王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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239. とんだ勘違い

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(な……この仕打ちはなんなの!?)

 着替えを済ませて戻り、扉の前に立ってから既に何分経ったのか。
 誰一人として私に気付く様子がない。
 モンタニエ公爵夫人とリシャール様を囲んでワイワイしている。

(まさか……)

 これも夫人の策略!?
 私を会場から追い出せたのをいいことに、主役に成り代わってやろうって?
 私が戻って来る時間を見越して、いかに自分が人気者なのか見せつけてやろうって魂胆。
 それで腹の中では私のことを馬鹿にして嘲笑って……

(なんて極悪非道な性格の女なの!!)

 ギリッ
 悔しくて唇を噛む。

(なんとしても、あの化けの皮を剥がしてやりたいのに……!)

 皆もリシャール様も騙されているのよ!
 なのに、どうして誰もあの夫人の本性に気が付かないの?
 疑問に思わないの?

 ───無自覚に相手をやり込めて潰している。

 お父様はそう言ったけれど、そんなはずがない。
 絶対に絶対に悪意はある。

(そういえば……)

 お父様はどこに行ったのかしら?
 私はキョロキョロ見回すけど見当たらない。
 夫人を囲んでいる中にもいない。

「……?」

 今更ながら気付いた。
 夫人にお酒を飲ませようとして失敗してから、今の今まで姿を見ていない。
 どこかで休んでいる?  外かしら?

(でも、ちょうど良かったかも)

 だって見られていたら絶対、お小言の一つや二つは言われていただろうから。
 とにかく!
 私は夫人の化けの皮を剥がすまでは絶対に諦めない!
 リシャール様も手に入れてみせる!

(彼以上に私に相応しい人はいないんだから!)


 そうして私は待った。
 皆が私の存在に気付いてくれる時を。
 自分からあの輪に向かうのは、どうしても負けを認める気がしたからプライドが許さなかった。

 だから、とにかく動かずに待って待って待って……待ち続けた。



❇❇❇❇❇



(す、すごい質問攻めですわ!)

 囲まれてからどれくらい時間が経ったのかしら?
 たいして面白くもない話にここまで興味を持つなんて……
 いったいあの話の何が皆様の心をくすぐったの?
 しかも……
 どさくさに、チビフルールの武勇伝は他に無いのですか?
 なんて聞かれてしまったわ。

 ───武勇伝?  
 毎日楽しくのびのびと平凡に過ごしているだけの私に武勇伝なんてありませんわ?

 そう答えたら、よりザワザワして騒がしくなったのは……なぜ?
 私を抱きしめているリシャール様も何故か笑っていたし。
 皆様、パーティーで気分が上がっているんだわ、と結論づけた。


(───そういえば、メリザンド様の着替えはどうなったのかしら?)

 戻って来るのが遅くないかしら?
 そんなことを考え、扉に視線を向ける。

(……あら?  あれは何?)

 扉の入口に先程までは無かったであろうドレスを着た人形?  のようなものがあった。
 “それ”は、直立不動のままピクリとも動かない。
 一体誰があんな所にそんな物を置いたの?
 そう思ったと同時にハッとする。

(人形?  いいえ、違いますわ!  あれは……)

 あれは────幽霊!  
 昔、本で読んだことがありますもの!
 しかも、なにやら禍々しい負のオーラを放っているのを感じるので、幽霊の中でも性質の悪そうな怨霊とかいうヤツですわ!

(初めて見ましたわ……まさか、現実にいるとは)

 普通に考えて、生きている人間ならあんな直立不動のまま微動だにしないなんておかしいですわ。
 何よりあんな所にあるのに……私以外、誰も気にしていない!

「……」
「フルール?  どうかしたの?」
「あ……」

 私の様子がおかしいと感じたリシャール様が顔を覗き込む。
 声色も心配そう。
 リシャール様にはアレが見えるかしら?
 ドキドキしながら私はそっと口を開く。

「だ、旦那様……」
「うん?」
「そ、その……私……」
「……うん」

 私のただならぬ雰囲気から、いい話ではないと察したのか、にこにこしていたリシャール様から笑みが消える。

「どうやら私、ゆ、幽霊が見えるようになってしまったみたいなんですの!」
「え!?」
「しかもその幽霊、性質の悪そうな空気を放っていまして……お、怨霊かもしれませんわ……」

 その言葉にリシャール様だけでなく私たちを囲んでいた人たちもギョッとする。

「幽霊!?  フ、フルール!?  お、落ち着いて?」
「落ち着いていますわ!  で、ですが私の目指す“最強”に幽霊を見ることまでは入っていなかったので……さすがにちょっと驚いていますわ」
「うん。そこまで入っていたら僕も驚くよ」
「そう、ですわよね……」

 私はふぅ、と息を吐く。
 その間も参加者たちはザワザワしていた。

「……えっと、フルール。それで、フルールに見えるその“幽霊”はどこに?  この会場にいるの?」

 コク……
 私は無言で頷いてそっと指をさす。

「と、扉の入口に……ぼうっと立っていますの。先程から全く動きませんわ」
「え!」

 リシャール様を含めた皆が一斉に扉へと視線を向ける。

(ああ!  ほら!  まだ……いますわ!)

