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5. 普通の令嬢ではありませんから

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(───そういう手で来ましたのね?)

 カリーナ様は、ふふん!  どうよ!  ショックでしょう?  
 と言わんばかりの表情をしています。

「……」

 そして、他の令嬢たちの反応も様々ですわね。
 私は冷静に周囲の様子を窺います。
 カリーナ様に同調しする様子を見せてニヤニヤしている方、突然のこの空気にオロオロして怯える方、興味が無いのか、もしくはどうでもいいのか我関せずの方……

(ふふ、面白いですわ)

 私の頬が思わず緩みます。
 カリーナ様のその発言のおかげで、この場にいらっしゃる令嬢の方々が私のことをどんな目で見ているかが、よーーく分かりましたわ。

(感謝して差し上げますわ、カリーナ様!)

「リ、リリーベル様……な、何で笑っているんですか……!?」
「!」

 あらあら……
 私の反応が予想していたものと違ったからでしょうか?
 カリーナ様は明らかにうろたえています。
 どうやら、私が笑ったことが不気味に見えたようですわね。

 確かにそんじょそこらの普通の令嬢なら、婚約者に自分以外の女性の影があるなんて話を聞かされればショックを受けて取り乱したりするものでしょうね。

 ───ですが、お生憎様。
 私、リリーベルはそんじょそこらの普通の令嬢とは違うんですのよ?

 私はとびっきりの微笑みを浮かべます。

「……ふふ、失礼しました、カリーナ様。ですが、よくそのような発言が私に対して出来るものですわ、と……ついつい感心してしまいましたの」
「え……?  感心……?」
「そうですわ。カリーナ様は私がどんな瞳を持っているのかお忘れなのかしら、と」

 私はそう言ってじっとカリーナ様の瞳を見つめます。
 実際、カリーナ様の心を読んだわけでもないですし、今も読むつもりありませんがここはわざと匂わせてみます。
 すると、カリーナ様の身体がビクッと震えました。
 ですが、さすが最初から私にバチバチの敵意をむき出しにしてこのような発言が出来る度胸をお持ちなだけありますわね。
 しっかりと反論を返してきましたわ。

「……し、“真実の瞳”の能力を使う時は目、目の色が変わると聞いています!  ですが、私ずっと見てましたけど、リリーベル様の目の色は一度も変わっていませんでしたっ!」
「まぁ、よくご存知で!」

 そして、よく見ていらっしゃるわね。

「───その通りですわ。私は常に力を使っているわけではありませんから」

 私のその言葉に、え?  そうなの?  常に読み取られるのではなかったの?  と驚いている様子を見せる方がチラチラと視界に映りました。
 どうやらまだまだ、この能力は誤解が多いようですわね。

(皆様、よーーくお考えなさって?  毎日、人の嘘や思考ばかり読み取っていたら精神がおかしくなりますわよ?)

 そう言いたいところです。
 実際、まだ昔、力の制御が出来なかった頃の私はその手前まで追い詰められたことがありますもの。
 ですが、カリーナ様のおかげで少し誤解が解けたようです。
 その点だけは感謝しないといけませんわね!

「ですが、どうしても必要な時はもちろん使わせていただきますわ!」
「え……」

 そう口にした私は、再びにっこりと微笑んでほんの少しだけ力の制御を解きます。
 この国一番の魔術師であるお兄様の指導のおかげで、最近はかなりこの力も昔より上手く操れるようになりましたの。
 ──そう。例えば……
 瞳だけを金色にする……とか。
 この方法は、こういう時の脅しに大活躍しますのよ!

「……ひっ!」

 カリーナ様は小さな悲鳴をあげて、私から勢いよく目を逸らしました。
 残念、張り合いがありませんわ。
 ちなみに経験上、こういう時にすぐ目を逸らすのは、大抵、嘘をついている方ですわよ。
 つまり、カリーナ様の発言は信ぴょう性に欠けるものである可能性が高い───

「……」

 私は内心でそっとため息を吐きました。 
 どうやら、カリーナ様の発言は私を動揺させるためだけの嘘だった可能性が高そうですが。

(───実は完全に間違ってはいないのです)

 だって、私は知っています。
 昔、殿下の心の中をうっかり覗いてしまったから。
 その時、知りました。
 殿下のお好みの女性のタイプは私とは完全に真逆のタイプなのです───……



❋❋❋



「リリー。久しぶりにお茶会に行ったと思えば……随分派手に立ち回ったようだな」
「……ま、まあ!  なんのお話ですの?  お兄様、オホホホ!」

 あのお茶会から数日後、怖~い顔をしたお兄様が私の部屋にやって来ました。

「笑って誤魔化しても無駄だ。俺の耳に色んな話が聞こえて来たぞ!」
「……くっ!  ぐ、具体的にはどんなこと……ですの?」
「あー……何だか凄かった」
「凄かった?」

 お兄様は深ーーいため息と共に口を開きます。

「……まず、リリーが微笑み一つでその場の何人かを卒倒させた」
「知りませんわね。お兄様なら有り得る話ですけれど」

 お兄様の美貌は国一番……いえ、世界一ですもの!

「これは俺も解せないんだが…………俺がリリーの尻に敷かれている、と吹聴した」
「は?  なんです、その話?」
「……正直、それは俺の方が聞きたいぞ、リリー。これは完全に俺が風評被害を受けている」
「そう言われましても……」

 二人でうーん……と首を傾げます。
 私はお兄様を尻に敷いた覚えなどありませんのに。不思議です。

「それから、カリーナ・ドゥーム侯爵令嬢に“真実の瞳”を使った」
「あらあら……」
「ちなみに、この件に関してはドゥーム侯爵家から抗議の手紙も届いている」
「まあ!」

 お兄様が懐から手紙を取り出して見せてくれました。

「───娘の心の中を無断で覗き見るとは何事だ!  って書いてある」
「瞳を金色にしただけで、何も視てはいないのですけれど……?」
「リリー」

 お兄様が軽く私の頭を小突きました。

「リリーは意味もなくそんなことをしないと俺やマルヴィナは分かっているけど、世間は違うんだぞ?」
「……存じていますわ」
「それに力だって使いすぎたら……」
「もちろん、分かっていますわ」

 真実の瞳は身体への負担が大きい能力なので、私は力を使いすぎると眠ってしまいます。
 こればっかりは何年経とうとも……どうにもなりません。

「全く……」
「迷惑かけてごめんなさい、お兄様」
「俺はもうイライアス殿下に殴られるのはごめんだぞ!」

 私は二年前、真実の瞳の能力を使い過ぎて倒れたことがあります。
 目が覚めたら、なんとお兄様の美しい顔が殴られてボコボコになっていましたわ。
 なんと殴った犯人はイライアス殿下だというものですから、私は二重で驚かされました。

「……ところで、殿下はあの時、なぜお兄様をボコボコにしたのです?」
「え?」
「私に無理をさせたことを怒っていたからだとは聞きましたけど……なぜそこでお兄様を殴る必要が?」
「……」

 二年経ってもそこだけが分かりません。
 後に抗議もしたのですが、殿下にはのらりくらりと躱されてしまいましたの。

「……リリー」
「なんです?  って!  お、お兄様!  こ、子供扱いしないでくださいませ!!」 

 お兄様は私の頭に手を置くと、よしよしと撫でて来ました。


 ───こうしてこの時は、あのカリーナ様が口にした“女性”に関する話のことはすっかり頭の隅に追いやってしまったのですが……
 実は、まるっきり全てが嘘の話ではなかったことを私はこの後、知ることになるのです───

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