婚約破棄されたので、王太子はもう何も決めません

鷹 綾

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第七話 責任という言葉を、誰も引き受けない

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 宰相府による公開説明会から一夜明け、王都は奇妙な静けさに包まれていた。
 声高な非難も、激情的な抗議もない。だが、空気の底に沈殿するものは、昨日までとは明らかに違う。

 ――説明は、された。
 ――しかし、解決は、されていない。

 人々はその違いを、はっきりと理解し始めていた。

 朝の市場。
 商人たちは品を並べながら、声を潜めて言葉を交わす。

「昨日の宰相閣下の話、聞いたか?」 「ああ。支援は一時的で、続けるには計画が要るってな」 「じゃあ……殿下は、何を考えてたんだ?」

 誰も答えない。
 だが、問いは消えない。

 王宮では、その問いが、より直接的な形で突きつけられていた。

「殿下、各方面から説明を求める書簡が届いております」 「同じ内容のものが、すでに三十通を超えました」

 側近たちの報告に、王太子コンラートは苛立ちを露わにする。

「説明なら、宰相がしただろう!」

「はい。しかし……宰相閣下は“事実の説明”のみで、決断については触れておりません」

 その言葉に、コンラートは一瞬、言葉を失った。

 ――決断。
 ――責任。

 それらは、本来、自分の肩に乗るはずのものだ。

「私は……王太子だぞ」

 絞り出すように言う声は、以前の自信に満ちた響きを失っていた。

「殿下であられるからこそ、皆が答えを求めております」

 側近の一人が、恐る恐るそう告げる。

「……今後、支援は継続されるのか。されないのか。されるなら、いつ、どの規模で――」

「分からない!」

 コンラートは、ついに机を叩いた。

「そんなこと、今すぐ決められるわけがないだろう!」

 沈黙。
 誰も反論しない。

 だが、その沈黙こそが、答えだった。

 一方、宰相府では、ヴォルフガング・ハルトマンが報告を受けていた。

「王太子殿下は、依然として明確な方針を示しておりません」

「当然だ」

 ヴォルフガングは、冷静に言い切る。

「彼は“支持を得る決断”はできるが、“結果を引き受ける決断”はできない」

 机上には、各方面から集まった問い合わせの一覧が並んでいる。
 それらはすべて、同じ一点に収束していた。

「――責任は、誰が負うのか」

「閣下、王太子殿下に再度、会談を求めますか?」

 その問いに、ヴォルフガングは首を横に振った。

「今は、不要だ。彼が何も言えないこと自体が、最も雄弁な回答だからな」

 その言葉通り、時間は容赦なく流れ、沈黙は重さを増していく。

 ノクティア侯爵邸では、エヴァレット・ノクティアが静かに状況を整理していた。
 書斎の机には、王宮、宰相府、地方領主、商人組合からの情報が、整然と並んでいる。

「……問いが、完全に一致しましたわね」

 彼女は、そう結論づける。

 それぞれの立場、利害、言葉遣いは違う。
 だが、最終的に行き着く疑問は、同じだ。

「支援の判断をしたのは誰か」
「継続の責任を負うのは誰か」
「失敗した場合、誰が説明するのか」

 エヴァレットは、ペンを置いた。

「……そして、その“誰か”が、沈黙している」

 それが意味するところを、彼女はよく理解している。

 責任とは、名乗り出ることで初めて成立する。
 押し付け合えば、ただの空白になる。

 午後、王宮の回廊で、コンラートはエマと向き合っていた。

「……エマ。君は、どう思う?」

 縋るような問い。
 だが、エマは一瞬、言葉に詰まる。

「わ、わたしは……殿下が正しいと……信じています」

「それだけか?」

 問い返され、エマは視線を伏せた。

「……祈ります。神が、正しい道を示してくださると……」

 その答えに、コンラートは何も言えなかった。

 祈りは、決断ではない。
 信仰は、責任の代わりにならない。

 その事実が、じわじわと彼を追い詰めていく。

 同じ時刻、宰相府には、正式な文書が提出されていた。
 複数の領主連名によるものだ。

『今後の財政方針について、王太子殿下ご自身の見解を求む』

 ヴォルフガングは、それを読み終え、静かに封を閉じた。

「……来たな」

 彼は理解していた。
 これで、逃げ道は一つ減った。

 夜、エヴァレットは自室の窓辺に立ち、王都の灯りを眺めていた。
 遠くで、鐘が鳴る。

「責任を負わない決断は、決断ではありませんわ」

 誰に聞かせるでもない独白。

 王太子コンラートは、まだその座にいる。
 だが、責任という言葉を引き受けない限り、彼の立場は、ただの空白でしかない。

 そして空白は、必ず、誰かに埋められる。

 ――準備ができている者によって。
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