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最終話 私は今日も初恋の彼に……
しおりを挟む「エリーシャ!」
「マリアンナ様?」
待ち合わせがあり、遅れそうだったので早足で歩いていると、マリアンナ様が向こうからやって来て声をかけてきた。
「あ、もしかして急いでました? ごめんなさい」
「いえ、大丈夫です。どうされました?」
「えぇ。ちょっと早いけれど、私、今日無事に王太子妃教育に合格点を貰えました!」
マリアンナ様が笑顔でそう報告してくれた。
「おめでとうございます!!」
「エリーシャのおかげですよ! いつも励ましてくれて本当にありがとうございました」
「いえいえ、教育係なんて名ばかりで本当に話し相手にしかなれてなかったのに」
私がそう言うとマリアンナ様は笑顔で首を横に振った。
「そんな事ありません。憧れのエリーシャ様と仲良くなれて私は本当に幸せですから」
「マリアンナ様!?」
今、エリーシャ様って呼んだ?
「エリーシャ。これであなたは自由ですよ」
「え?」
「私の教育が終わり、真犯人も捕まりました。だからエリーシャ、あなたはもう好きな所に行けるんです」
「あ……」
そうだった。公爵家から勘当されるのが分かっていた私は、この国を出よう。そう思ってた……マリアンナ様の教育係の話が出たからここに留まったけれど全てが終われば、フィリオへの想いを胸に秘めてひっそり生きて行く。
そう決めてた。
──でも、今は。
私は静かに首を横に振る。
「そうだ……マリアンナ様。私、思い出しました」
「え?」
「階段から落ちる時に、あなたの事を」
「あ……」
マリアンナ様はそれだけで察したみたいだ。
「マリアンナ様は、あの日、階段から落下した所を私とフィリオが助けた令嬢だったんですね?」
「ふふ、そうですよ」
まだ、フィリオとの交際中、私とフィリオは、酷い虐めにあって階段から突き落とされた瞬間の令嬢を助けた事がある。
マリアンナ様はその時の被害者だった。
(そして私が思うにあの時の加害者も間違いなくクレア侯爵令嬢……)
「あの時は、ありがとうございました。朦朧とする意識の中で、フィリオ様と共に周りに指示を飛ばすエリーシャ様に憧れと尊敬を抱いたんです。そして、2人はその時から私の命の恩人なのです」
マリアンナ様が私に頭を下げる。
「か、顔を上げてください!!」
「だから、2人にはずっと仲良しでいてもらいたかったんですよ」
「だから、あの時私にあんな言葉を……?」
私の言葉にマリアンナ様が静かに微笑む。
マリアンナ様はあの時、私に耳打ちした。
“本当に大事な人の手を離してはダメです。私はあなた達2人が一緒にいる所が好きなんです”
──と。
「ねぇ、エリーシャ。あなたはこれからどうするつもりですか?」
マリアンナ様の言葉に私は微笑みながら答えた。
「もちろん、私は──……」
****
「お待たせ!」
私が急いで待ち合わせの場所に向かうと、待ち合わせ相手──彼はちょっと不機嫌な顔をして待っていた。
「遅い! 何かあったかと心配したじゃないか!」
「ごめんなさい……だって、ちょっとマリアンナ様と話をしてたから」
「……ったく」
「むー、ごめんって言ってるじゃない」
「……別に怒ってるわけじゃない」
「知ってる」
私が拗ねたフリをすると、彼──フィリオは可笑しそうに笑った。
こうして彼とまた笑い合えている事が、たまらなく幸せだ。
───────……
──あの日、私が眠ってるフィリオにキスをした後……
「……なんて、これで目が覚めたら、本当にあのハッピーエンドの物語みたいよね」
そんな事を口にしながら、フィリオから離れると……
「……っ」
「え?」
何か自分では無い声が聞こえた気がした。
「……ゔ」
「フィリオ!?」
その声はフィリオから聞こえていて私は慌ててフィリオの様子を伺う。
「……リー……シャ?」
「フィリオ!!」
私はフィリオの顔を覗き込む。
間違いない。フィリオの意識が戻っていた。
「無事……か? エリ……ーシャ」
「っ!」
自分の方が重症なくせに……この人はまだ、私の心配をしてる。
私は慌ててフィリオの手を握って微笑んだ。
「無事よ。怪我一つしてないわ。だって、フィリオが守ってくれたんだもの」
私がそう言うと、フィリオはしばし考え込んで口を開いた。
「…………良か、った」
「!!」
