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7. ナデナデ結婚生活
しおりを挟む「本当に予想外だわ……」
「どうかしましたか?」
私が呟いた独り言をちょうどお茶を入れてくれていたルンナが拾う。
「あ、いえ。ちょっと思い描いていた結婚生活とは随分違ったなと思ってしまって」
「え?」
私の言葉にルンナは驚いたのか、お茶を入れていた手が止まる。
なんなら顔色も悪い。
(だって……)
本物の花嫁ではなく契約の花嫁と聞いて嫁いで来たわけだから、私はてっきり、
『君を愛するつもりは無い』『俺の愛を期待するな』
くらいは言われるものだとばかり思っていたわ。
(それが……)
まさかの無言! 代わりにナデナデ!
なんて、誰が予想出来て?
“愛”以前の問題だと思うわ。
なんて考えていたら、ルンナの様子がおかしい。
顔を真っ青にしたまま、震え出した。
「お、奥様……そんな……そんな!」
「え? ルンナ? どうしたの?」
「奥様は今、思い描いていた結婚と違った……と仰いました。それはつまり、坊っちゃまが……」
(そうよ、旦那様(仮)の行動が謎すぎてね)
愛されない、むしろ、用済みとなったらポイ捨てされかねない結婚生活のはずが、
ナデナデによる困惑の結婚生───
「つまり! 坊っちゃまが無口過ぎて愛が伝わって来ない! そういう事ですね!?」
私の思考を遮ってルンナが悲痛な声で叫んだ。
「え? あ、い?」
旦那様(仮)の愛?
「坊っちゃまの強い希望で望まれて嫁いで来たはずのに、いざ結婚してみたら愛の言葉すら囁かない夫で幻滅した……! そういう事ですね!?」
「え?」
幻滅!? 私は愛の言葉なんて一切期待していなかったのに!?
「ち、違っ……」
「分かりました、奥様! 坊っちゃまにもっと愛情を伝えるように言っておきます!」
「え?」
「だって、奥様に逃げられたら大変ですから。坊っちゃまが再起不能になってしまいますよ。だって坊っちゃまは、奥様が嫁いで来る日をまだかまだかとうっとりした顔で毎日待っておりましたから!」
「……え?」
何ですって!?
何やら聞き捨てならない言葉が聞こえた。
(あの美貌のうっとりとした顔? それはぜひ見てみた…………では無くて!)
「ル、ルンナ、旦那様は私が来る日を……」
「あぁ、こうしてはいられません! 坊っちゃまの所に行って参ります。一旦失礼します」
「ル、ルンナ!? あのね、私の話を……」
そう口にしたルンナは、そのままの勢いで部屋を出て行く。
おそらく旦那様(仮)の元へ向かった……と思われる。
「えぇ……?」
残された私は部屋で呆然とする事しか出来なかった。
「私に逃げられたら困るには困るでしょうけど、さすがに再起不能にはならないと思うわよー……? それより……」
旦那様(仮)がうっとりした顔で私を待ち望んでいたですって?
「そんなにも、早くお飾りの妻が欲しかったの……?」
私は一人そう呟いた。
────
そして、そのすぐ後に私の部屋の扉がノックされたので、ルンナが戻って来たのかと思いきや、そこに居たのは何やら顔色が悪い旦那様(仮)。
今日はこれから、仕事でお義父様と王宮に向かうと聞いているのに何故ここに。
(えぇ!? 支度はいいの!?)
「旦那様! どうされました? お顔の色が……」
「……」
「ぐ、具合でも悪いのですか?」
「……」
無言で首を横に振る旦那様(仮)。
では何の用事かしら? と思ったけれど、すぐに先程のルンナの暴走……いえ、行動を思い出した。
「まさか……ルンナの話を聞いてこちらにいらした?」
「……」
シュンッという落ち込んだ顔をした旦那様(仮)が、そっと手を伸ばすと、静かに私の頭をナデナデした。
今までにない手つきの優しく柔らかいナデナデで、私には旦那様(仮)が“すまない”と謝っているように感じた。
(なんて顔をするの……)
「えぇと、旦那様? ルンナからどう話を聞いたかは分かりませんが私は逃げませんよ? そんなつもりもありません」
「!」
シュンッとしていた旦那様(仮)の顔が一瞬でパッと明るくなる。
(わ、分かりやすい!)
