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第三十六話 不満が声になる日
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第三十六話 不満が声になる日
第十九週目の朝、王宮に届いた報告書の束は、これまでとは少し違う重みを持っていた。
税収、横ばい。
流通量、微増。
価格指数、安定。
数字だけを見れば、平穏そのものだ。
だが、添付された別紙が、コンラートの視線を引き止めた。
『地方都市エルヴァーンにおける抗議集会の報告』
彼は、静かに眉を寄せる。
「……来たか」
側近が、慎重に言葉を選ぶ。
「殿下。
再編に伴う雇用縮小について、
一部住民が不満を表明しています」
「暴動は?」
「いえ。
集会と請願のみです」
その言葉に、コンラートはわずかに息を吐いた。
「なら、問題は起きていない」
側近は、一瞬、戸惑った表情を浮かべる。
「殿下……抗議、なのですが」
「抗議は、問題ではない」
彼は、はっきりと言った。
「声が上がっていること自体が、
この国が正常に動いている証拠だ」
午前の定例会議では、この件が正式に議題として取り上げられた。
「エルヴァーン市内で、
再編に反対する集会が行われました。
参加者は数百名規模。
要求内容は、再就職支援の拡充と説明の透明化です」
誰かが、緊張した声で言う。
「殿下、
ここで王宮が介入すべきでは?」
「なぜだ」
即座に返された問いに、会議室が静まる。
「……不満が高まれば、
治安の悪化につながる恐れがあります」
「不満が黙殺されれば、だろう」
コンラートは、冷静に言い直した。
「だが今回は、
不満は言葉になり、
場を選び、
秩序を保って表明されている」
資料を指で叩く。
「これは、
混乱ではなく、対話の入り口だ」
ヴォルフガング・ハルトマンが、低く頷いた。
「……殿下のお考えは、
介入せず、見守る、ということで?」
「いいや」
コンラートは、首を横に振った。
「口を出さずに、
場を壊さない」
それが、彼の出した結論だった。
「集会を禁止しない。
警備は最小限にする。
暴力が起きない限り、
王宮は“静かに存在する”だけだ」
その方針は、すぐに現地へ伝えられた。
エルヴァーン市内。
広場には、人々が集まっていた。
「仕事が減ったのは事実だ!」 「説明は受けたが、納得できていない!」 「自分たちの街の話だろう!」
怒りはある。
不安もある。
だが、誰も武器を持たない。
誰も、王宮を罵倒する言葉を叫ばない。
「……王宮が決めたんじゃない」 「自分たちの代表が、決めたんだ」 「だから、話を聞いてもらう相手も、
まずは街だ」
その空気は、以前とは明らかに違っていた。
市の代表者は、逃げなかった。
広場に立ち、マイクを握る。
「再編は、
私たち自身が選んだ判断です」
ざわめきが起きる。
「だからこそ、
不満も、怒りも、
私たちが受け止めます」
罵声が飛ぶ。
だが、代表は視線を逸らさない。
「今日、皆さんの声を聞きます。
すべてを叶えられなくても、
無視はしません」
その姿は、不器用だった。
だが、逃げてはいなかった。
王都では、この様子が報告として上がっていた。
「……思ったより、荒れていません」
側近の言葉に、コンラートは小さく頷く。
「当然だ」
「殿下?」
「不満は、
溜め込まれたときに暴力になる」
彼は、静かに続けた。
「言葉になっているうちは、
まだ、対話が可能だ」
ノクティア侯爵邸で、エヴァレット・ノクティアは、現地の記録を読み、深く息を吐いた。
「……抗議が、
きちんと“抗議”の形をしていますわね」
それは、皮肉ではない。
評価だった。
「怒りが、
破壊に向かわず、
言葉に留まっている」
それは、長い間、この国が失っていた光景だった。
夜、王宮の執務室。
コンラートは、窓の外の灯りを眺めていた。
広場の灯り。
家々の灯り。
どれも、揺れてはいるが、消えていない。
「……不満が声になる日が来たか」
それは、政にとって都合の良い日ではない。
むしろ、面倒で、厄介な日だ。
だが――
「声が出る国は、
まだ壊れていない」
命令で黙らせることは、簡単だ。
だが、それは、国を静かに殺す。
「聞こえる不満の方が、
よほど健全だ」
第十九週目は、
誰かが満足した週ではない。
だが、
怒りが言葉として立ち上がり、
それを受け止める場所が試された週だった。
王太子コンラートは、
