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撤収

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 演技を終えた私たちは、がんちゃんに締めの挨拶を任せ、速やかに撤収する。

 サンバのイベントではままあることらしい。
 ほんの数分前まで狂乱の中にいたのに、終わった途端黙々粛々と片付けや着替えに勤しむ。
 控え室の完全撤収時間やイベントの終了時間が決まっている場合などに起こるそうだ。
 近しいところで言うと、エンサイオも同じような状況になる。
 終了時間が会場の閉館時間と同じであるため、終わり次第持ち込んだ音響設備やチーム所有の楽器を車輌へと運ぶ者、会場内に出していた机や椅子を片す者、壁面全面のミラーを覆う厚手のカーテンを閉める者、フロアを軽くモップ掛けする者など、着替えなどと同時進行で特に打ち合わせもなく手分けと連携をして行われる。

 そういうチームなので、特に歴の長いほづみとひいの撤収の手際は美しくすらあった。

 大物は撤収力に長けたふたりに任せ、私は机上の資料関係を整え仕舞いながら、締めの挨拶を終え帰り支度を始めたがんこに代わり、安達さんとの会話で場を繋ぐ。


 もうプレゼンは終わっている。
 無粋な話は無しだ。しかし、些細な情報収集の場としては使わせてもらう。
 ほづみとひい姉妹の抜群の撤収力で、この場がサンバの熱量渦巻くステージだったとはもはや思えないほど、簡素な空間に戻されてしまっているが、心に灯された炎は簡単に消えるものではない。
 先ずは率直な感想を訊いたとしても、違和感はない。


「素晴らしかったですよ。楽しませてもらいました」


 通り一遍のお行儀の良い感想だ。
 しかしそれは、単に安達さんが礼儀正しく折り目正しいというだけで、垣根があるわけでも、本心を隠す意図があるわけでもないことは、表情からも診てとれた。

 見せてくれた笑顔に、嘘はないと思えたのがひとつ。

 既にプレゼンはがんこの挨拶で締めている。だから私は、今はノーサイドとなった状況に於ける、打ち上げのような雰囲気と言い方で、感想を尋ねた。

 もう、評価の対象とはならない、対象にはできないのだ。この後の会話で私が何を言っても。
 だから、安達さんは何を言っても良い。それを聴いても私にはもう打てる手はないのだから。

 だから、取り繕う必要はないのだ。安達さんは。

 取り繕う必要も隠す必要もない安達さんの言葉は、心情の吐露ではないかもしれないしが、偽る必要のない言葉自体が持つ意味は、そのままの意味として捉えても良いと思えた。
 気を遣って社交辞令を述べられた可能性もないわけではないが、あの笑顔までもが演技だとすると、必要のないはずの動きに対してかける労力としては過剰だ。

 言葉を素直に受け取るなら、高評価だ。

 片付けを終え、支度を終えた私たちを、安達さんは見送るためエレベーターホールまで案内をしてくれた。
 下のボタンを押す安達さん。
 呼ばれたエレベーターが高層階から降りてくる。

「皆さんはサンバ歴は長いのですか?」

 場を繋ぐ質問だ。

 それぞれ答える。私とがんこの短さには驚いたようだ。

 エレベーターが到着する。

「それでは、私はここで失礼します」

 乗り込む私たち。私とほづみが扉が閉まるまで頭を下げた。がんことひいも倣って深く頭を下げる。

 安達さんも扉が閉まるまで頭を下げていた。

 エレベーターが動き出し、私たちは緊張を解く。

 ひいが「ぷぁー!」っと息を吐いた。

 がんちゃんはようやく呪縛から解放されたように胸を撫で下ろしている。

 ほづみは私を見て微笑んだ。

「ね?」

「うん!」

 私たちは目を見合わせた。お互い、ある種の確信を持って。

 それは、恐らくいけたんじゃないかなっていう、ある種の確信。

 場を繋ぐための言葉とは言え。
 安達さんの方からサンバについての尋ねがあった。
 もう、プレゼンは終わっているのだ。敢えて切り離すなら、家まではどれくらいなのか、とか、学校はどうだとか、現実世界に戻った話題なんていくらでもあった。
 それでも尚、サンバのことを尋ねた安達さん。
 エレベーターが来るまでの短い時間で話すには、ややサイズオーバーな話題だ。
 如才の無い安達さんにしては不適切と言えないだろうか? それだけ、サンバに引きずられているとしたら?

 その心に、間違いなく刻まれた何かがあったのだ。
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