「た、確かに、旦那様は喋りませんし、この、ナデナデ? に驚きはしましたが、嫌……では無いですし……」
「……!」
(むしろ、楽しくなって来たし)
「それに、わ、私はもう、アドルフォ様の、つ、妻ですから!」
「!!」
(書類上だけだけどね)
──ナデナデナデ!
(あ、ナデナデが元気になった!)
「で、ですから、そんなお顔をしていないで、元気に行ってらっしゃいませ?」
「……」
ナデナデナデ!
「ナ、ナデナデばかりしていると遅れてしまいますわよ?」
「……」
それでも、旦那様(仮)はナデナデをやめたくないのか手を止める気配は無い。
(もう!)
「旦那様……? そんな事ばかりしていますと、私も仕返ししてしまいますよ?」
「……?」
ナデ?
私の言葉に旦那様(仮)は不思議そうな顔をしてナデナデの手を止めた。
(よし! 止まったわ!)
「わ、私からも旦那様にナデナデをしちゃいます!」
「っっ!!」
「これ、結構されるのも恥ずかしいんですよーー……って、えぇえ? 旦那様!?」
旦那様(仮)の顔が一瞬で赤くなった。
どうしちゃったの!?
「だ、旦那様、今度はお顔が真っ赤ですよ?」
「……っ!」
「え? もしかして照れてます?」
「……っっ!!」
「ま、まさか、自分もナデナデして欲しいと思っていらっしゃる……とか?」
「!!!!」
旦那様(仮)の顔がボンッと音がするくらい更に真っ赤になった。
(嘘っっ! 何でこんな反応!?)
予想外の反応過ぎて私の方が戸惑う。
こ、これは……
「旦那様、私ー……」
と、そこまで言いかけた所で、
「アドルフォ? そろそろ王宮に向かうぞー……あ!」
「!!」
侯爵……お義父様が旦那様(仮)を迎えに来た。
「すまん、妻に行ってきますの挨拶をしていたのか」
「……」
「妙に顔が赤い気がするが……」
「……!」
「はは、仕方ないか。新婚夫婦とはそういうものだ」
お義父様は勝手にそう解釈し嬉しそうに微笑んでいる。
誤解です! ナデナデしかしてません! と、言いたい。
「だが、時間だ。ミルフィさん、すまないがアドルフォは連れて行くよ」
「は、はい……行ってらっしゃいませ!」
「……」
旦那様(仮)がチラリと私の顔を見る。
(……ん?)
まるで何かを訴えかけるような目。
(ま、まさか……今度、ナデナデしてくれって訴えているのでは……?)
「い、行ってらっしゃいませ、旦那様!」
「……」
……私は気付かないふりをして笑顔で二人を見送った。
(くっ! 旦那様(仮)はまだまだ掴めない……でも、解き明かしてみせるわ!)
そして、いつかはそのお声も聞いてみせる!
と、私は決意していた。
──何だかんだで私はこのナデナデ結婚生活が楽しくなり始めていた。
*****
そうして、朝晩の挨拶ナデナデ。
(旦那様(仮)はこれを絶対に欠かさない)
また、普段から会話の代わりに繰り出されるナデナデ……により愛の無い結婚生活ではなくナデナデ結婚生活にも私が慣れて来た頃……
「……え? 今なんて」
ルンナの言葉に胸がドキッとして聞き返す。
聞き間違い……だったらいいなぁ、と思いながら。
「はい。ですから、奥様の妹君からお手紙が届いております」
「シルヴィから?」
そう言ってルンナは私に一通の手紙を差し出した。
(聞き間違いでは無かった……)
「……っ」
「奥様?」
受け取るのを躊躇ってしまったせいか、ルンナが怪訝そうな顔を向ける。
「あ、ありがとう」
私はそっとその手紙を受け取った。
(シルヴィが私に手紙? 何の用?)
「……」
───嫌な予感しかしなかった。
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