実に変わっている。
 声は小さく、言葉は慎重になり、同じ問いが、形を変えて行き交っていた。

「……次は、どうなるんだろうな」 「この前の支援、ありがたかったけど……続くのか?」 「殿下は、ちゃんと考えているんだろうか」

 不安は、まだ不満ではない。
 だが、期待が裏切られる前触れとしては、十分すぎる兆しだった。

 王宮の執務室で、王太子コンラートは苛立ちを隠そうともせず、机を指で叩いていた。

「なぜだ……なぜ、落ち着かない?」

 側近たちは顔を見合わせる。
 誰もが理由を理解しているが、それを口にする勇気はない。

「殿下、各地から“説明”を求める書簡が増えております」

 意を決したように、一人が告げた。

「説明?」

 コンラートは眉をひそめる。

「私は、すでに支援を行った。民は救われたはずだろう」

「はい。しかし……次についての方針が示されていないため、各地の領主や商人が判断を保留しておりまして……」

 その言葉に、コンラートは立ち上がった。

「判断を保留? 私が王太子だぞ。信じればいい!」

 声を荒げるが、反応は薄い。
 もはや“信じろ”という言葉だけでは、誰も動かない段階に入っている。

 そこへ、さらに追い打ちをかける報告が届いた。

「宰相府より通達です。本日午後、財政状況に関する公開説明会を行う、と……」

「なに?」

 コンラートの顔が強張る。

「誰の許可を得て?」

「……宰相閣下の判断かと」

 一瞬、室内の空気が凍りついた。
 ヴォルフガング・ハルトマン――その名が、重く響く。

「勝手なことを……」

 コンラートは吐き捨てるように言うが、その声には焦りが滲んでいた。

 説明会。
 それは、数字を示し、経緯を語り、責任の所在を明らかにする場だ。

 ――彼には、できない。

 一方、宰相府では、準備が淡々と進められていた。

「資料は整いました。支援金の原資、流通への影響、今後三ヶ月の見通しも含めてあります」

 補佐官の報告に、ヴォルフガングは短く頷く。

「十分だ。感情は排せ。数字だけで語れ」

「はい」

 机の端には、ノクティア侯爵家から提出された追加資料が置かれていた。
 エヴァレット・ノクティアの筆跡は、相変わらず端正で、無駄がない。

「……彼女は、何も言わないな」

 補佐官がぽつりと漏らす。

「言う必要がないからだ」

 ヴォルフガングは答える。

「問いは、すでに集まり始めている。彼女は、それを予測しただけだ」

 午後、王都の会館には、多くの関係者が集まっていた。
 貴族、商人、領主の代理、そして記録官。

 そこに、王太子の姿はない。

 代わりに壇上に立ったのは、宰相ヴォルフガング・ハルトマンだった。

「本日は、現在の財政状況について、事実のみを説明する」

 低く、よく通る声。
 会場は自然と静まり返った。

「先日の支援金は、緊急措置として有効だった。しかし、継続には、明確な財源と計画が必要だ」

 彼は資料を示しながら、淡々と語る。

「現時点で、その両方は存在しない」

 ざわめきが起こる。

「これは、責任の追及ではない。現状の確認だ」

 その言葉に、誰も反論できなかった。
 事実を並べられているだけだからだ。

 会の終盤、誰かが質問した。

「では……今後は?」

 ヴォルフガングは、わずかに間を置いて答えた。

「再設計が必要だ。そのためには、政治的判断ではなく、実務的判断が求められる」

 それが、誰を指しているのか。
 会場の多くが、理解していた。

 一方、その頃――。

 ノクティア侯爵邸では、エヴァレットが静かに報告を聞いていた。

「……説明会は、想定通りの流れでした」

「そう」

 短く答え、彼女は窓の外を見る。

「殿下は、出席なさらなかったのですね」

「はい」

 その事実が、何より雄弁だった。

 説明を求められる場に出ない。
 それは、“説明できない”と宣言したに等しい。

「これで、問いは個人の疑問から、公共の問題へと移りました」

 エヴァレットは、そう総括した。

 王太子コンラートは、まだ玉座の近くにいる。
 だが、発言権は、確実に彼の手を離れつつあった。

「……次は、責任の所在が問われますわ」

 静かな声だった。
 だが、その予測は、すでに現実になり始めている。

 声を上げず、感情を動かさず、
 ただ“問い”を積み上げる。

 それが、最も残酷な追い詰め方だということを、
 王太子は、まだ知らない。
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