【完結】契約の花嫁だったはずなのに、無口な旦那様が逃がしてくれません

Rohdea

文字の大きさ
7 / 32

7. ナデナデ結婚生活

しおりを挟む



「本当に予想外だわ……」
「どうかしましたか?」

  私が呟いた独り言をちょうどお茶を入れてくれていたルンナが拾う。

「あ、いえ。ちょっと思い描いていた結婚生活とは随分違ったなと思ってしまって」
「え?」

  私の言葉にルンナは驚いたのか、お茶を入れていた手が止まる。
  なんなら顔色も悪い。

  (だって……)

  本物の花嫁ではなく契約の花嫁と聞いて嫁いで来たわけだから、私はてっきり、 
『君を愛するつもりは無い』『俺の愛を期待するな』
  くらいは言われるものだとばかり思っていたわ。

   (それが……)

  まさかの無言!  代わりにナデナデ!
  なんて、誰が予想出来て?
  “愛”以前の問題だと思うわ。

  なんて考えていたら、ルンナの様子がおかしい。
  顔を真っ青にしたまま、震え出した。

「お、奥様……そんな……そんな!」
「え?  ルンナ?  どうしたの?」
「奥様は今、思い描いていた結婚と違った……と仰いました。それはつまり、坊っちゃまが……」

  (そうよ、旦那様(仮)の行動が謎すぎてね)

  愛されない、むしろ、用済みとなったらポイ捨てされかねない結婚生活のはずが、
  ナデナデによる困惑の結婚生───

「つまり!  坊っちゃまが無口過ぎて愛が伝わって来ない!  そういう事ですね!?」

  私の思考を遮ってルンナが悲痛な声で叫んだ。

「え?  あ、い?」

  旦那様(仮)の愛?

「坊っちゃまの強い希望で望まれて嫁いで来たはずのに、いざ結婚してみたら愛の言葉すら囁かない夫で幻滅した……!  そういう事ですね!?」
「え?」

  幻滅!?  私は愛の言葉なんて一切期待していなかったのに!?

「ち、違っ……」
「分かりました、奥様!  坊っちゃまにもっと愛情を伝えるように言っておきます!」
「え?」
「だって、奥様に逃げられたら大変ですから。坊っちゃまが再起不能になってしまいますよ。だって坊っちゃまは、奥様が嫁いで来る日をまだかまだかとうっとりした顔で毎日待っておりましたから!」
「……え?」

  何ですって!?
  何やら聞き捨てならない言葉が聞こえた。

  (あの美貌のうっとりとした顔?  それはぜひ見てみた…………では無くて!)

「ル、ルンナ、旦那様は私が来る日を……」
「あぁ、こうしてはいられません!  坊っちゃまの所に行って参ります。一旦失礼します」
「ル、ルンナ!?  あのね、私の話を……」

  そう口にしたルンナは、そのままの勢いで部屋を出て行く。
  おそらく旦那様(仮)の元へ向かった……と思われる。

「えぇ……?」

  残された私は部屋で呆然とする事しか出来なかった。

「私に逃げられたら困るには困るでしょうけど、さすがに再起不能にはならないと思うわよー……?  それより……」

  旦那様(仮)がうっとりした顔で私を待ち望んでいたですって?
  
「そんなにも、早くお飾りの妻が欲しかったの……?」

  私は一人そう呟いた。

 
────


  
  そして、そのすぐ後に私の部屋の扉がノックされたので、ルンナが戻って来たのかと思いきや、そこに居たのは何やら顔色が悪い旦那様(仮)。
  今日はこれから、仕事でお義父様と王宮に向かうと聞いているのに何故ここに。

  (えぇ!?  支度はいいの!?)

「旦那様!  どうされました?  お顔の色が……」
「……」
「ぐ、具合でも悪いのですか?」
「……」

  無言で首を横に振る旦那様(仮)。
  では何の用事かしら?  と思ったけれど、すぐに先程のルンナの暴走……いえ、行動を思い出した。

「まさか……ルンナの話を聞いてこちらにいらした?」
「……」

  シュンッという落ち込んだ顔をした旦那様(仮)が、そっと手を伸ばすと、静かに私の頭をナデナデした。
  今までにない手つきの優しく柔らかいナデナデで、私には旦那様(仮)が“すまない”と謝っているように感じた。

  (なんて顔をするの……)

「えぇと、旦那様?  ルンナからどう話を聞いたかは分かりませんが私は逃げませんよ?  そんなつもりもありません」
「!」

  シュンッとしていた旦那様(仮)の顔が一瞬でパッと明るくなる。

  (わ、分かりやすい!)

「た、確かに、旦那様は喋りませんし、この、ナデナデ?  に驚きはしましたが、嫌……では無いですし……」
「……!」

  (むしろ、楽しくなって来たし)

「それに、わ、私はもう、アドルフォ様の、つ、妻ですから!」
「!!」

  (書類上だけだけどね)

  ──ナデナデナデ!

  (あ、ナデナデが元気になった!)

