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日が落ち星が隠れたとしても
残ったもの2
しおりを挟む慈杏は明るい表情を作った。
無理はしている。目の奥には寂しさややるせなさは残っている。それでも、明るく美嘉の話を、自分と同じ何かを抱えている美嘉の兄と、交わしたいと思ったのだ。
「最近のミカは大きいコンペに勝って、プロジェクトリーダー任されて張り切ってた。
忙しいに決まってるのに練習も一生懸命で。ミカのプレゼン、演出的で格好良いんですよ。普段はなんかふわっとしてるのに、演説家みたいになっちゃって」
へぇ、と暁は穏やかに言った。暁の知っている美嘉からは想像が難しかった。
「だから休みの日はギャップがひどいんです。
どこか出かける時も決めるのはいつもわたしで、にこにこしながら慈杏の好きなとこで良いとしか言わないの。そんなのずるいですよね。わたしが何も言わないとずっとダラダラ過ごして休み終わっちゃうんですから」
それは想像できそうだと暁は思った。自分自身にもそのような傾向があり、そういうところは兄弟で似ているのだなと今まで気づかなかった類似点を発見した。
「だから、ダンスでは積極的にリードしてくれて、始めたのは成り行きでしたけど、始めてからは自ら動画探したりワークショップに申し込んだりしてくれて嬉しかった。
おにいさんと会ってからは、おにいさんの話もよくしていましたよ」
「俺の?」余計なことを言っていなければ良いが、と呟く暁。
「サッカーやってた頃は、ちょっと意地悪で、お調子者で、でも、いつもみんなの中心で、格好良かったって。
自慢で、憧れで、目標だったって。
辞めた後は壁を感じてあまり話さなくなっていったけど、久しぶりに会えて、まだぎこちないけど、少しずつまた昔のようになれたらって言ってました」
「あいつ、そんなこと言ってたか」暁はくすぐったくなるような感覚を覚えた。
「俺が小学生の頃はよく一緒にサッカーの練習していたよ。もともとウリと自主練するつもりで放課後約束してたら、あいつが勝手についてきてただけだけどな」
へぇ、と慈杏は笑った。
小さい美嘉が一生懸命兄についていってる姿を想像して微笑ましい気持ちになっていた。
「練習だけじゃなくて、同級生で集まって遊ぶ時も、いちいちついてきて混ざろうとしてくるんだ」言っている暁も小学生の頃に戻ったような懐かしさを感じていた。
「あいつ自身も学校に入ってからは自分の同級生とも遊んでいたから頻度は減ったけど、サッカーの練習には参加したがっていたな。年上に混じって練習していただけあって、同級生では常にトップクラスだったようだ」
美嘉は常にトップクラスに属していた自信からか、クラブチームではしゃいでいるようなノリで練習に参加し、きつい練習でも周りを和ませ、親しみやすいリーダーシップを発揮していた。
「俺のことお調子者とか言っているけど、あいつはあいつでかなり調子に乗ってたぞ」
「あはは、なんか想像できる」
暁がサッカー辞めてからは、かつての会合の場で美嘉の言っていた通りあまり話さなくなっていたため、暁は美嘉がどう過ごしていたかはあまり把握してなかった。
たまに部屋から聴いている音楽の音が漏れていて、いつの間にか洋楽なんて聴くようになったんだなーなんて思ったことがあったと語っていた。
「学生生活や受験なんかでも両親の手を煩わせることなくスムーズに進めていたんじゃないかな。一緒に暮らしていた時期は長いはずなのに、俺はほとんどあいつのことを知らないんだ」
少し寂しそうに言う暁は、失った時間を、そう言う時間の使い方をしたことを、後悔しているようだった。
「すまないが慈杏さんに話せるようなことなんてないよ」
「……おにいさんはなんでサッカーを辞めてしまったんですか? なんでこの街を憎んでいるんですか?」
慈杏は、最愛の恋人の兄と、その兄の過去と、しっかり向かい合いたいと考えていた。
「何をしたのかを言うべきだと思ったのなら、何故したのかも言うべきだよな」
暁は遠くを見ていた。
ホームから見える空はまだ明るかったが、遠くの空を藍が滲むように染めていた。
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