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240. 新たな呼び名
しおりを挟む「……」
私はぶつかってしまった目の前の迷子さんの顔をじっと見つめる。
(どう見てもナタナエル様だわ……どうしてここに?)
そう思ってさらにじっと見つめた。
けれど、モヤッとした違和感を覚える。
(───違う)
この方、とてもとてもとてもそっくりさんだけれども、ナタナエル様ではないわ。
だってナタナエル様と比べてみると───
眉毛の角度が違う。迷子さんの方が若干下がっていますわ!
目もこちらの迷子さんのほうが数ミリ程度だけど離れていますわね。
それから、鼻はナタナエル様の方が少し高い。
唇は迷子さんの方が厚め……ね。
耳……耳たぶはナタナエル様のほうが厚みがありそうですわ。
(───よって、とっても似ている別人ですわ!!)
まあ、何よりの違いは体型ですけれど。
よくよく観察すればそこは一目瞭然。
だって、ナタナエル様は騎士。
細いけど鍛えていた彼に比べれば、申し訳ないけれどこの迷子さんは鍛えている身体……とは言えませんわ。
以上のことから即座に別人認定したものの、顔の造形は同じ……とてもよく似ていることに間違いはない。
まるで双子のよう……
よく知らなければ、パッと見は絶対に間違えてしまうくらい顔がそっくりな迷子さんだった。
(私とナタナエル様はアニエス様を愛でる者同士、戦い、そして固い握手を交わした仲ですもの!)
決して大事な愛でる会会員メンバーを間違えるなんて真似を私はしない。
では。
この迷子さんはどこのどちら様?
(ナタナエル様の兄弟か何かかしら?)
彼の素性は辺境伯領の元騎士でアニエス様の幼馴染で、アニエス様が大好きということくらいしか私は知らない。
「ん? ……もしかして、聞こえていなかった、かな? ……大丈夫、ですか……?」
「……」
よくよく聞けば声も似ていますわね。
ちょっとナタナエル様のほうが声は高いけれど。
「うーん……あれ……?」
(あ! いけない!)
目の前の迷子さんは心配そうな表情で私をじっと見ながらも困惑している。
このまま黙ったままでいるのは良くないので、私はにっこり笑って答えた。
「大丈夫ですわ。申し訳ございません、道を間違えてしまいまして」
「間違えた? ……ああ、そうでしたか……反応ないからびっくりした……」
迷子さんがふにゃっとした笑顔で微笑んだ。
随分とフワフワした方ですわね?
「こちらのお屋敷が広くて迷ってしまったようですの」
「え……」
私がそう口にすると迷子さんは目を瞬かせた。
そしてキョロキョロと辺りを窺う。そして首を捻った。
「へぇ、この屋敷って広いんだ……? 知らなかったな……」
「!」
新しい受け答え方ですわ!
このプリュドム公爵家のお屋敷を広いと思わない?
何度グルグルしてもパーティー会場に戻れないほどかなり広い屋敷ですのに。
(うーん……)
この何だか世慣れていない雰囲気から言っても……
(これは……よほどの金持ちさんですわ!)
名探偵フルールはそう推理する。
「迷った……ということはあなたはパーティーの招待客なんですか……?」
「ええ、はい。そうですわ」
パーティーのことは知っている様子。
と、いうことはやはり迷子!
「そっか……会場となっている部屋に連れて行ってあげたい所だけど……うーん、絶対に怒られちゃうしなぁ……」
迷子さんはそう言ってうーんと悩み出した。
「怒られてしまうのですか?」
「うん……心配性な家族がいてね……今、抜け出してここにいることも内緒なんだ。バレたらきっと怒られちゃう……」
「まあ!」
「と、言うか、もうバレているかも……父上辺りが探している予感がする……」
(これは──パーティー会場を無断で抜け出したのかしら?)
そして怒られるのが嫌で逃げている?
この迷子さんは思ったより、やんちゃですわ。
詳しい理由は全く分かりませんが、迷子となった私のせいで人様とその家族に迷惑をかけるわけにはいきません!
