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「――わかりました。その心づもりで準備はしておきます」
「これで、宝はいつでも愛しいイアンに会いに行けるし、ジョウアン国も有望な若者を失わずにすむということだ」

(――なっ⁉ なんで、そんなこと云うの⁉)
 ギアメンツのセリフにぎょっとして宝は、慌ててプラウダに振り返る。彼女は器用にフォークとスプーンを使ってスコーンを食べている。別段疚しいところはないようだ。彼女がギアメンツに話したのではないのか……。

 イアンも涼しい顔でケーキを自分の皿に移していた。宝と目が合うと「食べるか?」と云って同じものを宝にも取り分けてくれる。当事者であるのにイアンは優雅なものだった。

(もしかして、イアンって結構図太い⁉)
 ひとりこの場で落着きをなくしている宝に、答えをくれたのはギアメンツだった。

「病院から晶の家に帰ってきた時点でなんとなくわかっていたよ。それに昨日、神殿で見送ってくれたときに、お前はイアスソッンにそのキアルを譲られていたではないか」
 宝はそこでようやく指輪の存在に気づき、反対の手で指輪をしているほうの手を覆った。あからさまな証拠を見せていたことに、恥ずかしくなる。そしてプラウダを疑ってしまったことも、深く反省だ。

「ふふふふ。おめでとう。昨日、プラウダに祝福してもらっているんだろ? 巫女の言葉は真実になる、だからもっと自信をもて。そして僕からも祝福させてもらおう」
「……ギアメンツ?」
 テーブルを挟んで宝の正面に座っていたギアメンツは、椅子のうえで座を正すと、祈りの形に指を組んで瞳を閉じた。

「宝はいまも素晴らしいが、これからさき、その魂はますます高貴に光り輝くだろう、その名の示す宝玉のように。神の水路として働き、幸あれ」
 滑らかに言葉を紡いだギアメンツは、目を開けると彼の指にある指輪を外しイアンに渡した。

「そう嫌な顔をしないで、これを宝の指に着けてやってくれ」
「イアン?」
 ギアメンツに云われてイアンが宝の左の中指を選んで嵌めてくれたのは、とても細かい彫刻が施された銀色の太い指輪だった。中央には緑色のきれいな石が三つ並んでいる。

「これはチスイ石だな」
「イアンの耳についているものと同じ?」
「ああ」
 自然と綻んだ口から、ふふっと声が漏れてしまう。

「それは僕からのプレゼントだよ。なにも左の薬指につけなくてもいいんだから、イアンそう不貞腐れるな」
 ギアメンツは言葉のはじめの部分を宝に、あとの部分をイアンに向けて云った。確かにギアメンツの云う通りイアンはぶすっとしていたが、宝の手に添えられた彼の指の仕草はとてもやさしいままだ。

 イアンにもらった指輪とこの指輪は色味が似ているので、並べて眺めるととてもバランスが良く上品に見えた。それにイアンとお揃いの石を持っていることになるのならば、それがだれにもらったものであってもうれしいと、いささかギアメンツに失礼なことを思う宝だった。

「あとは――」
 まだなにかあるのか、と宝がギアメンツを見ると、彼はなんどか見たことのある特有のにやりとした笑いかたをしている。

「プラウダのベッドだ。あのアイアンベッドは名のあるデザイナーがつくったものを、外国から取り寄せたものなんだよ。優雅なデザインが気にいって、ぼくがプラウダが神殿にはいったときに贈ったんだ」
 宝は滑らかな曲線を描く柵でできたベッドを思い浮かべた。さっきまで使っていたのだ。くすんだ黒色のフレームの感触だってまだ手に残っているぐらいだった。

「寝心地はどうだった?」
「えっと……」
「それをさ。プラウダがね、もういらないって」
「…………」
「ベッドマットだけじゃなくって、ベットそのものとあの部屋までも」
(こ、これはもしや…………)
 宝は額に冷や汗が滲んだ。胸の動悸も激しくなる。

「あ、っと……、ええっと……」
「やっぱり女の子の部屋なんだから、気を使ってあげなきゃ。それをね……、はぁーっ」
 わざとらしく大げさな溜息を吐いたギアメンツの隣に座るプラウダを見れば、彼女は上品な仕草で水のはいったグラスに口をつけていた。宝と視線があうと、悪戯そうに肩を竦めてみせる。

「プ、プラウダッ!」
 真っ赤な顔で宝が叫ぶと、たまりかねたようにギアメンツが噴きだした。

 そんなこんなで、この日宝ははじめて訪れた王宮で、ギアメンツにはチスイ石の指輪と、プラウダには高価なベッドをプレゼントしてもらったのだ。
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