『婚約破棄された令嬢ですが、王国は私抜きでは立てなかったようですね』

鷹 綾

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36話|選ばれ続ける条件

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36話|選ばれ続ける条件

 選ばれた瞬間が、ゴールではない。
 本当の試練は、そのあとに来る。

 中立国からの書簡が届いてから数日。
 王宮の会議は、これまで以上に静かで、そして重くなっていた。

「……条件は、現行枠組みの尊重」
「追加の譲歩要求はなし」
「ただし、履行状況の定期確認あり」

 文官が淡々と読み上げる。

 それは、好条件だった。
 だが同時に、甘えを許さない条件でもある。

「殿下、これは……楽ではありません」

 誰かが率直に言った。

「分かっている」

 ロネスは、即答する。

「だが、
 楽な条件で結ばれる関係は、
 長く続かない」

 会議室に、
 小さな緊張が走る。

 選ばれる側になったということは、
 常に“見られる側”になるということだ。

「検討すべきは、
 受けるかどうか、ではありません」

 ロネスは、言葉を続けた。

「受けたあと、
 “同じ判断を続けられるか”です」

 沈黙。

 それは、
 今まで避けてきた問いだった。

 一度、約束を守る。
 二度、守る。
 三度目も、守れるか。

 そこまで含めて、
 選ばれる価値があるかどうかが測られる。

「……続けられますか?」

 若い文官が、勇気を出して尋ねる。

 ロネスは、すぐには答えなかった。
 机の上の書類を、静かに見つめる。

 数週間前なら、
 この問いに、答えを出せなかっただろう。

 だが今は違う。

「一人では、無理だ」

 はっきりと、そう言った。

「だが、
 今の体制なら、可能だ」

 責任を分け、
 判断を引き継ぎ、
 基準を共有している。

 完璧ではない。
 だが、
 個人の才覚に依存していない。

「……では」

 ロネスは、結論を口にした。

「条件を精査したうえで、
 前向きに進める」

 即断ではない。
 だが、逃げでもない。

「ただし」

 一拍置く。

「この契約を、
 特別扱いしない」

 文官たちが、顔を上げる。

「特別扱いしない、とは?」

「基準を変えない、ということだ」

 ロネスは、静かに言った。

「相手が中立国でも、
 圧力をかけてこない相手でも、
 判断の仕方は同じにする」

 それが、
 選ばれ続ける条件だった。

 一方、帝国宰相府。

 王宮の結論は、
 遅れて報告として届く。

「……前向きに進めるが、
 基準は変えない、ですか」

 報告官の言葉に、
 ハインリヒ・ヴォルフは、わずかに口角を上げた。

「一番、難しい選択だな」

 視線が、エルゼリアへ向く。

「どう思う?」

「正しいです」

 即答だった。

「選ばれた瞬間に、
 基準を緩める国は、
 次から“安くなる”」

 彼女は、淡々と続ける。

「選ばれ続ける国は、
 退屈なほど、同じ判断を繰り返します」

「退屈、か」

「はい」

 エルゼリアは、わずかに目を伏せる。

「ですが、
 その退屈さこそが、
 最も高い評価になります」

 夜、王宮。

 ロネスは、執務室で一人、
 新しい契約案と、
 既存の基準文書を並べていた。

 どちらも、
 特別ではない。

 だが、
 同じ線で測るからこそ、
 意味がある。

「……続ける、か」

 呟きには、
 覚悟が滲んでいた。

 一度だけの勇気では、足りない。
 毎回、同じ判断を選び続ける忍耐が要る。

 だが――
 それを支える仕組みは、
 もう、ここにある。

 一方、帝国の夜。

 エルゼリアは、
 机の上から、
 王国関連の最後の覚書を外した。

 監視。
 助言。
 介入。

 そのどれもが、
 もう必要ない。

「……選ばれ続けるかどうかは、
 彼ら次第ね」

 声は、静かだった。

 36話は、
 劇的な転換の章ではない。

 だが、
 この章で描かれたのは、
 一度きりの成功ではなく、
 成功を繰り返す条件だ。

 選ばれる国は、多い。
 選ばれ続ける国は、少ない。

 王宮は、今、
 その分かれ道に立っている。

 物語は、
 終盤へ向けて、
 静かに、しかし確実に、
 歩みを進めていた。
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