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第四話
『ランドゥーニ王国へようこそ、シャロン王女』
そう言ってシャロンに微笑んだのは黒髪でアメジスト色の瞳が綺麗な王子様だった。
エミリオ殿下とシャロンは、殿下が18歳、シャロンが15歳の時に婚約した。
その10年ほど前にランドゥーニ王国へ父王と一緒に訪問した時にも2人は会っていたらしいけれど、シャロンは全く覚えていなかった。
穏やかな気質と雰囲気を漂わせ、笑顔を向けてくれたエミリオ殿下にシャロンの胸は高鳴った。
おそらく、この時すでにシャロンは恋に落ちていた。──そう、いわゆる一目惚れ。
しかし、婚約者同士と言っても、2人はそれぞれの国の王子と王女。
顔を合わせる機会など殆ど無く、2人の交流は専ら手紙のやり取りだった。
(今思えばマメよねぇ……)
そんな遠い過去を思い出し、私はため息をついた。
何でこんな事を思い出すに至ったかと言うとーー
「は? 手紙?」
「そう! レティからの手紙が欲しい」
結局、私とアルマンドは一緒に帰る羽目になった。
そしてお父様が帰宅するまで、アルマンドは客間で寛いでいる。私はその相手をしている所だ。
そんな今、目の前に座って紅茶を優雅に啜ってるアルマンドは、ニコニコした顔で突然訳の分からない事を言い出した。
「ほぼ毎日、学院で顔を合わせているのに何を書けと言うの?」
「嫌だなぁ、毎日顔を合わせていても、直接言えない事の一つや二つあるでしょ?」
「……無いわね」
「えっ! 無いの!?」
我ながら、割と好き勝手させてもらってる自覚はあるもの。特にアルマンドに対しては。
見るからに肩を落としてガッカリしているアルマンドをチラリと見やる。
一体、何がどうなって手紙など欲しいと思ったのだろうか?
「何で?」
「ん?」
「だから、何で手紙が欲しいの?」
あまりにも落ち込んでいるから、私は思わず聞いてしまった。
「んー、僕達は婚約して2年経つけど、手紙を送ったり貰ったりした事が無いなって気付いたんだよね」
「……基本、貴方は何かあれば直接突撃してくるものね」
「うん、そうなんだけど。たださー……」
突撃している自覚はあったのか。と、ちょっとだけ驚いた。
アルマンドは、基本思い立ったら直接赴いて来るのだ。
ちゃんと先触れも出してはくれるのだけれど。だから文句も言い辛い。
「ただ?」
「寂しくなった」
「は?」
「寂しくなったんだ」
2回言われても……
「えっと、何か悪い物でも食べたの?」
「どうしてそうなるの!? そんなわけないだろ!!」
アルマンドは、心外だ!! と憤怒するけど、だってねぇ……?
結局、今度僕から手紙を送るから返事をくれたら嬉しい。
そんな言葉を残してアルマンドはお父様と話をした後、帰っていったのだった。
(結局、何だったのかしら? 寂しいってどういう事?)
