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22. 私の好きな人は
しおりを挟む「あのね? 私はお姉様がカイン様の事をお好きだったみたいだから、頑張ってカイン様を探し出して説得したのよ! お姉様が愛の無い結婚を強いられてしまったから今度こそお姉様と結婚してあげてって?」
……勘違い女が1人。
「そういう事だ。まさか、自分がそこまでミルフィに想われてるなんて知らなかったよ。此度の結婚は借金のせいで、その……ミルフィも嫌々だったんだろう? 気の毒だったな」
……勘違い男も1人。
「だから、安心してお姉様! 私が代わりにお義兄様と結婚するからお姉様はさっさと離縁して好きな人と結婚してくれていいのよ!」
「あぁ、シルヴィ嬢から話を聞いた時は驚いたが、仕方が無いからな。そこまで言うなら結婚してやるよ」
……勘違い女と勘違い男の思考がおかしい。おかしすぎる。
「…………私が、カイン様を好き?」
「そうよ! 婚約していた頃、いつも幸せそうに過ごしていたじゃない。だから、私はお姉様がとーーっても羨ましかったんだもの」
(だから、奪ったのよね? それは知っているわ)
カイン様とは決められた婚約者として穏やかに過ごしていた……とは思う。
でも、
(好き? 好きって感情はもっと……)
好きって言葉から頭に浮かぶのは旦那様の顔。
照れ屋さんですぐに真っ赤になるのに、優しく頭をポンポンして、ナデナデやスリスリしながら気持ちを伝えてくれて、時にはギュッと抱きしめて、優しいチューをたくさんくれる旦那様……
そんな旦那様の行動に私はいつだってドキドキしたり、幸せを感じたり……そして、嫌われるのが怖かったり……
(カイン様に感じていたあの頃の想いと旦那様に向けている想いは全然違う!)
「……違うわ」
「え? 何が?」
シルヴィが不思議そうに首を傾げる。
「私はカイン様の事を好きだったわけではないわ。好きだった事なんて一度も無い!」
「なっ!?」
「嘘よ!!」
シルヴィが勢いよく立ち上がりバーンッと大きく机を叩く。
その勢いでコップが机から床へと転がり落ちてパリンッと音を立てて割れた。
「あ……」
「シルヴィ!」
「わ、私は悪くない! これは、お、お姉様が嘘をつくからいけないのよ!!」
「……あなた」
シルヴィは必死に首を横に振りながらそんな事を言う。
今のが私のせいって!
(駄目だ……シルヴィは考え方がまだ幼児……いえ、赤ちゃんみたい)
私は駆け付けてきた店員に謝罪をし、弁償の請求はロンディネ子爵家宛てにするようにと伝えた。
その事を聞こえていたらしいシルヴィが不満を口にする。
「酷いわ、お姉様。何で請求先を子爵家にするの? お父様に怒られちゃう! お姉様のせいなんだから、お姉様が代わりに払えばいいじゃない……」
「馬鹿にしないで! 甘えるのもいい加減にしなさい!」
「な、何で……」
私の剣幕にシルヴィが脅える。
(前にも思ったけど、やっぱり昔からこれくらい厳しくしておけば良かった……)
「シルヴィ? あなたはこれまで子爵家の物をどれだけ壊して来たか分かっていないの?」
「……え? 物を壊す……だって?」
「何の話? お姉様?」
カイン様のこの反応。シルヴィに惚れただのなんだの言っていたけれど何も知らなかったのね? あのまま二人が婚約して結婚までしていたらルクデウス子爵家も大変だったかも……それに。
(この人は結局、外見ばかりで人の中身なんて見ていなかった。そういう事なのね……)
「シルヴィがダメにした食器は数しれずよ。花瓶もそうだったわね。シルヴィはいつも手当り次第投げつけて来たから」
「投げ……!?」
「えー? だってー、私の思う通りにならないとムカムカするんだもの。いいじゃない、ちょっとくらい」
カイン様がかなり引いている。
いっそ、あなたもシルヴィに何か投げつけられれば良かったのに。
そうしたら今日もシルヴィに唆されてノコノコとこんな所に来ないで済んだかもしれないのにね。
なんて思ってしまう。
「あれがちょっと……ね」
呆れてそれ以上の言葉が出ない。
食器なんて日替わりだったわよ。我が家は貧乏だったのに!
「そんな事よりお姉様! カイン様の事を好きじゃないなんて嘘でしょう?」
「本当よ」
「なら、私にお義兄様を譲った後はどうするの? 寂しく寂しく独りで生きて行くの? ただでさえお姉様はまともな縁談なんて望めないのに、出戻りなんて更にまともな縁談が望めないわよ?」
どうしてこの子は……こうも人の話を聞かないのよ!
シルヴィは人を苛立たせる事に関してだけは才能があると思う。
「どうもこうも……旦那様をシルヴィに譲る事は無いからどうもしないわよ」
(私と旦那様のナデり、ナデられ、結婚生活の邪魔をしないで! これからもっと沢山ナデナデして貰うしナデナデすると決めてるんだから!)
「譲る事は無い? やぁだ、お姉様ったら何を言っているの?」
「シルヴィこそ聞こえなかったの? 私が旦那様をシルヴィに譲る事は絶対に有り得ない。そう言っているのよ」
「あはは! おかしなお姉様~。哀れすぎてお飾りの妻という身分を忘れてしまったのね。なんて可哀想……」
(話にならないわ)
「そうは言うけどシルヴィ。ルンナから聞いたわ。あなたあの日、旦那様に随分と冷たくあしらわれたそうね?」
「っ!」
ピクっとシルヴィの顔が引き攣った。
「お、お義兄様……いえ、アドルフォ様は無口だからよ! あれはきっと、私の可愛さにて、照れただけ! そうに決まってるわ」
「照れた……? 何を言っているの? 旦那様は照れた時はもっと違う(可愛い)行動をするわよ?」
「な、何でお姉様がそんな事を知ってるのよ!」
(妻だからよ)
「そうだぞ、ミルフィ。ロイター侯爵家の嫡男は同性でも異性でも常に冷たい態度をとるって有名じゃないか。だからミルフィは愛されていないんだろう? だから代わりに俺がー……」
そう言ってカイン様の手が伸びて来て私の手に触れようとしたその時。
バシッ!
「痛っ! な、何するんだよ、ミルフ……ィ……じゃな、い?」
「……」
カイン様の手を叩いたのは私では無い。
この汚らしい手が私の手に触れる直前に叩き落としてくれたのは───
「旦那様……!」
(やっぱり来てくれた!)
私の旦那様。
私の好きな……人でもあり、この目の前の男なんかと比べ物にならないくらい素敵な私の私の旦那様!
「……」
現れた旦那様は、はぁはぁ、と辛そうに肩で息をしている。
これは、きっとルンナから話を聞いて慌てて来てくれたからだと思うとそれだけで胸がきゅんとなる。
そしてルンナ……ちゃんと託されてくれていた。感謝しかない。
旦那様は薄汚い手を叩き落とした後は、呆然とするカイン様の事も、目を大きく見開いたまま固まっているシルヴィの事も無視して私だけを見つめて……
───ギュッ
そのまま強く強く私を抱きしめてくれた。
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