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7. 揺れる心、そして現れたもう一人の王子様
しおりを挟むミケル様はよほど殿下が怖かったのか「申し訳ございませんでしたぁぁぁ」と泣きながら逃げて行った。
そしてミケル様へのとどめはどうにか阻止出来たものの……
突然のアーネスト殿下の登場は会場にいる人達を大変驚かせた。
(これは完全に悪目立ちしているじゃないの!!)
「で、殿下! こちらへ!!」
「えー?」
(えー? では無いわよっ! 呑気すぎるわ!!)
私は無理やり殿下を会場から外へと連れ出した。
「もう! なんて事をしようとしてるんですか!」
「いや、ごめんって」
「それに、何故ここにいるんです?」
「いや、まぁ……たまたま?」
アーネスト殿下は謝っているけれど、あんまり悪いと思っていなさそうに見えるのは気の所為でないと思いたい。
あと、偶然なわけないですよね? しっかり護衛連れて来てるみたいですし……
チラッと殿下の後ろを見ればちゃんと殿下の護衛達が控えていた。
(こっそり、城を抜け出した……わけでは無さそうだからまだいいけれど……何しにここへ来たのかしら)
私は、ふぅ……とため息を吐きながら口を開く。
「危うく、殿下が殺人犯になってしまうかと思いました」
「殺っ!? まさか! さすがにそこまではしないよ」
「……」
殿下が吹き出しながらもそこは否定する。
本当かしら? と、私は思わず疑いの目を向けてしまった。
「あ、嫌だなぁ。疑ってるね? しないってば。けどさ、彼があんまりにも不快な事ばっかり言ってるから、つい黙っていられなくなってね」
「それは同感ですけど! それでもですよ!」
うーん……
さっきは何故か伝わらなかった(伝えたい事が長すぎたからかしらね?)けれど、今だって私が疑いの目を向けたとちゃんと伝わっているわ。見えているはずがないのに。
アーネスト殿下は前に私の感情表現は豊かだって言ってくれていたけれど、本当に殿下にとっては眼鏡があっても無くても私の心は筒抜けなのかもしれない。
「……」
「……」
少しの沈黙。
そして、その後ちょっと真面目な顔をしてアーネスト殿下が口を開いた。
「あの男に婚約の打診していたの?」
「え?」
私が驚いて聞き返すと、アーネスト殿下はそっと私の手を取る。
取られた手が熱を持った気がした。
「彼は駄目だよ。そのままの君の良さを分からない人にはクリスティーナを任せられない」
「で、殿下?」
突然の行動と言葉に私が目を白黒させていると、殿下が甘く微笑んで言った。
「アーネスト」
「はい?」
私が首を傾げると、殿下は苦笑する。
「殿下はやめて? アーネストって呼んでよ。クリスティーナ」
「……ア、アーネスト様……?」
「うん」
「!」
私がつられてうっかりそう口にしたら、殿下……アーネスト様が嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑うから私はドキドキが止まらなくなってしまった。
「あ、照れてるね? そんな顔も可愛いな」
「……っ! ません!!」
「あはは」
アーネスト様は心底愉快そうに笑う。
「ねぇ、クリスティーナ」
「……!」
私を見つめるアーネスト様の真剣な表情に、私の心臓がドクンッと大きく跳ねた。
やっぱり、この分厚い眼鏡の奥の奥まで見透かされてるみたい……
アーネスト様は私の頬にそっと触れた。胸がドキッとする。
「……?」
「出来れば……でいいのだけど」
「何でしょうか?」
「あんまり、人前でその眼鏡は外さないでいてくれたら嬉しいな」
「へ?」
ちょっと? アーネスト様までお父様みたいな事を言い出したわ。
「わ、私、お父様が言うほど物を破壊して回ったりしませんよ!?」
「え?」
「お、お父様は私を破壊魔呼びしましたけど……! そ、そりゃ確かにまだ、眼鏡を掛ける前は屋敷の物を壊した事はありますが……!」
アーネスト殿下は私の頬に触れたまま、ポカンとした顔をした後、豪快に笑い出した。
「あははは! そっち? そっちの心配?」
「だ、だって」
「あはは、知ってるよ! 伯爵が言うほど破壊したわけでは無いって事もね。まあ、危ないからって言うのももちろんだけどー……」
そう言いながらアーネスト様の顔が近付いて来て、彼は私の耳元でそっと囁いた。
───今はまだ、クリスティーナの可愛いところは僕だけが知っていたい。
「!?」
耳元! 耳元は反則でしてよ!? 一気に顔が赤くなる。
「クリスティーナは眼鏡があっても無くても可愛いけどさ」
──チュッ
そう言ってアーネスト様は私の額にそっとキスを落とした。
「っっっっ!!」
「ほらね? 今も真っ赤になってて可愛い……でも、その眼鏡が無くなるとちょっと困るんだ」
何故、アーネスト様が困るの?
眼鏡が無くなって困るのは生きていけない私よ??
「……アーネスト様が困るのですか?」
「うん。僕が困る」
──可愛すぎてクリスティーナを直視出来なくなる。
「!?!?」
再び耳元でそう囁かれてしまい、私は暫くその場から動く事が出来なかった。
ただただ、私の心臓は今すぐ破裂するのでは? っていうくらいの勢いでバクバクと凄い音を立てていた。
◇◇◇
「おい、そこの眼鏡娘」
本日もアーネスト様との時間を終え、帰宅しようと馬車の待機所に向かう途中、突然声をかけられた。
(眼鏡娘って……すごい呼ばれ方したわ……)
そう思いながら振り返ると、そこにはとんでもない人が立っていた。
「……! ヴィルヘルム殿下……!?」
まさかの第1王子、ヴィルヘルム殿下その人だった。
たくさんの護衛を従えて立っていた。
私は慌てて腰を落とし頭を下げる。
「あぁ、よい楽にしろ。ところでアーネストが今、執心していると言う毛色の変わった令嬢とはお前の事だな?」
「……は、はい(多分)」
執心してるの? とか、毛色の変わったとはどういう意味かすっごく聞きたいけれど、まさかそんな事を言えるはずもなく、私はひたすら頷いた。
「そうか。あの舞踏会の日に会場入りして来たそなたを見付けた時から何故か分からんがアーネストの様子がおかしいとは思ったのだが……まさかの眼鏡……」
ちょいちょい、私と眼鏡を馬鹿にしていませんかね? この王子。
それよりも気になったのは、
──? あの舞踏会、会場入りの時からアーネスト様は私を見てた?
今、ヴィルヘルム殿下はそう言った気がする。
その言葉に思わず胸がドキドキしてしまった。
(アーネスト様は私が料理の前で妙な動きをしていたから話しかけて来たわけでは無かったの? もっと前から私を気にして……?)
だけど、そのドキドキは次の言葉で一気に突き落とされる。
「ようやく、彼女の事を忘れ、諦めてくれたのかと喜んだのだが……アイツの趣味は分からんな。なぜ眼鏡に走ったのだ……?」
「……?」
──彼女? 忘れた? 諦めた? 何の話かしら?
私の胸の中で嫌な気持ちが渦巻く。
だってその言い方だと、まるでアーネスト様には……
「ん? 何だその反応……あぁ、知らないのか。アーネストのヤツには昔からずっと好きな相手がいてな。アイツはずっとその彼女を…………いや。まぁ、それはアーネストだけではなく………………ん?」
──アーネスト様にはずっと好きな人がいる?
一番聞きたくない言葉が聞こえてしまった。
何だか目の前が一気に真っ暗になったような気持ちにさせられた。
(なら私は? 私の存在は?? あの求婚は何だったの?)
「おい! そこの眼鏡娘。眼鏡を取ってみろ!」
「……え?」
ただひたすら混乱している所に、急に話を変えたヴィルヘルム殿下の言葉にますます頭がついていけない。
「いいからその素顔を見せろ!」
「え? え?」
何でいきなりこの方はそんな事を……?
「命令だ! 聞けないのか?」
「……!」
──あんまり、人前でその眼鏡は外さないでくれたら嬉しいな
アーネスト様のその言葉が頭の中に浮かんだ。
ごめんなさい、アーネスト様……
さすがに、ヴィルヘルム殿下には逆らえない……
そう心の中でアーネスト様に謝りながら私はそっと眼鏡に手をかけた。
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