「で、ですから、そんなお顔をしていないで、元気に行ってらっしゃいませ?」
「……」

  ナデナデナデ!

「ナ、ナデナデばかりしていると遅れてしまいますわよ?」
「……」

  それでも、旦那様(仮)はナデナデをやめたくないのか手を止める気配は無い。
 
  (もう!)

「旦那様……?  そんな事ばかりしていますと、私も仕返ししてしまいますよ?」
「……?」

  ナデ?

  私の言葉に旦那様(仮)は不思議そうな顔をしてナデナデの手を止めた。

  (よし!  止まったわ!)

「わ、私からも旦那様にナデナデをしちゃいます!」
「っっ!!」
「これ、結構されるのも恥ずかしいんですよーー……って、えぇえ?  旦那様!?」

  旦那様(仮)の顔が一瞬で赤くなった。
  どうしちゃったの!?

「だ、旦那様、今度はお顔が真っ赤ですよ?」
「……っ!」
「え?  もしかして照れてます?」
「……っっ!!」
「ま、まさか、自分もナデナデして欲しいと思っていらっしゃる……とか?」
「!!!!」

  旦那様(仮)の顔がボンッと音がするくらい更に真っ赤になった。

  (嘘っっ!  何でこんな反応!?)

  予想外の反応過ぎて私の方が戸惑う。
  こ、これは……

「旦那様、私ー……」

  と、そこまで言いかけた所で、

「アドルフォ?  そろそろ王宮に向かうぞー……あ!」
「!!」

  侯爵……お義父様が旦那様(仮)を迎えに来た。

「すまん、妻に行ってきますの挨拶をしていたのか」
「……」
「妙に顔が赤い気がするが……」
「……!」
「はは、仕方ないか。新婚夫婦とはそういうものだ」

  お義父様は勝手にそう解釈し嬉しそうに微笑んでいる。
  誤解です!  ナデナデしかしてません!  と、言いたい。

「だが、時間だ。ミルフィさん、すまないがアドルフォは連れて行くよ」
「は、はい……行ってらっしゃいませ!」
「……」

  旦那様(仮)がチラリと私の顔を見る。

  (……ん?)

  まるで何かを訴えかけるような目。

  (ま、まさか……今度、ナデナデしてくれって訴えているのでは……?)

「い、行ってらっしゃいませ、旦那様!」
「……」
 
  ……私は気付かないふりをして笑顔で二人を見送った。

  (くっ!  旦那様(仮)はまだまだ掴めない……でも、解き明かしてみせるわ!)

  そして、いつかはそのお声も聞いてみせる!
  と、私は決意していた。



  ──何だかんだで私はこのナデナデ結婚生活が楽しくなり始めていた。



*****


  そうして、朝晩の挨拶ナデナデ。
  (旦那様(仮)はこれを絶対に欠かさない)

  また、普段から会話の代わりに繰り出されるナデナデ……により愛の無い結婚生活ではなくナデナデ結婚生活にも私が慣れて来た頃……

  
「……え?  今なんて」

  ルンナの言葉に胸がドキッとして聞き返す。
  聞き間違い……だったらいいなぁ、と思いながら。

「はい。ですから、奥様の妹君からお手紙が届いております」
「シルヴィから?」

  そう言ってルンナは私に一通の手紙を差し出した。

  (聞き間違いでは無かった……)

「……っ」
「奥様?」

  受け取るのを躊躇ってしまったせいか、ルンナが怪訝そうな顔を向ける。

「あ、ありがとう」

  私はそっとその手紙を受け取った。

  (シルヴィが私に手紙?  何の用?)

「……」


  ───嫌な予感しかしなかった。

しおりを挟む
感想 382

あなたにおすすめの小説

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!

香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。 ある日、父親から 「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」 と告げられる。 伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。 その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、 伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。 親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。 ライアンは、冷酷と噂されている。 さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。 決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!? そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?

オッドアイの伯爵令嬢、姉の代わりに嫁ぐことになる~私の結婚相手は、青血閣下と言われている恐ろしい公爵様。でも実は、とっても優しいお方でした~

夏芽空
恋愛
両親から虐げられている伯爵令嬢のアリシア。 ある日、父から契約結婚をしろと言い渡される。 嫁ぎ先は、病死してしまった姉が嫁ぐ予定の公爵家だった。 早い話が、姉の代わりに嫁いでこい、とそういうことだ。 結婚相手のルシルは、人格に難があるともっぱらの噂。 他人に対してどこまでも厳しく、これまでに心を壊された人間が大勢いるとか。 赤い血が通っているとは思えない冷酷非道なその所業から、青血閣下、という悪名がついている。 そんな恐ろしい相手と契約結婚することになってしまったアリシア。 でも実際の彼は、聞いていた噂とは全然違う優しい人物だった。

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。 王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。 貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。 だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。

木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」 結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。 彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。 身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。 こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。 マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。 「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」 一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。 それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。 それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。 夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

処理中です...