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第三十一話 支えないという信頼
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第三十一話 支えないという信頼
第十四週目の週次報告は、これまで以上に淡々としていた。
税収、微増。
流通量、横ばい。
価格指数、安定。
紙面だけを見れば、三十話前後を通して繰り返されてきた光景と、何一つ変わらない。
だが、王太子コンラートは、その報告書を前にして、今までとは違う種類の重さを感じていた。
「……数字よりも、反応が変わった」
側近が、報告を補足する。
「はい。
今週は、問い合わせの内容がさらに変化しています」
「どう変わった」
「“どうすれば支援を受けられるか”ではなく、
“この条件で続ける場合の判断基準を確認したい”というものが中心です」
コンラートは、静かに頷いた。
それは、決定的な変化だった。
助けを求める声ではない。
自分で決めるための確認だ。
午前の定例会議。
実務官たちの報告にも、同じ傾向が表れていた。
「地方からの要望は減少傾向ですが、
代わりに、情報共有への参加希望が増えています」
「参加希望?」
「はい。
週次説明の資料を、より詳細に知りたいという要望です」
ヴォルフガング・ハルトマンが、低く息を吐いた。
「……支えないことで、
人は考え始めるものだな」
コンラートは、その言葉を否定しなかった。
「支えないことは、放置ではない。
判断の余地を、相手に返すことだ」
だが、それは危険も伴う。
誤った判断が、破綻を生む可能性もある。
責任を負いきれず、倒れる者も出る。
それでも――
「それでも、私は支えない」
その言葉は、会議室に静かに落ちた。
「判断の結果が、
成功でも、失敗でも、
それを“自分のもの”として受け止められる国にしなければ、
次はない」
会議の後、王宮には一組の来訪者があった。
地方都市の商人と職人の代表だ。
「殿下。
本日は、支援のお願いではありません」
その前置きに、側近がわずかに驚く。
「我々は、この水準で事業を続けることを決めました」
コンラートは、黙って話を聞いていた。
「利益は、以前より小さい。
だが、無理をせず、続けられる形です」
代表は、少しだけ苦笑する。
「……正直に言えば、
最初は不安でした。
誰も守ってくれないのではないかと」
その言葉に、コンラートは目を伏せた。
「だが、殿下が“守らない”と明言したことで、
腹をくくれました」
腹をくくる。
それは、覚悟の言葉だ。
「支えない、というのは、
突き放すことではなかったのですね」
コンラートは、ゆっくりと顔を上げる。
「……信じた、ということだ」
自分で決める力があると、
自分で引き受けられると、
信じた。
それだけだ。
代表たちは、深く一礼して帰っていった。
その背中を見送りながら、側近が小さく呟く。
「殿下。
あれは……信頼、でしょうか」
「そうだ」
コンラートは、即答した。
「だが、称賛を伴わない信頼だ」
拍手もない。
感謝状もない。
ただ、任されているという感覚だけが残る。
ノクティア侯爵邸では、エヴァレット・ノクティアが、複数の報告を読み比べていた。
「……“支えない”が、
ようやく信頼として受け取られ始めましたわね」
それは、非常に遅い変化だ。
だが、極めて強い。
「守られる関係は、
状況が変われば、すぐ壊れます。
でも、信じられた関係は、
簡単には崩れません」
夜、王宮の小さな説明の場。
コンラートは、短く語った。
「第十四週目、数字は安定しています」
誰も身を乗り出さない。
だが、誰も聞き逃さない。
「今週、いくつかの現場が、
自らの判断で、継続や縮小を決めました」
彼は、そこで言葉を切った。
「私は、その判断を尊重します」
理由を、長々とは語らない。
「支えないことが、
最も信頼に近い形になる場合もある」
会場は、静まり返っていた。
だが、その沈黙は、拒絶ではない。
深夜、執務室で一人になったコンラートは、椅子に深く腰掛け、目を閉じた。
「……嫌われる覚悟は、していた」
守らない。
助けない。
介入しない。
それは、指導者として、最も誤解されやすい態度だ。
だが、今は違う。
「支えないという信頼が、
ようやく、届き始めた」
それは、目に見える成果ではない。
数字にも、記録にも、すぐには残らない。
だが、確実に――
この国の足腰を、強くしている。
第十四週目は、
何かを与えた週ではない。
任せた週だった。
王太子コンラートは、
