241 / 356
241. 名探偵フルールの血が騒ぐ
しおりを挟む珍人発見ですわーー!
あのリシャール様でさえ、一度会ったかどうか……という幻の令息!
レアンドル・プリュドム公爵令息!
(驚きですわ……)
誰に聞いても、会ったことがない、姿を見たことがない……そんな話ばかりでしたのに!
酷いと実在するの? とまで言われてしまっていた幻の令息!
普通に生息していましたわーー!
(どうしましょう! 触って……ちょっと触ってみても……感触を確かめ……)
まさかの珍人発見と遭遇に大興奮した私は、珍獣を愛でるかのように思わず手を伸ばそうとした。
「ん? どうかしたの……?」
「あ、いえ……!」
すんでのところで正気に戻り、慌てて手を引っこめる。
(危なかったですわーー!)
ついつい珍しさに興奮してしまったけれど、この方は生身の人間でしたわ。
ベタベタ触るのは大変失礼ですし、下手すれば痴女扱いされて私が不貞を疑われかねません!
そう。
どんなに珍しくても……
以前、シャンボン伯爵家に迷い込んで来たので一時保護してモフり倒した、変わった毛色の猫ちゃんや、ワンちゃんたちとは違います。
後に、それぞれとてもとても珍しい猫ちゃんと、ワンちゃんだということが発覚して研究者が目を回しておりましたが……
しかし、それくらい今、目の前にいるこの方も珍しい存在ですわ!
「そうだ……! 人参夫人に聞きたかったんだ……あの素晴らしい人参はどうやって手に入れたの……?」
幻の令息は相当、あの人参がお気に入りみたいで、私の不審な行動については気にした様子もなくキラキラした目で訊ねて来る。
私も人参が気に入ってもらえて嬉しいですわ。
「あれは私が公爵家の庭で育てたものですの」
「え……? 育てた……?」
幻の令息が驚いた顔をする。
それは当然の反応だった。
「公爵夫人が畑仕事をするなんて! と眉をひそめる方もいるかもしれませんが、私の夫はとてもとても寛大なのです」
「そっか。モンタニエ公爵……人参夫人の夫は優しい人なんだね……?」
「はい! 私の夫は国宝ですから!」
いつもの調子で私がリシャール様の自慢をすると幻の令息は首を傾げた。
「国宝……?」
「はい! いつも素敵で眩しい最高の夫ですわ!」
「知らなかったな……モンタニエ公爵って国宝だったんだ……」
「キラキラですわ!」
私がそう補足すると幻の令息は感心したように言った。
「凄いや……それは明かりに困らなくて良さそうだね……!」
「ええ、困りませんわ!」
だって、リシャール様が隣にいてくれればいつだって私の心は明るいですもの!
「えっと? それで公爵家に畑……あ! ということは、人参以外の野菜も育てているの……?」
「ええ!」
幻の令息は、そうなんだ……と言ってしばらく黙り込む。
何をそんなに考え込んでいるのかしら? と不思議に思っていたらようやく顔を上げた彼は大真面目な顔で言った。
「では、貴女はただの人参夫人ではなく……野菜夫人だ……!」
「野菜夫人? まあ! その呼び名も新しいですわ!」
「人参以外も育てているなら、他の野菜に失礼かなと思ってね……」
なるほど!
幻の令息は随分細かい気配りをされる方のようですわ。
「でも、畑か……自分にも出来るかな……? 作ってみたいな……あの踊り出しそうな呪われた人参……」
「踊るかどうかは分かりませんが、プリュドム公爵家の庭も広いですし畑に関しては頼んでみたら───」
そう言いかけて気付く。
いけない! 幻の令息は病弱さんでしたわ!
だって、畑仕事はかなりの力仕事。
私もかつて腰痛に苦しめられましたもの。
(気軽におすすめしていい話ではありませんでしたわ)
「うん……駄目元で父上に頼んでみよう……!」
だけど、キラキラした目の幻の令息はやる気に満ち溢れているようで、王弟殿下に頼む気満々のようだった。
(それにしても……想像より元気な方ですわね?)
