引きこもり聖女は祈らない

鷹 綾

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第24話 消えた聖女

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第24話 消えた聖女

 翌朝。

 王城は、どこかざわついていた。

 いつもなら規則正しく行き交う使用人たちの足取りが乱れ、
 小声の囁きが、回廊のあちこちで生まれては消える。

 ◇

 「……聖女様が、いらっしゃらない?」

 最初に異変に気づいたのは、
 朝の支度を担当する侍女だった。

 聖女アーニャの私室。

 扉をノックしても、返事がない。
 いつもなら、弱々しくも「はい」と声が返る時間だ。

 不安になり、
 許可を得て扉を開ける。

 中は――
 もぬけの殻だった。

 ◇

 ベッドは整えられたまま。
 衣装棚には、最低限の服だけが残されている。

 机の上には、
 一枚の紙。

 だが、そこに書かれていたのは、
 祈りでも、遺書でもなかった。

 ただの、走り書き。

 『……ごめんなさい』

 それだけ。

 ◇

 「王太子殿下に、至急お知らせを!」

 報告は、瞬く間に城内を駆け巡った。

 王太子リチャードは、
 その知らせを聞いた瞬間、立ち上がった。

 「……消えた?」

 「はい。
  今朝から、行方が分かりません」

 一瞬、
 言葉を失う。

 だが、次の瞬間には、
 苛立ちが表に出た。

 「……逃げたのか」

 それは、
 安堵とも、
 失望ともつかない響きだった。

 ◇

 「捜索を出せ」

 そう命じはしたものの、
 その声には、切迫感がない。

 どこかで、
 こう思っている自分がいた。

 ――あれでも、いくらかは役に立っていたのか……。

 だが、その考えは、
 すぐに別の感情に塗り潰される。

 (いや、いなくなったところで、
  状況が悪化するとは限らない)

 そう信じたかった。

 ◇

 しかし。

 その日の昼。

 空が、
 急速に色を変え始めた。

 灰色だった雲が、
 黒く、重く、
 幾重にも重なっていく。

 風が、唸る。

 「……来るぞ」

 誰かが呟いた瞬間――
 激しい雨が、地面を叩いた。

 ◇

 午後には、
 突風が吹き荒れ、
 王都の一角で屋根が飛ばされた。

 川の水位が、
 目に見えて上昇する。

 「こんな……急に……?」

 人々が、
 ようやく、違和感を“恐怖”として認識し始める。

 ◇

 王城。

 リチャードのもとに、
 次々と報告が届く。

 「南門付近で倒木です!」
 「河岸が危険水位に達しています!」
 「港で船が……!」

 彼の顔から、
 血の気が引いた。

 (……アーニャが消えたから?)

 そんな考えが、
 頭をよぎる。

 だが――

 「いや、そんなはずは……」

 自分に言い聞かせるように、
 呟く。

 ◇

 その夜。

 嵐は、止まなかった。

 雨は激しさを増し、
 雷が空を裂く。

 人々は、
 家の中で身を寄せ合い、
 不安に震える。

 「聖女様は……?」
 「新しい聖女様は、どこに……?」

 答えは、ない。

 ◇

 一方、スター公爵家。

 分厚い扉の前には、
 今日も一枚のメモが貼られていた。

 『嵐になります』

 それだけ。

 だが、その文字は、
 これまでより、
 少しだけ大きかった。

 ◇

 フォージャー子爵は、
 その知らせを聞き、
 静かに目を閉じた。

 「……最悪の形だ」

 アーニャが消えた。
 そして、嵐が来た。

 偶然で片付けるには、
 あまりにも、重なりすぎている。

 ◇

 夜更け。

 王太子リチャードは、
 窓の外で荒れ狂う嵐を見つめながら、
 初めて、はっきりとした不安を覚えた。

 (……本当に、
  間違えたのは、誰だ?)

 その答えは、
 まだ、口にできない。

 だが――
 王国は今、
 聖女を二人失った状態で、
 嵐の中に立たされていた。

 そしてそれが、
 どれほど致命的な意味を持つのかを、
 知るには、
 もう少し時間が必要だった。
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