【完結】契約の花嫁だったはずなのに、無口な旦那様が逃がしてくれません

Rohdea

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8. 妹からの手紙と優しい旦那様(仮)

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  ルンナに一人にして欲しいとお願いし、部屋に一人になった所でようやく私はシルヴィからの手紙を開封した。

  (あの子が手紙だなんて……)

  シルヴィから離れたい気持ちもあって契約の花嫁の話に乗った部分もあるというのに当のシルヴィから連絡来るなんて気が重いという言葉しか出てこない。
  何かまた、お願いと称したワガママを言っているのかしら?
  そう思うと読まずに捨ててしまいたい気持ちになる。

  (でも、そんな事をしてしまう方が後々面倒だから)

  読むだけ読む。返事を書くかは内容次第。
  そう思い直して私は手紙に目を通した。




『───お姉様へ。お元気ですか?  お姉様がロイター侯爵家にお嫁に行って1ヶ月が経ちましたね』

  とりあえず、書き出しは無難な言葉で始まっている。
  と、安心したのも束の間。すぐにシルヴィらしい内容が目に飛び込んで来た。

『お姉様の事だから、いくら契約結婚でも相手に愛想尽かされちゃって、すぐに家に出戻って来ると私は思っていたの。だから1ヶ月経っても戻って来る様子が無いなんて私は今、とっても驚いているわ』

「……シルヴィ」

『あ、驚いているのは私だけじゃないのよ。お父様もお母様も意外だと言っていたわ。特にお母様!  信じられないわね、ですって!』

「……」

  昔から思っていたのだけど、どうしてシルヴィは無邪気に人の……いえ、私の心を抉って来るような事を言うのかしら?  これはわざとなの?

『それでね?  一度本当にお姉様がロイター侯爵家でちゃんと過ごせているのか心配だから私が見に行ってあげようと思うの』

「……え?」

『それにそんなお姉様を受け入れているお義兄様にも興味が湧いて来たわ』

「旦那様(仮)に興味?」

  泣いて嫌がっていた筈なのにこの心境の変化は何?
  いったい何がシルヴィの気持ちを変えたの?
  私が追い返されなかったから?

  (そもそも旦那様(仮)が無口なのはその通りだったけど、冷酷無慈悲は真っ赤な嘘だったじゃないの!)

『だから訪ねた際は、ぜひ!  お義兄様も私に紹介してね、お姉様!』

「……シルヴィ」

  私はぐしゃりと手紙を潰す。
  ───シルヴィがやって来る。そして、旦那様(仮)を紹介しろと言っている。

「ふ……カイン様の時を思い出すわね」
  
  ───カイン様、なかなかタイミングが合わなくて紹介出来ていなかった妹のシルヴィです。

  そう言ってあの日、シルヴィをカイン様に紹介した。
  シルヴィはあの可愛らしい笑顔で微笑んで挨拶をした。

  ───初めまして、カイン様!  妹のシルヴィです!

  ───あ、あぁ……君が……ミルフィの妹……よ、よろしく……

  今思えば、あの特のカイン様の様子はおかしかった。ずっとシルヴィの事を目で追ってもいた。
  カイン様は初めて会った時にシルヴィに一目惚れをしたと言っていたから、目が離せなかったのだと今なら分かるけれど。

「……シルヴィに会った時の旦那様(仮)の反応が怖いな」

  嫁いで来て1ヶ月。未だに無言の旦那様(仮)は、シルヴィ相手にもナデナデするのかしら?
  それとも、私には一度も発してくれないその声で挨拶を……?

「嫌だわ」

  (どっちのパターンを思っても胸がモヤモヤする)

  それにもしも、旦那様(仮)がカイン様のようにシルヴィに一目惚れしてしまったら?
  花嫁は姉妹どちらでも良いと言っていた旦那様(仮)。
  旦那様(仮)が、もしシルヴィを望んだら私は……

  ズキっと胸が痛む。

  (……せっかくナデナデの違いも分かって来た所なのに!!)