先程の発言───
心配性な家族がいてね……今、抜け出してここにいることも内緒なんだ。バレたらきっと怒られちゃう……
あれはきっと部屋から抜け出して、こんな所でウロウロしていることを指しているのですわ。
迷子の私を会場に連れて行けないのも、部屋で休んでいるはずなのに姿を見せたら大騒ぎになってしまうからね。
(では何故、部屋を抜け出したのかしら?)
「あの……どうしてこんな所でウロウロしていたのですか?」
「え……?」
「自宅ですし、私のように迷子ということではないみたいなので」
私がそう訊ねると幻の令息は静かに笑った。
「えっと、昔から家でパーティーが開かれると……」
「はい」
「邸の使用人たちが準備に追われて手薄になるんだ……」
「はい」
それはそうでしょうね。
使用人たちは総出で朝からてんてこ舞いですわ。
「……」
「……」
しかし、なぜかそこで幻の令息は唐突に会話を終了してしまった。
(……えっと?)
続きを口にする気配はない。
あ! なるほど……
私は内心で首を傾げるも、彼の言いたいことはすぐに分かった。
「───つまり、あなたは使用人が手薄になる所を見計らって部屋から抜け出す遊びを昔からしていたということですわね?」
「うん……! そうなんだ……でも、次の日は絶対に寝込んじゃって必ず一週間は起きれなくなるけれど……」
「一週間……」
なんて命懸けの遊びをする方なのかしら。
「あ、でも最近は調子がいいから、きっと明日は大丈夫だと思うんだ……」
「そうなのですか?」
「うん……!」
そんなに調子が上向きなら幻が幻の令息でなくなる日も近いのかも───……
そう思った時に重大な事実に気付く。
───待って? ナタナエル様と目の前の幻の令息がそっくりさんな事情がさっぱり謎ですわ!!
つい、ほのぼのして忘れそうになっていましたが。
王弟殿下の子どもは二人兄妹と聞いていますわ。
レ……目の前のこの方と、メリザンド様。
それなのに、ナタナエル様がそっくりなのは何故なの……?
別人認定済みなので、ナタナエル様が変装して私をからかっているわけではありません。
その逆も然りで、幻の令息がわざわざ元、辺境伯領の騎士の変装をするはずもありません。
そうなると二人は親戚……?
いえ、だとしても似すぎていますわ。
(……と、なると)
名探偵フルールによって導き出される答えは一つしかありませんわ!
(なんてこと……)
きっと、ナタナエル様は王弟殿下の────……
「じ、実は───会いたい人がいるんだ……!」
「え?」
そんな名探偵フルールの推理中に幻の令息が何やら力強い口調で言葉を発した。
「会いたい人?」
「そうなんだ……早く元気になって自分の足で会いに行きたい……そう思っている人がずっと昔からいる……」
「まあ!」
何だか幻の令息から並々ならぬ強い決意を感じますわ!
「あ! では、もしかしてその為に抜け出す遊びをしながらご自分の体力確認を?」
「うん……いつも外には出れずに行き倒れだったけど……」
屋敷内で行き倒れ……
相当な病弱さんですわ。
「そんなに会いたい方なら、父親の殿下に頼んでその方をこちらに連れて来て貰うことは出来ないんですの?」
「駄目──それは出来ないんだ……」
幻の令息は辛そうに首を横に振った。
「でも、どうしても……会いたい……」
「……」
(こ、これは!)
再び、名探偵フルールの血が騒いだので私は頭の中で推理を開始する。
会いたい人……これはつまり、幻の令息にはおそらく意中の令嬢がいるということ!
しかし、その令嬢はきっとプリュドム公爵令息と結ばれるには何かしらの問題や困難がある方……
よって王弟殿下に関係を反対されているに違いありません。
そう、これは最近読んだ本にもありました……
(引き裂かれた恋人ですわーーーー!)
幻の令息は早く元気になって、その恋人に会いに行きたい……
そして、きっとその恋人も健気に彼を想って会いに来てくれるのを待っているに違いありません!
(こういうの……こういうのこそ、真実の愛だと思いますわ!)
私は、自分の名推理(という名の妄想)によって導き出した病弱令息の真実の愛の物語に興奮した。
1,558
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる