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6. 眼鏡を受け入れてくれない人に用は無い

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  気付けばあの求婚の日からひと月半が経っていた。


  それからも、アーネスト殿下は頻繁に私を呼び出しては、王宮の料理人の新作お菓子を振る舞ったり、美味しいご飯を食べさせてくれたり、お土産に王家御用達のお店の焼き菓子を持たせてくれたりと、これまた至れり尽くせりの毎日で……


  …………まぁ、ちょっと太ったわ!
  当たり前よね。太らない方がどうかしているわよ……
  食べる私も私だけれども。


  殿下もその事にちょっと気付いたのか、最近薦めてくるメニューはちょっと低カロリーな物に変わり始めている……気がする。なんなの、その気遣い……
 

  ──……もしかして、これって餌付けされてるのでは!?

 
  そう気づく頃には、もう遅かった。
  すっかり殿下と過ごす時間にも慣れてしまっていた。

  だからと言って殿下の求婚を受けるのかと言われると、それはまた違う話。

  どう考えてみても私みたいな地味眼鏡令嬢が、あのキラキラ王子の横に並んでいいはずが無いもの。
  そして、万が一隣に並ぼうものなら多くの令嬢達の目の敵にされるであろう事も簡単に想像がつく。
  高位貴族の令嬢達は特に恐ろしい。
  お姉様がよく目の敵にされているけれど、私はお姉様みたいに戦える自信が無い。

  (アーネスト殿下は、まさに理想の人そのものなのに……)

  アーネスト殿下は私にとって、眼鏡を受けいれ眼鏡の奥から見える私の感情を何故か理解してくれ、家族以外で唯一、眼鏡をしたまま会話が弾む人。


  まさに、私の理想!


  (こんな人、他にいないのに……)


  期日は着々と迫って来ているのに私の心は未だに揺れ動いていた。






◇◇◇






「失礼、クリスティーナ嬢、今お時間よろしいかな?  以前あなたから申し出のあった婚約の件だけど」

  その日、気晴らしに参加したガーデンパーティーで、いつものように料理を堪能していたら突然、後ろから声をかけられた。
  慌てて振り返って声の主を確認する。

「はい?  ……って、あなたは」
「こんにちは、クリスティーナ嬢」
「こ、こんにちは……」

  目の前の男性はにっこりと笑った。


  (えっと、誰だっけ……確か2番目に婚約打診をかけたけど秒で断ってきた方……名前、名前……子爵家の令息だった事は覚えてるのだけど)
  

「あの時は申し訳ございませんでした。クリスティーナ嬢」
「は、はぁ……」

  いや、今更謝られても……もう別にどうでもいいわ。
  眼鏡を受け入れてくれない人に用は無いもの。

「ですが、私もあれから考え直しました」
「はい?」
「あなたも、トリントン伯爵家の人間だ」
「はぁ、そうですね」

  私がそう答えると目の前の男……えっと名前何だったかしら?  マイケル?  マイク?
  そんな感じの名前の人はニヤリと笑った。

「私は気付いたのですよ!  あれだけあなたの家族はみんな美貌揃い!  あなたの素顔を見た事は無いので……おそらくですが、その分厚い眼鏡さえ無ければあなただって見目が悪いわけではないはずだ、と!」
「は?」
「ですから、その眼鏡をとって生活してくださるなら、以前打診のあった話を考え直してもいいですよ?」
「!?」

  ──はぁ!?  何を言ってるのかしら、このマイケルだか、マイク様だかは!

  思わず心の中で悪態をつく。心の中だけなので許して欲しいわ。

「いえ、それだと私が生活が出来ませんわ」

  お父様曰く私は破壊魔みたいですし?  お屋敷が大変な事になりましてよ?

「良いではないですか。私は妻には大人しく家に籠っていてもらいたいのでね!  そもそも女が出しゃばるのは好かんのです。それに……」
「…………」

  マイケルだか、マイク様だか名前が不明な男の話はその後も続いた。
  とりあえず、見た目で人を判断するだけでなく女性を卑下する傾向がある人だと思った。


  (私、何やってたのかしら?)


