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真終章
明けの明星3
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児玉の話は続く。
「自らに責任のない怪我や病気で選手生命を断たれる者なんていくらでもいる。まして俺など実際にどこまで行けたかなんてわからんしな。
冷静に客観視すればインターハイのスタメンに出られれば上等くらいのものだったろうよ。やり切った結果ではなかったから受け入れられなかっただけだ」
暁は児玉を見た。生意気そうな子どもの頃の印象はいつの間にか消えていた。
「大人になるに従ってその辺りはフラットに考えられるようになって、今できることの楽しさを素直に愉しめるようになってきたところだ」
――こいつも、先に進んでいたのだな。俺と違って。
「だから、そんな時に、お前らしき奴をこの辺りで見たって話を聞いても、思ったほどには何の感慨もなかったよ。
この辺りは地元だし、人伝にお前が佐田に入ったってのも聞いていたから都市開発関連で実地調査に来たりもするだろうからな。
ただ、佐田が都市開発の中で新駅周辺の用地獲得と商業施設に関するプロジェクトを担っていて、お前と北光が中心になって促進していると知った時は、キレたね」
「キレた? 何故?」
「これも逆恨みになるのか?
計画には小学校の移転もあったろ?
俺が教えているサッカークラブは小学校のグラウンドを借りて練習していたからな。移転先の候補地はこの辺りからはやや遠いから、結構な人数が河川敷のグラウンドを使っているクラブに移籍するって話になった。加えて当初の予定ではある意味既存の商店街は見捨てられる形だったろ?
さらに先の計画では商店街は潰してマンションだらけにするとか?
だから今あの辺りに居住している住人の中には、値上がりした土地を売って、商店がなくなり不便になったその地から離れる選択肢を考える人たちが増えてきていた。そういう家の子もクラブを辞めるとなると、もはや解散せざるを得ない」
全国各地で起こり得る事象だ。児玉の言う通り、逆恨みでしかない。しかし暁はそうだとは言えなかった。
「またお前に邪魔されるのかと、一時は本気で殺してやろうかとさえ思ったほどだ。
どうかしているのは認めるが、今の俺にとってサッカーと教え子を奪われるってのは自分の人生など捨てても良いと思えるほど許せないものだった」
怒りが、復讐が、執着が、全てを塗り潰す感覚は暁にもよく理解できた。
ほんの少し前まで、まさにその情念を行動原理としていたのだから。
「でも、お前が動いて商店街と新駅エリアの共存路線で開発は進むんだろ?
どこから仕入れた情報か知らんが、この辺の連中の中じゃ、佐田の上層部にお前が進退掛けて上申して方向を変えさせたと、ちょっとした英雄みたいな噂のされ方してたぞ?」
事実ではある。実態を知らないのならばそう言う捉え方もあるのかもしれない。
商店街と協調路線になったため、必要以上の商業エリアの開発は無くなったからか、小学校移転の話は無くなり、商店街も残るから便利さはそのまま、商店が潰れた後のマンション建設なんて話も非現実的になって、住民が今の家を売って新たなエリアに移ろうとする動きも実際には起こらず、クラブは元のまま続けられているのだと言う。
「お前はお前の都合で動いたんだろうから、助けられたなどと感謝する筋合いもないのだろうけど、この辺りじゃちょっとした英雄サマだからさ、その後の噂も入ってきていてね。結果会社を辞めたなんて話を聞いた日には少し思うところもあったわけさ。
で、何がどう転んだのか、地元の祭りでサンバチームとして出るって言う。しかも北光まで一緒に?」
児玉は楽しそうに笑って話している。
こんな顔もできるのかと暁は思ったが、きっとクラブの子どもたちの前ではこちらの顔が児玉なのだろう。
「もうわけがわからんが、真偽も見に行けばわかると祭りに行ってみたら、お前……仕事辞めて無職とは思えないくらい楽しそうに踊ってやがんの。いや、仕事辞めたからか?
中学の頃のお前や北光はなんか近寄りがたい雰囲気になっていたけど、踊ってるお前らは小学生の頃のようだったよ」
呟くように付け足した「俺が、憧れていた頃のような」という言葉は風の音で暁の耳には届かなかった。
なに? と訊く暁を児玉は振り払うように手を振り、
「お前、あのサンバチームに正式に入ったんだろ?