 どう見ても先程から全く動いていません!

「──ひっ!  怖っ」
「ほ、本当だわ!?  幽霊って本の中の空想上のものではなかったの!?」
「嘘っ……」

 すると、皆にも同じ姿が見えたようで、令嬢を中心に悲鳴が上がっていく。

 慌てふためく人々。
 連鎖して次々と上がる悲鳴。
 軽くパニック状態に陥っていく人たち。

 ───“ソレ”が幽霊などではなく私の大きな勘違いで、
 戻って来ていた“メリザンド様”だと気付かれるまで、しばし会場は大混乱となった。



────


「うーん、メリザンド様には悪いことをしてしまいましたわ……」

 私は会場から一旦退出し向かった御手洗で手を洗いながらそう嘆く。
 まさか、アレが幽霊ではなく生きた人間でそれも……本日の主役のメリザンド様だったなんて!
 禍々しい負のオーラも感じたし、無理!  あれは気付けませんわ。

「でも、さすがの私でも分かりました……メリザンド様のあの身体のプルプルは怒っていましたわ……」

 謝罪をした時、メリザンド様の身体はプルプル震えていた。
 あの一瞬でメリザンド様は“幽霊令嬢”となってしまったので、怒るのも無理はない。

「リシャール様を諦めさせるはずが余計な火をつけてしまったかもしれませんわね……私だったならあの場でメラメラですわよ」

 ですが、私はリシャール様の髪の毛の一本ですら譲る気はありませんので、これは最強夫人vs幽霊令嬢の負けられない戦いですわ!
 改めてメラッと闘志を燃やす。

「それにしても……メリザンド様は、なぜあんな所で微動だにせず立ったままだったのかしら?  ───あ!」

 なるほど……と思う。
 主催者として、離れていた間に皆の様子や会場に不備が無いかをチェックしていたのかもしれません。
 ピクリとも動かなかったのは不思議ですけれど。

「そういう心配りに関しては今後のためにも見習わないといけませんわね─────……って、ここはどこ?」

 御手洗から戻るのにぼんやり考えごとをしながら歩いていたせいで、なぜかパーティー会場となっている部屋がある区画とは違う場所へと踏み込んでいたことに気付く。
 人も居なければ、見たところ廊下の感じも違う。

「……モンタニエ公爵家もそうですけど……広すぎるのも問題ですわ」

 チビフルール(五歳)は迷子にならなかったのに、まさか公爵夫人フルールになってから、人様のお屋敷で迷子となるなんて……

「……まあ、屋敷の中であることは変わりません。歩いていればそのうち辿り着きますわよね!」

 ヒィさんを引き摺って歩き続けたあの隣国の王宮よりは全然狭いですもの。

「ですから、大丈夫ですわ~」

 私は全く根拠の無い自信を持ちながら屋敷内をウロウロさまよった。




(うーーん、なかなか辿り着きませんわね?)

 ウロウロを続けるも、一向に会場のある部屋の方向に戻れている感じがしない。
 私の野生の勘は凄いはずなのに、どうしてこういう時は力を発揮してくれないのかしら?
 なんて考えていた時だった。

 ───ドンッ

「う、わっ……!?」
「キャッ!」

 突然、曲がり角から現れた人物と体当りしてしまう。
 お互い前を見ておらず、ぶつかってよろけた私たちは互いに謝罪する。

「まさか人がいるなんて……ご、ごめん……」
「い、いえ。私こそ、すみません」

 パーティー参加者の方かしら?
 私と同じ迷子さんかもしれませんわね……と思いながら顔を上げてぶつかった人の顔を見た。

(─────あら?)

 おかしいですわ。
 私は自分の目を疑って目をコシコシする。

「……」

 何度、コシコシしても“目の前の人”の姿は変わらない。

(今日は不参加ではなかったの?)

「──え、えっと、こういう時はなんて聞くんだっけ…………そうだ!  だ、大丈夫、ですか……?  だ……!」

 たった今。
 私がぶつかったその人の姿は、
 最近私の大親友と婚約したばかりの、元辺境伯領の騎士・ナタナエル様にそっくりだった。

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