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市川湊

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「困るんだよね、勝手なことされると」
 注射器の先端から数滴、雫をこぼすと、男はそれを、俺の腕に突き刺した。チクッとした痛みの後、ジンと血管が痺れる。
「あ……は、ら……」
 ココアを飲んだ後、気づいたらこうなっていた。ベッドの上、全裸で、両腕は頭の上、脚はめいっぱい広げてベッドの隅に拘束されている。
 部屋の広さはわからない。ベッドの上にだけ煌々と明かりがついていて、それ以外は暗闇なのだ。だからどれくらいの人数が同じ空間にいるのか見当もつかない。けれど息づかいや、ヒソヒソと交わされる会話で、それなりの人数がいるとわかる。
「キミも結婚詐欺師だろ? わかるよ。あんなブ男に近づく理由なんてそれしかないんだから」
 男はまた小さな容器に針を突き刺し、液体を吸い上げると、今度は俺の顔の前で針をゆらゆらと振って見せた。
 キッチンカーから俺を呼んだ男だ。キャップは被ったままで、目元は影が落ちていて暗いが、この距離からだと、男の瞳に宿る残虐性までよく見えた。男は切長の目を弓形にして微笑む。
「どこに刺そうかな。どこがいい?」
「ら……あ、……あ……」
 俺は首を横に振る。舌に針を刺されたせいで、ジンジンと痺れて、まともに発音することもできない。
「あっ」
 ぴん、と乳首を弾かれ、腰が浮く。
「感度めちゃくちゃいいね。たくさん稼いだ? この身体で」
「あ、は……ら、あっ……」
 まるで乳頭を引き延ばすように、男は乳首を摘み上げた。スルリと抜け落ちてはまた摘み、引っ張り、落ちては摘むを繰り返す。両手両足を封じられているせいか、血管に流された謎の液体のせいか、生きのいい魚のように腰がビクンビクンと跳ねてしまう。
「じゃあ、いくよ。見ててね」
 無理。ブンブンとかぶりを振って拒絶するが、男は針を乳首に近づける。
「ふ、……やらっ、……らっ……や、あ……」
「危ないな。誰か、拘束ベルト持ってきて。腹と太ももに二本ずつ使う」
 淡々と指示する男の声に、不安でいっぱいになる。
「怖くないよ。気持ちのいいことしかしないから」
 腹と太ももに黒色のバンドが巻きつけられる。男が乳首を弾いても、バンドによって固定された身体は波打つことができない。
 針が、弄られて尖った乳首に近づく。
「ら……あ、らっ……いあっ……」
 チクリとささやかな痛みの後、バチバチと電流を流し込まれているような、熾烈な刺激がそこに生まれた。
「は……あ、あ……」
 男は反対側も同じようにした。液体を注入された両の乳首は、一瞬で大豆ほどに成長し、漏れ出たものが、まるで身体から分泌しているようにとぷとぷと溢れる。
 男の指がそこに触れると、神経ごと弾かれたような、快感と呼ぶにはあまりに強すぎる刺激が走った。
「はう……あ、らっ……ああッ」
 唾液が口の両端から滴り落ちる。
「まあまあかな。女だったらこれでキマるんだけど」
「らあッ……あ、は……はあっ」
 男の声が遠い。視界までぼやけてきた。舌の感覚もないため、自分がどんな言葉を発しているかもわからない。けれど皮膚だけは異常なほど敏感だった。爪を立てた手でつうっと撫でただけで、身体のいたるところで花火が散った。
「ひい……あぁぁッ……あ、らあっ」
 唯一自由になる首を打ち振る。汗の量も尋常ではなかった。毛先から雫が飛び散り、シーツに密着した背中は水に浸っているようにビタビタに濡れている。
 これで終わりではないらしい。男はまた小瓶に針を突き刺し、液体を吸い上げた。
「はっ……あ……」
 窄まりに針が侵入するのを感じ、恐怖で血の気が引く。
 もっとも弱い場所に、チク、と突き刺さる。
「ぁああッ!」
 痛みと恐怖で、両目からポロポロと涙が溢れた。心臓の音が波紋のように全身に広がる。
「準備完了」
 男がベッドに乗って、俺の足の拘束を手際よく解く。解かれても、足は震えるばかりで自分の意思は届かない。男が膝立ちになり、前だけをくつろげた。ゆるく勃った大きな一物を取り出し、自らの手で扱く。
「や……ら、らッ……や、らッ……」
 嫌だ。あんなの入れられたらひとたまりもない。ハアハアと喘ぎながら激しく首を打ち振った。
「うッ、あッ、や、あああっ!」
 男は俺の両足を掴んで腰を浮かせる。
 容赦無く、ズブズブと一物が埋め込まれ、全身が突っ張る。もっとも弱い部分は謎の液体によって膨張し、男の熱く滾ったものが通過するたびにジュワッ、と液を分泌した。まるで女の性器だ。高い悲鳴が止まらない。
「男の中ってこうなってんだ」
 男は中の広さを確認するように、一物をみっちり格納したまま腰を回す。
 滲み出た液が内壁全体に塗り込められて、気が狂いそうな快感が次から次へと押し寄せてくる。心地いい快感を完全に振り切った、拷問まがいの甘美だった。短い間に、何度も意識を失う。男はその都度、叱咤するように俺の乳首をギュッとつねる。
「あああッ」
「あはは、痙攣しっぱなしじゃん」
「ああッ……や、あっ……や、べでっ……ほ、あっ……」
 意外にも男は希望を叶えてくれた。ずるっと一物を引き抜く。
 けれど中が空っぽになると、腸内に蟲が大量発生して、狭道を這い回る様子が頭に浮かんだ。そして実際、コショコショと這い回る小さな生き物を皮膚に感じた。
「ひああああッ……や、らあっ……ああっ」
「お? いいね。初めて使ったにしては上出来だ」
 男は酷薄な笑みを浮かべ、俺の前髪をかきあげた。ちゅ、と額にキスを落とす。
「ひいっ……あ、ああっ…や、ひっ……らあっ」
「ん? 何?」
 掻き出して欲しい。中を這い回る蟲を、どうにかしてほしい。でないと気が狂ってしまう。
「おにーさんのお腹、妊婦みたいにぽっこり膨らんでるの、わかる?」
 男の手は俺の目の前で揺れる。大きな腹を撫でるような仕草。
「は、あ、あっ……」
 なんで……俺の腹、あんなに膨らんでんの?