拍手も称賛もないその日を、
静かに――
だが確かな手応えとともに、迎えていた。
第十九週目の朝、王宮に届いた報告書の束は、これまでとは少し違う重みを持っていた。
税収、横ばい。
流通量、微増。
価格指数、安定。
数字だけを見れば、平穏そのものだ。
だが、添付された別紙が、コンラートの視線を引き止めた。
『地方都市エルヴァーンにおける抗議集会の報告』
彼は、静かに眉を寄せる。
「……来たか」
側近が、慎重に言葉を選ぶ。
「殿下。
再編に伴う雇用縮小について、
一部住民が不満を表明しています」
「暴動は?」
「いえ。
集会と請願のみです」
その言葉に、コンラートはわずかに息を吐いた。
「なら、問題は起きていない」
側近は、一瞬、戸惑った表情を浮かべる。
「殿下……抗議、なのですが」
「抗議は、問題ではない」
彼は、はっきりと言った。
「声が上がっていること自体が、
この国が正常に動いている証拠だ」
午前の定例会議では、この件が正式に議題として取り上げられた。
「エルヴァーン市内で、
再編に反対する集会が行われました。
参加者は数百名規模。
要求内容は、再就職支援の拡充と説明の透明化です」
誰かが、緊張した声で言う。
「殿下、
ここで王宮が介入すべきでは?」
「なぜだ」
即座に返された問いに、会議室が静まる。
「……不満が高まれば、
治安の悪化につながる恐れがあります」
「不満が黙殺されれば、だろう」
コンラートは、冷静に言い直した。
「だが今回は、
不満は言葉になり、
場を選び、
秩序を保って表明されている」
資料を指で叩く。
「これは、
混乱ではなく、対話の入り口だ」
ヴォルフガング・ハルトマンが、低く頷いた。
「……殿下のお考えは、
介入せず、見守る、ということで?」
「いいや」
コンラートは、首を横に振った。
「口を出さずに、
場を壊さない」
それが、彼の出した結論だった。
「集会を禁止しない。
警備は最小限にする。
暴力が起きない限り、
王宮は“静かに存在する”だけだ」
その方針は、すぐに現地へ伝えられた。
エルヴァーン市内。
広場には、人々が集まっていた。
「仕事が減ったのは事実だ!」 「説明は受けたが、納得できていない!」 「自分たちの街の話だろう!」
怒りはある。
不安もある。
だが、誰も武器を持たない。
誰も、王宮を罵倒する言葉を叫ばない。
「……王宮が決めたんじゃない」 「自分たちの代表が、決めたんだ」 「だから、話を聞いてもらう相手も、
まずは街だ」
その空気は、以前とは明らかに違っていた。
市の代表者は、逃げなかった。
広場に立ち、マイクを握る。
「再編は、
私たち自身が選んだ判断です」
ざわめきが起きる。
「だからこそ、
不満も、怒りも、
私たちが受け止めます」
罵声が飛ぶ。
だが、代表は視線を逸らさない。
「今日、皆さんの声を聞きます。
すべてを叶えられなくても、
無視はしません」
その姿は、不器用だった。
だが、逃げてはいなかった。
王都では、この様子が報告として上がっていた。
「……思ったより、荒れていません」
側近の言葉に、コンラートは小さく頷く。
「当然だ」
「殿下?」
「不満は、
溜め込まれたときに暴力になる」
彼は、静かに続けた。
「言葉になっているうちは、
まだ、対話が可能だ」
ノクティア侯爵邸で、エヴァレット・ノクティアは、現地の記録を読み、深く息を吐いた。
「……抗議が、
きちんと“抗議”の形をしていますわね」
それは、皮肉ではない。
評価だった。
「怒りが、
破壊に向かわず、
言葉に留まっている」
それは、長い間、この国が失っていた光景だった。
夜、王宮の執務室。
コンラートは、窓の外の灯りを眺めていた。
広場の灯り。
家々の灯り。
どれも、揺れてはいるが、消えていない。
「……不満が声になる日が来たか」
それは、政にとって都合の良い日ではない。
むしろ、面倒で、厄介な日だ。
だが――
「声が出る国は、
まだ壊れていない」
命令で黙らせることは、簡単だ。
だが、それは、国を静かに殺す。
「聞こえる不満の方が、
よほど健全だ」
第十九週目は、
誰かが満足した週ではない。
だが、
怒りが言葉として立ち上がり、
それを受け止める場所が試された週だった。
王太子コンラートは、
拍手も称賛もないその日を、
静かに――
だが確かな手応えとともに、迎えていた。
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