考えてもよく分からなかった。そもそもアルマンドの考える事はさっぱり分からないので今更ではあるのだけど。
その後、私は部屋で1人、今日のアルマンドの言っていた手紙の事を改めて考えた。
「……でも、そっか。今度の貴方は手紙を送る必要が無いくらい近くにいるのよね」
シャロンが婚約してから嫁ぐ為に祖国を出て、ランドゥーニ王国のエミリオ殿下の元へ行くまでの3年間はずっと手紙のやり取りだった。
年に数回、エミリオ殿下が訪ねて来てくれて顔を合わせたくらいで。
手紙を貰えるのは嬉しかったけど、直接会って顔を見られる事の方がずっとずっと嬉しくて幸せだった。
だから、ランドゥーニ王国に向かう時は、祖国を離れる寂しさよりも、やっとエミリオ殿下の傍にいられる! という嬉しさの方が勝っていたと思う。
「結局は私だけの一方的な想いだったのにね……」
私は1人でそう寂しく呟いていた。
◇ ◇ ◇
数日後ーー
アルマンドは、本当に手紙を送ってきた。
そして、その手紙の分厚さに私は開封前から嫌な予感しかなかった。
「……ちょっと待ってよ。厚すぎるでしょ、どう考えても厚すぎるんだけど!?」
こんなにまで開封を躊躇う手紙は、過去の人生合わせても初めての事だ。
「でも、読まないと何を言われるか分からない……!!」
私は意を決して、その尋常ではないやたらと分厚い手紙を恐る恐る開封した。
数分後ーー
私は机に突っ伏していた。
とてもじゃないが、起き上がる気力が全く湧かなかった。
「……何なのよォ!!」
アルマンドの手紙。
最初こそは手紙らしく時候の挨拶に始まり、機嫌を窺うものから近況の報告(……報告などされなくても知っているが)と、至って普通の内容の手紙だった。
なら、この厚さは何なのだ? と思ったくらいには。
しかし、2枚目、3枚目と進む内に内容に変化が現れた。
簡単にまとめると、
レティは、可愛いだの。好きだの。愛してるだのといった愛の言葉のオンパレードだったのだ。特に私の瞳に関する熱弁はとにかく凄かった……
(……え? 今の世の中の男はこんな恋文を送るのが普通なの!?)
そう思うくらいには、私への熱烈な想いがびっしりと書き綴られていたのだった。
「返事……返事って……これに何と返事をするべきなの、私はっ!!!!」
シャロンだった頃から今まで、どんな勉強も難題も乗り越えてきた自負があったけど、この手紙への返事は最大級の難関と言っても差し支えない。
私は暫く頭を抱える事となったのだった。
そうして悩んで悩んで悩んで、ようやく書き上げた私の返事は。
『愛が重い』
この一言だけだった。
もちろん大変失礼なのは分かっていて、けれどもこれ以外に返したい言葉が思い浮かばなかったのだから仕方ないと思って欲しい。
とは言っても、内心、怯えながらこの返事を送ったのだけど、当のアルマンドは返事を貰えただけで嬉しかったらしく大層、喜んでいたと人伝てに聞いた。
確かに、手紙が届いたと思われる日のアルマンドは、学院でも終始ご機嫌だったから、その情報に間違いは無いのだろう。
……まさか、返事も書かない女だと思われていたとは。
それに、あんな返事の内容で満足しちゃうなんて……!
あまりの喜びように、もう少し何か書いてあげても良かったかも……などと思ってしまったのは、私の胸の中だけに留めておきたいと思う。
◇ ◇ ◇
アルマンドは、シャロンの事を裏切ったエミリオ殿下の生まれ変わりーーーー
その事を思う度に、私の心の中が警鐘を鳴らす。
“深入りするな。どんなに好きになっても、どうせまた捨てられる”
そんな思いがいつも私の心の中を駆け巡っている。
シャロンはエミリオ殿下に裏切られていた事を知り、捨てられたすぐ後に悲痛を抱えたまま、とある出来事によって命を落としている。その事はどうしたって今も私の心の中に暗い影を落としていて消えてくれない。
今世だって、どうせいつか捨てられるのなら、アルマンドにこんな想いは向けて欲しくない。
だけど、あの想いをどこか心の奥では嬉しいと思っている自分がいる事に戸惑いを隠せない。
……絆されてはいけないと分かっているのに。
前世の事が無ければ、私はきっと幸せいっぱいだっただろう。
アルマンドは、自分には勿体ないくらいの婚約者だ。
性格も、身分も、容姿も何もかも。
あの分厚い手紙も、それだけ想われているのだと嬉しく思ったはず。
(少々、度は過ぎてると思うけど)
───どうして、私はシャロンの記憶を持って生まれてきたの?
───どうして、エミリオ殿下の生まれ変わりのアルマンドと再会したの?
この2年間ずっと、考えても分からず答えの出ない問いがぐるぐると頭の中で駆け巡る。
(ねぇ、アルマンド……貴方は一体、何を考えているの?)
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