 男は満足気に微笑んで、「いいね」と言って指を鳴らした。
「ここにいるの、なんだと思う?」
「あ……あ……ッ」
「ああ、耳遠いんだった」
 男はクッと顔を寄せ、俺の耳に熱い息を吹き込む。窪みに舌を這わされ、全身に震えが走った。
「おにーさん、お腹の中にいるのは何? このぽっこりお腹、何が入ってんの?」
 コショコショと腸内を動き回る蟲。大きく膨らんだ腹……
「あッ……あ、やあ……」
「蜂の巣」
「ひっ」
 大きな腹を撫でる男の手が、ゆっくりと、俺の腹を押し潰していく。
 ぶちぶちぶち、と腹の中にある蜂の巣が壊れていく音が、脳内に響く。身体がはちみつで満たされて、その甘さによって蟲の活動がいっそう激しくなった気がした。
「あああッ……やっ、ああっ……らっ、やああっ……」
 男の手が腹に触れ、ビリリッ、ビリリッ、と熾烈な痛みが走った。
「あーあ、蜂の巣、おにーさんのお腹の中で潰れちゃった」
 男がまた、一物を穴に当てがった。
「あ、らあっ……だ、あっ……あ、あっ」
 ブンブンと激しく首を振る。今、入れられたら、中を蠢くものが潰れてしまう。その恐怖に吐き気が込み上げ、仰向けのまま何度もえずく。
「あーッ! やっ、ぁああッ、やっ、やらッ」
 一物が奥まで到達し、乱暴に中を擦る。ギリギリまで引き抜き、また中を抉る。
「ははっ、締まる締まる。おにーさん、一体何匹殺すのさ。この身体は凶器だね。ほら、わかる?」 
 ぐちゅん、と濡れた音が、更なる恐怖を誘った。
「今ので何匹死んだんだろうね?」
 ぐちゅん、ぐぷぷぷ……
 男は奥で止まると、俺の身体にのし掛かって、唇に吸い付いた。
「んんッ……んうっ……んんンッ」
 男の口はタバコくさい。ヒロさんはこんな臭いしなかった。
 男は爪も長かった。ヒロさんの爪は、ちゃんと綺麗に切られていた。
 ヒロさんって、もしかして清潔だったのかな。デブってだけで、汗臭いってだけで、俺はヒロさんを不潔だと決めつけていたけれど。
「んんんッ……ううんんンッ!」
 男は自分本位に腰を振る。体を炙られるような痛みばかりで、快感はない。
 ヒロさんとした時は気持ちよかった。嫌だったけど。でもそれは俺の気持ちの問題でしかなかった。
 ヒロさん……俺、ヒロさんになんて言ったけ。
 痛みを超えるほどの後悔が、もの凄い速さで押し寄せてくる。
 拘束を外され、うつ伏せに返される。シーツに乳首が擦れるだけでもたまらなかった。ずぷんと一物を押し込められ、堪えきれずにシーツに吐瀉する。
「ごふっ……おぅぐっ……おあっ……ああッ」
 男は嘔吐物を指で掬うと、俺の口に戻した。口の中に戻ったものは、勢いよく蠢いた。
「ふんんッ! んんッ!」
「噛んだらダメだよ。これは生きてるんだから。ちゃんと飲み込んで、身体の中で生かしてあげて」
「んんんッ!」
「飲めって」
「ふん……うっ……」
「はい次」
「あ……や……っ……うっ、うぐっ」
 ヒロさん……俺は、なんであんな優しい人にあんなこと言っちゃたんだろう。後悔の念に苛まれると、自分にはこの状況が相応しいように思えてくる。
「上手に飲めたね」
 男がまた、嘔吐物を掬い上げ、俺の口元へ運ぶ。俺は口を開け、自らそれを受け入れた。

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