ってことはこれからちょくちょく観る機会があるわけだ。
練習や試合と被らなければ観に行ってやるよ。気が向いたら差し入れでも持ってくわ。
あぁ、クラブの子たちの息抜きにダンス教えてもらうなんてのも良いかもな。考えといてくれよ」
そういうと、児玉は走って行ってしまった。
吹き抜けた風が、暁の中の何かを流したような、落としたような、溶かしたような、そんな気分だった。
早朝の空を、未だ空に色を残す星に交ざって瞬きながら過ぎて行く光があった。
「今日の朝着だと言っていたが、何時の便だったか……」
「自らに責任のない怪我や病気で選手生命を断たれる者なんていくらでもいる。まして俺など実際にどこまで行けたかなんてわからんしな。
冷静に客観視すればインターハイのスタメンに出られれば上等くらいのものだったろうよ。やり切った結果ではなかったから受け入れられなかっただけだ」
暁は児玉を見た。生意気そうな子どもの頃の印象はいつの間にか消えていた。
「大人になるに従ってその辺りはフラットに考えられるようになって、今できることの楽しさを素直に愉しめるようになってきたところだ」
――こいつも、先に進んでいたのだな。俺と違って。
「だから、そんな時に、お前らしき奴をこの辺りで見たって話を聞いても、思ったほどには何の感慨もなかったよ。
この辺りは地元だし、人伝にお前が佐田に入ったってのも聞いていたから都市開発関連で実地調査に来たりもするだろうからな。
ただ、佐田が都市開発の中で新駅周辺の用地獲得と商業施設に関するプロジェクトを担っていて、お前と北光が中心になって促進していると知った時は、キレたね」
「キレた? 何故?」
「これも逆恨みになるのか?
計画には小学校の移転もあったろ?
俺が教えているサッカークラブは小学校のグラウンドを借りて練習していたからな。移転先の候補地はこの辺りからはやや遠いから、結構な人数が河川敷のグラウンドを使っているクラブに移籍するって話になった。加えて当初の予定ではある意味既存の商店街は見捨てられる形だったろ?
さらに先の計画では商店街は潰してマンションだらけにするとか?
だから今あの辺りに居住している住人の中には、値上がりした土地を売って、商店がなくなり不便になったその地から離れる選択肢を考える人たちが増えてきていた。そういう家の子もクラブを辞めるとなると、もはや解散せざるを得ない」
全国各地で起こり得る事象だ。児玉の言う通り、逆恨みでしかない。しかし暁はそうだとは言えなかった。
「またお前に邪魔されるのかと、一時は本気で殺してやろうかとさえ思ったほどだ。
どうかしているのは認めるが、今の俺にとってサッカーと教え子を奪われるってのは自分の人生など捨てても良いと思えるほど許せないものだった」
怒りが、復讐が、執着が、全てを塗り潰す感覚は暁にもよく理解できた。
ほんの少し前まで、まさにその情念を行動原理としていたのだから。
「でも、お前が動いて商店街と新駅エリアの共存路線で開発は進むんだろ?
どこから仕入れた情報か知らんが、この辺の連中の中じゃ、佐田の上層部にお前が進退掛けて上申して方向を変えさせたと、ちょっとした英雄みたいな噂のされ方してたぞ?」
事実ではある。実態を知らないのならばそう言う捉え方もあるのかもしれない。
商店街と協調路線になったため、必要以上の商業エリアの開発は無くなったからか、小学校移転の話は無くなり、商店街も残るから便利さはそのまま、商店が潰れた後のマンション建設なんて話も非現実的になって、住民が今の家を売って新たなエリアに移ろうとする動きも実際には起こらず、クラブは元のまま続けられているのだと言う。
「お前はお前の都合で動いたんだろうから、助けられたなどと感謝する筋合いもないのだろうけど、この辺りじゃちょっとした英雄サマだからさ、その後の噂も入ってきていてね。結果会社を辞めたなんて話を聞いた日には少し思うところもあったわけさ。
で、何がどう転んだのか、地元の祭りでサンバチームとして出るって言う。しかも北光まで一緒に?」
児玉は楽しそうに笑って話している。
こんな顔もできるのかと暁は思ったが、きっとクラブの子どもたちの前ではこちらの顔が児玉なのだろう。
「もうわけがわからんが、真偽も見に行けばわかると祭りに行ってみたら、お前……仕事辞めて無職とは思えないくらい楽しそうに踊ってやがんの。いや、仕事辞めたからか?
中学の頃のお前や北光はなんか近寄りがたい雰囲気になっていたけど、踊ってるお前らは小学生の頃のようだったよ」
呟くように付け足した「俺が、憧れていた頃のような」という言葉は風の音で暁の耳には届かなかった。
なに? と訊く暁を児玉は振り払うように手を振り、
「お前、あのサンバチームに正式に入ったんだろ?
ってことはこれからちょくちょく観る機会があるわけだ。
練習や試合と被らなければ観に行ってやるよ。気が向いたら差し入れでも持ってくわ。
あぁ、クラブの子たちの息抜きにダンス教えてもらうなんてのも良いかもな。考えといてくれよ」
そういうと、児玉は走って行ってしまった。
吹き抜けた風が、暁の中の何かを流したような、落としたような、溶かしたような、そんな気分だった。
早朝の空を、未だ空に色を残す星に交ざって瞬きながら過ぎて行く光があった。
「今日の朝着だと言っていたが、何時の便だったか……」
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