支えないという重たい選択を、
初めて“信頼”として受け取られた夜を、
静かに噛みしめていた。
第十四週目の週次報告は、これまで以上に淡々としていた。
税収、微増。
流通量、横ばい。
価格指数、安定。
紙面だけを見れば、三十話前後を通して繰り返されてきた光景と、何一つ変わらない。
だが、王太子コンラートは、その報告書を前にして、今までとは違う種類の重さを感じていた。
「……数字よりも、反応が変わった」
側近が、報告を補足する。
「はい。
今週は、問い合わせの内容がさらに変化しています」
「どう変わった」
「“どうすれば支援を受けられるか”ではなく、
“この条件で続ける場合の判断基準を確認したい”というものが中心です」
コンラートは、静かに頷いた。
それは、決定的な変化だった。
助けを求める声ではない。
自分で決めるための確認だ。
午前の定例会議。
実務官たちの報告にも、同じ傾向が表れていた。
「地方からの要望は減少傾向ですが、
代わりに、情報共有への参加希望が増えています」
「参加希望?」
「はい。
週次説明の資料を、より詳細に知りたいという要望です」
ヴォルフガング・ハルトマンが、低く息を吐いた。
「……支えないことで、
人は考え始めるものだな」
コンラートは、その言葉を否定しなかった。
「支えないことは、放置ではない。
判断の余地を、相手に返すことだ」
だが、それは危険も伴う。
誤った判断が、破綻を生む可能性もある。
責任を負いきれず、倒れる者も出る。
それでも――
「それでも、私は支えない」
その言葉は、会議室に静かに落ちた。
「判断の結果が、
成功でも、失敗でも、
それを“自分のもの”として受け止められる国にしなければ、
次はない」
会議の後、王宮には一組の来訪者があった。
地方都市の商人と職人の代表だ。
「殿下。
本日は、支援のお願いではありません」
その前置きに、側近がわずかに驚く。
「我々は、この水準で事業を続けることを決めました」
コンラートは、黙って話を聞いていた。
「利益は、以前より小さい。
だが、無理をせず、続けられる形です」
代表は、少しだけ苦笑する。
「……正直に言えば、
最初は不安でした。
誰も守ってくれないのではないかと」
その言葉に、コンラートは目を伏せた。
「だが、殿下が“守らない”と明言したことで、
腹をくくれました」
腹をくくる。
それは、覚悟の言葉だ。
「支えない、というのは、
突き放すことではなかったのですね」
コンラートは、ゆっくりと顔を上げる。
「……信じた、ということだ」
自分で決める力があると、
自分で引き受けられると、
信じた。
それだけだ。
代表たちは、深く一礼して帰っていった。
その背中を見送りながら、側近が小さく呟く。
「殿下。
あれは……信頼、でしょうか」
「そうだ」
コンラートは、即答した。
「だが、称賛を伴わない信頼だ」
拍手もない。
感謝状もない。
ただ、任されているという感覚だけが残る。
ノクティア侯爵邸では、エヴァレット・ノクティアが、複数の報告を読み比べていた。
「……“支えない”が、
ようやく信頼として受け取られ始めましたわね」
それは、非常に遅い変化だ。
だが、極めて強い。
「守られる関係は、
状況が変われば、すぐ壊れます。
でも、信じられた関係は、
簡単には崩れません」
夜、王宮の小さな説明の場。
コンラートは、短く語った。
「第十四週目、数字は安定しています」
誰も身を乗り出さない。
だが、誰も聞き逃さない。
「今週、いくつかの現場が、
自らの判断で、継続や縮小を決めました」
彼は、そこで言葉を切った。
「私は、その判断を尊重します」
理由を、長々とは語らない。
「支えないことが、
最も信頼に近い形になる場合もある」
会場は、静まり返っていた。
だが、その沈黙は、拒絶ではない。
深夜、執務室で一人になったコンラートは、椅子に深く腰掛け、目を閉じた。
「……嫌われる覚悟は、していた」
守らない。
助けない。
介入しない。
それは、指導者として、最も誤解されやすい態度だ。
だが、今は違う。
「支えないという信頼が、
ようやく、届き始めた」
それは、目に見える成果ではない。
数字にも、記録にも、すぐには残らない。
だが、確実に――
この国の足腰を、強くしている。
第十四週目は、
何かを与えた週ではない。
任せた週だった。
王太子コンラートは、
支えないという重たい選択を、
初めて“信頼”として受け取られた夜を、
静かに噛みしめていた。
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