そう言って力無く笑った彼の笑顔は、昔、私の事を大好きだと言ってくれていた頃の彼の笑顔を思い出させたので、私はポロポロと涙が溢れて来た。
「……な、何で泣く、んだ!?」
「………………嬉しくて?」
「!?」
私はいっぱい泣いた。
ただただ、フィリオが愛しくて。
そうして目覚めたフィリオと私は、離れていた分の互いの過ごした3年間の話をたくさんした。
それは決して楽しい話では無かったけれど、それでも話をした。
そうして分かったのは、互いにずっと相手を想っていた事で──……
私は初恋の彼に、嫌われてなんていなかった。
憎まれてもいなかった。
ようやく……ようやく私はその事を知った───
────────……
「それより、今日はどうしてここに待ち合わせなの?」
「ん?」
今日、フィリオに来て欲しいと言われた場所は本来なら私は……私だけではなくフィリオだって入れる場所じゃない。不法侵入もいいとこ。
見つかってしまったらと思うと気が気でない。
「大丈夫だ。誰もいないから。けど、どうしてもこの場所じゃなくてはダメだと思って」
「え?」
誰もいない? どういう事? そんな疑問を浮かべる私にフィリオは小さく笑った。
「それより、今日もつけてくれてるんだな」
「勿論よ!」
私はあれからあの髪飾りを毎日のように髪に差している。
「ありがとう。だけど、俺としてはそろそろ違う物を贈りたい」
「違う物?」
フィリオは「あぁ、そうだ」と言って上着のポケットからゴソゴソと何やら箱を取り出して私に差し出した。
それは、まるで遠いあの日の……この髪飾りをくれた時と同じ仕草のようで私はドキドキした。
「フィリオ?」
「エリーシャ。俺と婚約して、結婚してくれ」
「…………え?」
私はポカンとその場で固まった。
(今、何て……??)
フィリオの差し出した箱の中身は指輪だった。
この国で婚約を申し出る時に必須な物……指輪。
箱を開けると、フィリオの瞳の色の赤い石のついた指輪が入っていた。
「エリーシャに……受け取って欲しいんだ」
「フィリオ……」
「エリーシャに裏切られたと思ってから何度も捨てようと思った。けどやっぱりずっと捨てられなかった……」
「フィリオ……」
私は言葉が上手く出てこなくてさっきから“フィリオ”としか発せてない。
「……新しい指輪を贈る事も考えた。でも、やっぱりこれを渡したかった。そして、どうしてもこの場でプロポーズをしたかったんだ」
あの頃の俺の思いも込めて……とフィリオは言った。
ただ、購入してから3年以上たっていたから、宝飾店に通って色々手直しをしていたらしい。
なんてことは無い。あの時のエドワード様が言ってたのはこの事だった。
他の女性なんていなかった。
どうしよう。どうしたらいい?
嬉しい。嬉しくて堪らない!
だけど。
「フィリオ……私は公爵家から勘当されているから平民だよ? だから……」
「……」
何故かフィリオは少しの間黙り込んだ後、言った。
「エリーシャ、それは違う。今、マクロイド公爵家の唯一の人間は君だけだ。だから、現に今、こうしてここにいられる」
「………………は!?」
フィリオの言葉に私は目を丸くした。
そう。私とフィリオは今、マクロイド公爵家の中庭にいる。
あの、フィリオからの告白を受けた場所……
こんな所に偲んでバレたらと気が気でなかったのに。
何を言ってるの?
私は勘当されて、マクロイド公爵家にはお父様とお母様がいて……
「お父様とお母様は?」
「追放されてる」
「………………は!?」
目が点になるとはこういう時の状態を言うのだろう。
私はその発言が全く理解出来なかった。
「エリーシャに暴力をふるって勘当までしたあの人達が、そのままのうのうと生活しているのがどうしても許せなかった」
フィリオはそう言った。
……自分だって殴られていたのに。
互いの3年間の話をした時に、フィリオからその話を聞かされて私はますます両親だった人達を憎んだ。
だけど、追放……とは??
「あんなに必死になってエリーシャを王太子妃にしようとしていた人達だ。俺達が引き裂かれた真実を知った後、何かあると思って調べてみた」
「……」
「叩けば叩くほど埃が出て来たよ。エリーシャを王太子妃にして自分達の悪事をどうにか揉め消してもらおうと画策していたらしい」
「……」
呆れて言葉も出なかった。
馬鹿なの? あの人達は。それは仮に私が王太子妃になった後に明るみになったりしたら私の立場だってどうなるか考えれば分かるでしょう!?