  挨拶のナデナデ、なんてことの無い時のナデナデ、バツが悪い時の気まずいナデナデ、ありがとうのナデナデ、照れた時の高速ナデナデ……そして、夜のおやすみなさいの時の甘く優しいナデナデ……

「でも、そうだった……頑張って旦那様(仮)のナデナデ解析をした所で私はお飾りの妻だったわ」

  すっかりナデナデ結婚生活に、慣れてしまっていた。
  でも、旦那様(仮)は例え私が用済みになってもポイ捨てみたいな真似をする人では無いわ。
  それだけは自信を持って言える。

  (それなら、私は旦那様(仮)の事を信じてもいいのかしらー……?)



────




「旦那様!  おかえりなさいませ」
「……」

  その日の夜、仕事を終えて戻って来た旦那様(仮)をいつものように出迎えた。
  そして、いつものように既にどこか慣れ親しんだ頭ポンポンからのナデナデ。
  これは“ただいま”というナデナデだ。

  ──ナデナデ……ナデ

  (……ん?  いつもより早くナデナデが終わった?)

  何故か旦那様(仮)のナデナデの手が止まったので、私は不思議に思って旦那様を見上げる。 

  ドキンッ!

  何故か旦那様(仮)は、じっと私の顔を見つめていた。

「だ、旦那様……?」

  いつもと様子が違う?  何かあったのかしら?

  (そ、そんなに見つめられると照れるわ……)

  ジワジワと自分の頬に熱が集まって来ているのが分かる。
  それでも、旦那様は私から目を逸らそうとしない。
  いったい何が……?
  と思った所で、以前、旦那様(仮)が私にナデナデして欲しそうだった事をふと思い出した。

  (ま、まさか!  これは無言のナデナデ要求!?)

  さすがに恥ずかしい。でも、本当に求められているのならここは妻(仮)としてやらねば!

「だ、旦那様……」
「?」

  心臓がバクバクして大変な事になっている。
  それでも、私はそっと旦那様(仮)の頭に向かって手を伸ばした。

  ……ナデ、ナデ

「今日も一日、お、お疲れ様でした」
「!!!!」

  旦那様(仮)が目はまん丸で口もポカンとして、まるで強い衝撃でも受けたかのように固まった。
  一見、間抜けな表情に見えるのにそれでもカッコイイなんてズルいわ……
  そんな事を思いながら再び私は手を動かす。

  ……ナデナデ、ナデ

  ボンッ!
  二度目のナデナデを私がした所で、旦那様(仮)の顔が真っ赤っかになった。

「~~~っっっ!!」

  真っ赤な顔のまま、何かに耐える様子の旦那様(仮)。

「だ、旦那様……すみません、嫌でしたか?」
「……」

  ブンブンブンと旦那様(仮)は首を勢いよく横に振る。それと同時に私に向かって手を伸ばすと、

  ───ナデナデナデナデ!

  (ひゃっ!?)

  なんと、今までで一番の高速ナデナデが始まった。
  
  (こ、これは盛大に照れている……?)

「だ、旦那様……」
「……」

  ナデナデナデナデ!!

  真っ赤な顔で互いにナデナデし合って照れ照れしていた私はすっかり忘れていた。
  ……今、この場が侯爵家の玄関の入口で、旦那様(仮)の後ろからお義父様も入って来ていた事を……
  お義父様は「まだまだ新婚気分なんだな」と呟いていたと言う。



──



「妹さんが訪ねて来る?」
「はい。本日手紙が届きまして……」

  照れ照れのナデナデを終え、本日の夕食の席。
  私はお義父様とお義母様にシルヴィの事を伝える。

「あらあらお姉さんが心配だったのね?  優しい妹さんね」
「……そう、ですね」

  お義母様の言葉に素直にはっきり「そうです」と答えられない。

「分かったわ。出迎える準備をしておきましょう」
「ありがとう……ございます」

  私が目を伏せながらそう答えた時、

  ──ポンッ

  私の頭に手が置かれる。

  (───え?)

  隣に座っていた旦那様(仮)の手だった。

「……だ、旦那様?」
「……」

  ポンポン

  その手つきはとても優しくて、どこか私を労わるようなポンポン。
  思わず、じんわりと涙が浮かびそうになる。

  ポンポン……

  (優しい手だわ。とても安心する……)

  無言で妻の頭をポンポンする夫。
  お義父様とお義母様は、そんな光景をあらあらという優しい目で見守ってくれていた。


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