「いえ! それならば自力で何とかしますので大丈夫ですわ。ありがとうございます」
「そう……? でも、本当に大丈夫……?」
迷子さんは心配そうに首を傾げる。
私はニンマリと笑う。
大丈夫に決まっていますわ!
だって、私は最強の魅力溢れる公爵夫人を目指しているんですもの!
「大丈夫です。諦めずに歩き続けていればいつか必ず戻れますわ!」
「へぇ、そういうものなんだ……? すごいんだね……」
「いいえ! 何もすごくはありませんわ。これは至って普通の……ごくごく当たり前のことですわよ?」
「え! 当たり前……それが普通なんだ……! びっくり、知らなかった……! 世界は広いね……!」
「ええ! とても広いですわ!」
(やはり、なかなか変わった雰囲気の方ですわね)
そういう意味ではナタナエル様と共通するところがあるような気もする。
やはり、血縁なのかもしれませんわ。
そんなことを考えながら、じっと見つめてしまったからか、迷子さんが慌てふためく。
「……あ! し、しまった……えっと、人と会話する時はまず名前を名乗る……んだっけ……?」
「え?」
だっけ? と聞かれても困りますわ。
「すみません……こ、こういうの慣れていないから……」
「慣れていない?」
「……普段、家族以外と会話はあまりしないので、こういう時の作法に疎いみたいで……」
「まあ!」
なるほど!
(つまり、究極の恥ずかしがり屋さんで極度の人見知りさんということですわね!)
私はそう解釈した。
同じ恥ずかしがり屋さんでもアニエス様とは別方向ですわ~
あちらは、照れ屋さんですから。
そして、ペコッと頭を下げた迷子さんは顔を上げると自己紹介を始めた。
「名乗るのが遅くなりました……レアンドル・プリュドムと申します……」
「まあ! ご丁寧にありがとうございます。私はフルール・モンタニエと申しますわ」
私もしっかりご挨拶させてもらう。
えっと、迷子さんではなく彼の名は……
「……え? モンタニエ…………モンタニエ……ああ! もしかして貴女があの人参夫人……!」
「人参夫人?」
初めて聞くフレーズに驚いて、反芻しようとしていた彼の名が吹き飛んだ。
急に彼の目がキラキラと輝いている。
これまで色々な名前で呼ばれては改名も考えてきた私ですけれど、人参夫人と呼ばれたのはさすがに生まれて初めて。
(し、知りませんでしたわ! 私って人参に似ていたの?)
これまでの人生で誰も教えてはくれなかった。
これは新たな発見。
会場に戻ったらリシャール様に即報告ですわ!
「人参夫人……! その節は美味しい人参をありがとう……!」
「え?」
おかしいですわ。私ったらいつ彼に貢いだの?
「あんなにたくさん……!」
たくさん?
私ったら知らないうちにかなり貢いでいたようですわ?
困りますわね。
私には誰よりも愛する夫がおりますのに……
ですが、いつ不貞を働いたのか全く記憶がありません。
どこの人参夫人さん? 本当に私?
「あの、今にも呪われて踊り出しそうな独特の素敵なフォルム……父上と妹はあれを見て悲鳴をあげていたけど……素晴らしい人参だった……!」
そう語る彼の目は生き生きしてキラキラもしている。
「味も文句なしに美味しかった……母上は味にうるさい人だけどあの人参は喜んでいたし……」
「はあ……ありがとうございます?」
お礼を口にしながら、名探偵フルールは考える。
今にも踊り出しそうな美味しい人参……悲鳴を上げた父と妹……喜ぶ母……
(んんん?)
そういえば、この方、さっきなんと名乗っていたかしら?
先程、吹き飛んだ記憶を引っ張り出す。
確か、名前はレ……なんとか。
そして家名がプリュ…………プリュッ!?
思わず吹き出しそうになったそこで、ようやく私はこの彼がどこの誰なのか気付く。
単なる迷子さんだなんてとんでもない。
(プリュドム公爵家の、ま、幻の令息ですわーーーー!)
珍獣……いえ、珍人発見に私は変な血が騒いで大興奮した。
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