まぁ、あんな人達の事はもうどうでもいいわ。
「……って、ちょっと待って? だからと言ってそんな簡単にあの人達を追放したあげく、私の身分まで回復なんて出来ないでしょう? 陛下の許可だって……」
「出来るよ、ってか、出来たよ、だな。許可は簡単におりたな」
「何で?」
「……陛下達なりのエリーシャへの罪滅ぼしなんじゃないか?」
「……!」
それは、あの時のカレンが言ってた事……
私は結局、殿下にもフィリオにもあの断罪の真相を聞けずにいた。
「…………フィリオは陛下達がしようとしていた事を知っていたの?」
「……詳細は知らされていなかった……だな。真犯人が捕まった後にアランを問いつめた。ようやく吐いたよ」
「……」
「……アランから暗い顔をして公開でエリーシャを断罪すると聞かされ、俺はエリーシャの口から『やってない』と引き出す為に煽る役を任されていただけだったから……それがエリーシャを救うたった一つの道だと説得された。意味が分からなかったけどその裏にまさかあんな命令が……」
フィリオはそう言いながら私を抱き締める。その身体は震えていた。
そうは言ってもフィリオの中でも消化しきれない思いはきっと残ってる。
公の場で私を傷付けた事、その後、私が暴力を受けて勘当された事……
たまに私の頬を切なげに見ている事を私は知っている。
傷跡なんて一つも残っていないのに。
「……で、マクロイド公爵家の人間は私だけって言うけど、フィリオはどうするの?」
「?」
フィリオは不思議そうな顔を私に向ける。
「エリーシャがプロポーズ受けてくれるなら、そのまま婿入りするが?」
「!? ローラン公爵家は!?」
「継がないよ。元々、俺の立場は微妙だったからな」
「……!」
その言葉からきっと私の思う以上にフィリオと公爵家の溝は深いんだと知れる。
「俺はエリーシャが居てくれれば、それだけでいい」
「フィリオ……」
「俺は勝手に傷付いてバカな事をたくさんしてエリーシャを傷付けた。エリーシャを信じて冷静になれていれば真実だってもっと早く分かったはずだ……」
「私だって!」
「エリーシャは悪くない! 俺が……」
「私が!」
「……」
「……」
きっとお互い謝り続けたらもうキリがない。
だから──……
「なら、フィリオ。お願いがあるの!」
「何だ?」
「この先、私の事……世界中の誰よりも幸せにしてくれる?」
「!!」
私の言葉にフィリオの目が驚きで大きく見開かれる。
その後すぐに泣きそうな表情に変わる。
「──する。約束するよ、エリーシャ」
フィリオは私の大好きな笑顔でそう言ってくれた。
そして、私の指にそっと指輪を嵌めてくれた。
「……」
「……」
お互い暫く無言のまま見つめあった後、
私達はどちらかともなくそっと唇を重ねた。
あの日、初恋の彼が忘れられないまま、引き裂かれてしまった私の大事な恋はたくさんの回り道をしたけれど、幸せな形になって戻って来たのだとようやく実感出来た。
その後、私の勘当と共に仕事を辞めて田舎に戻っていたユリアをフィリオが「良ければまたエリーシャの力になってくれ」と、見つけ出してくれていて、「お嬢様ぁぁ」と、ボロボロ涙をこぼすユリアと再会したり、
マリアンナ様とアラン殿下の痴話喧嘩に巻き込まれたりしながらも私は幸せに暮らした。
そしてその傍らには、いつだって大好きなフィリオが居てくれた。
~完~
✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼
ここまでお読み頂きありがとうございました。
これで、完結です。
最後までお付き合い下さり本当にありがとうございます。
今回、私の身勝手で途中で感想欄を閉じてしまい、本当に申し訳ございませんでした。
皆様の感想がヒートアップしていく中、既にその時点で最終話以外を書き終えており、だんだん何と返事を返していいか分からなくなってしまいました。
また、閉める直前まで感想を書いてくれた方に返信出来なかった事が1番の心残りです。
本当に申し訳ございませんでした。
この場を借りて再度お詫び申し上げます。
感想を聞いてみたい気持ちもありますが、この話の感想欄はこのまま閉じたままにします。ごめんなさい。
こんな話でしたが、ここまでお読み頂き本当に本当にありがとうございました!
お気に入り登録も、閉じるまでに頂いた感想も全部嬉しかったです。
何だかんだで最後までHOTランキングにいられた(多分ですが)のも、ここまで読んでくれた皆様のおかげです。
いつも本当にありがとうございます。
また、新しい話も開始しましたので、
もし興味があれば、また読んで貰えたら嬉しいです。
軽い短めの話にする予定です。
『地味で目立たない眼鏡っ子令嬢の可愛いところは王子様だけが知っている ~その求婚はお断りしたいのですが~』
もし、よければこれからもよろしくお願いします。
ありがとうございました(⋆ᵕᴗᵕ⋆)
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