  未だにペラペラと自分の主張を喋り続けるマイケルだかマイク様だかを見ながら、そんな思いが頭の中に浮かぶ。


  婚約者だったロビン様に逃げられた後、その後に声をかけた人達の事を私はちゃんと知ろうとしていなかった。年齢、肩書きそれだけで手当り次第に選んでいた。
 
  (逃げられて当然だわ……)

  もし、今目の前のこの人にあの時の婚約の打診を受け入れて貰って、婚約していたら……と思うとゾッとする。
  相手の事をろくに知らないまま手当たり次第声なんてかけても、変なのを釣り上げてしまうだけだったのだとようやく気付いた。


  私は、眼鏡でも構わないと言ってくれる相手が欲しかっただけなのに。



  ──そして、そんな奇特な人は……



  と、アーネスト殿下の顔を思い浮かべたと同時に聞き覚えのある声がした。



「クリスティーナを愚弄するのはそこまでにしてもらおうかな」



  それはどこからどう聞いても、たった今、私が頭の中に浮かべた人で。



「「!?」」

  突然聞こえて来たその声に、私も目の前の男もビクッと肩を震わす。

  そして目の前のマイケルだかマイク様だかは、突然の王子の登場に顔色がどんどん悪くなっていった。

「あ、あ、アーネスト……殿下?  な、な、何故ここに!?」
「……確か君はコーモノ子爵家のミケル殿だったかな?」

  アーネスト殿下は今まで私に向けた事の無い冷ややかな声と目付きで目の前の男に視線を向ける。

  私はその殿下の言葉を聞いて愕然としていた。


  (な!  なんて事なの……マイケルでもマイクでも無かった……!  この男の名はまさかのミケル!)


  多分……今、気にするのはそこでは無いと思いながらも私は、自分の記憶力の悪さにショックを受けていた。
  近いような近くないような……微妙過ぎて何とも言えない気持ちになる。


「は、は、は、はい……そうです……」

  マイケ……じゃない、ミケル様は酷く動揺している。

「君は今、随分と身勝手な事をクリスティーナに色々と語っていたね?」
「そ、そ、そ、それは……」

  ミケル様はガタガタと震えながらもどうにか返事をしている。
  顔は真っ青を通り越して真っ白だけれども。

「見てごらん?  君のせいでクリスティーナの顔色はとても悪くなってしまったよ」

  ──ん?  殿下は何を言い出した??

  突然話を振られても……
  殿下と(怯えたままの)ミケル様の視線が私に向いた。


「…………」


  ミケル様が私を見て更にカチンと固まった。彼は間違いなく困惑している。

  いや、アーネストさん。
  多分、ミケル様に私の顔色なんて分からないと思うのよ。
  だって今、彼の顔中に どこが?  ってかいてあるもの。

  そして、何故か分からないけれど、あなただけが気付いてくれた私の顔色が悪く見えたというのは、別にこの人の発言に傷付いたわけではないのよ!
  自分の記憶力の悪さを嘆いただけ。


    ミケル様の話なんて途中から聞いてなかったの。
    その人の語ってた話は顔色とは無関係なのよ! 
    だから、そんなに責めないであげて!


  私はアーネスト殿下にそう目で訴えてみた。
  絶対眼鏡で見えてない思うけれど、きっと彼になら伝わる……!
  そう信じて。

  すると、アーネスト殿下は少し驚いた顔を見せたけれど、まるで何かを感じ取ったかのように笑顔で頷いた。

  (あら、いい笑顔!  伝わったの?  アーネスト殿下ったら凄いわ!!)

  と、感激し喜んだのも束の間。


「コーモノ子爵令息、ミケル。やはりクリスティーナの顔色の悪さは君のせいらしい」
「ひぃぃぃ!?」


  (えぇ!?  全然、伝わってなかったわぁぁぁ!)


  私はまた別の意味で青くなり、ミケル様にとどめを刺そうとしているアーネスト殿下を慌てて止めに入る羽目になった。

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