婚約を奪った義妹は王太子妃になりましたが、王子が廃嫡され“廃嫡王子の妻”になりました

鷹 綾

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第八話 王妃教育の始まり

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第八話 王妃教育の始まり

 翌朝、フロレッタは夜明け前に起こされた。

 昨夜は祝宴が長引き、床に就いたのは深夜だったはずだ。
 まだ外は薄暗い。

「お時間でございます」

 侍女の声は柔らかいが、容赦はない。

「もう……?」

 眠気の残るまま身を起こす。

「王妃教育は早朝より開始と伺っております」

 王妃の言葉がよみがえる。

 明朝より開始します。

 祝宴の余韻は、一夜で消えた。

 簡素な朝食の後、フロレッタは小さな講義室へ案内された。

 そこにいたのは、現王妃と数名の補佐官。

 壁には王国の歴史年表。
 机には分厚い書物。

「座りなさい」

 王妃の声は静かだが、逆らえない響きを持つ。

 フロレッタは椅子に腰掛ける。

「王妃とは何か、理解していますか」

 問いは穏やかだ。

「陛下をお支えし、民を導く存在でございます」

「具体的に」

 具体的。

 言葉に詰まる。

「……外交の場での振る舞い、慈善活動、社交の采配……」

 王妃は首を振った。

「それは表層です」

 机の上の書物が、重い音を立てて置かれる。

「王妃は国家の一部です。法を理解し、財政を把握し、軍の配置を知る」

 軍。

 フロレッタは思わず瞬きをする。

「軍まで、でございますか?」

「当然です」

 王妃の視線は冷たい。

「戦が起これば、王妃は後方支援を担う。無知では済まされません」

 講義が始まる。

 王国の成立史。
 隣国との条約。
 税制の構造。

 用語が次々と飛び交う。

 フロレッタは必死に書き留めるが、理解が追いつかない。

「ここで問います」

 王妃が突然、顔を上げる。

「現在の軍費割合は?」

 沈黙。

「……三割、でございますか」

「違います」

 即座に否定される。

「二割五分です」

 冷たい指摘。

「数字を曖昧にしてはなりません」

 時間は容赦なく進む。

 昼を挟んでも、講義は続いた。

 外交の席次。
 宗教との関係。
 貴族勢力の均衡。

 フロレッタの頭は限界に近い。

「今日はここまで」

 ようやく解放された時、彼女はほっと息をついた。

 廊下へ出ると、ルシアンが待っていた。

「どうだった?」

 彼は軽い調子だ。

「……難しいですわ」

「気にするな。母上は厳しい」

 そう言って肩をすくめる。

「だが形だけでいい。最終的には私が決める」

 その言葉に、少しだけ安堵する。

 守ってくれる。

 そう思いたい。

 だが、その日の夜。

 再び王妃に呼び出された。

「今日の内容を復習しなさい」

 机の上には白紙。

「要点をまとめて提出を」

 提出。

 評価されるということ。

 フロレッタの胸に、重さが広がる。

 祝福の声は、どこにもない。

 代わりにあるのは、数字と条文。

 一方、辺境。

 セラフィーナは訓練場を見ていた。

 兵士の動きは整然としている。

「王都より規律が高いですね」

「生き残るためだ」

 ヴァレントが言う。

「油断は死に直結する」

 彼女は頷く。

「中央は安全だと、思い込みやすい」

「思い込みは、最大の敵だ」

 その言葉に、セラフィーナは静かに微笑む。

 王宮での華やかな夜。
 その裏にあるもの。

 今のフロレッタは、それを知らない。

 夜、フロレッタは机に向かう。

 目は霞み、頭は重い。

 それでも書き続ける。

 王妃は飾りではない。

 その言葉が、何度もよぎる。

 祝福の中心に立っていたはずなのに。

 どうしてこんなにも、息が詰まるのだろう。

 王宮の灯りは今日も明るい。

 だがその光は、容赦なく影を作る。

 フロレッタはまだ気づかない。

 祝福の裏側が、責任の入口であることを。
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