王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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238. 誰も気付かない

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「その後は、皆からたっぷり怒られてしまいましたわね」

 迷子になったのは私ではなく家族の皆なのに!
 でも残念ながら、私のその主張は通らなかった。
 かっこよくて最強だったお母様が荒々しい怒りの舞を踊る緊張感の中、お父様にたくさん怒られた。

(お母様への弟子入りもやめてくれって、懇願されましたけど……)

 そこはお母様が味方についてくれたので、無事に“最強”を目指せることになりましたわ!

「結果、初めてのおやつ抜きとお代わり禁止令が出されましたわ……五歳で死活問題勃発です」
「……未遂だったとはいえ、誘拐の方が死活問題だよ、フルール」

 そのまま黙り込むリシャール様。
 会場も相変わらず、静まり返ったまま。

(やっばり、面白くない話ですわよね……)

 そう思っていたら、腕を伸ばしたリシャール様にギュッと抱きしめられた。
 リシャール様の珍しい大胆な行動に私はびっくりする。

「ど、どうしましたの!?」
「フルール……本当に君って人は…………」

 今はパーティーの最中!  
 皆が私たちを見ていますわ!?

(ん?  皆……)

 そこで私は思い出す。

 ───なるほど!  これは私たちの仲良しアピール……通称イチャイチャ大作戦ですわね!?  

 それなら、ドンと来いですわ!
 そう思った私はギュッとリシャール様を抱きしめ返す。

「……想像以上にチビフルールがパワフルだった」
「そうですか?  鬼ごっこしていただけですわよ?」
「うん、そうなんだけどね。ただ、僕の知っている鬼ごっこを全てにおいて超えていたと言うか何と言うか……」

 ははは、と苦笑するリシャール様。
 鬼ごっこは鬼ごっこだと思いますけど?

「でも、誘拐も未遂で済んで……とにかく、フルールが無事でよかったって感想が一番かな」
「旦那様……!」

 私は、ふふっと微笑んだあと、えっへんと胸を張る。

「大丈夫ですわ。“未遂”でしたもの!」
「うん」
「それにあの誘拐犯……なんと私には指一本触れられなかったのです!  ですから、全てにおいてあれは“私の勝ち”ですわ!」
「あ……」
「ですが、本当はお母様みたいに、美しく蹴り上げてみたかったのですけど……」

 私が拗ねたようにそう口にすると、リシャール様はもう一度苦笑した。

「───お母様が言っていましたが、私が鬼ごっこをしている間に、組織は壊滅したのでその頃に捕まっていた子どもたち数人も無事に救出されたそうですわ」
「そうか。無事なのは良かったけど……その子たちは怖い思いをしただろうね」
「……ええ、本当に。五分ほどでもやはり恐怖だったと思いますわ」
「え?  五分?」

 リシャール様が目をパチパチさせる。

「他の子どもたちが誘拐されていた時間は五分ほどと聞いていますわ?」
「えっと……?」
「出来たばかりの組織でしたから、あの日が初めて子どもの誘拐を試みた日、だったそうですの」
「……」
「私に声をかけて来た誘拐犯とは別の方が拐った子どもたちだったそうですが、アジトに連れて来られて五分ほどで壊滅させられたそうなので…………って、旦那様?」

 リシャール様がすごく何か言いたそうな目で私を見ている。
 何かしら……?
 変なこと口走ってしまった?
 私はここまで自分が口にした話を振り返ってみる。

(……はっ!  ま、まさか!)

「だ、旦那様、もしかして私が自ら組織に乗り込んで壊滅させたと思っていたから、この顛末にガッカリしています?」
「え!?  ガッカリ!?」
「……さすがに五歳の幼女……最強には程遠かった私にそんな力はありませんでしたわ」
「フルール……」
「着々と最強に近付いている今でしたら、多少無謀でも乗り込んでしまうとは思いますが……」

 私がそう言うと、リシャール様は優しく背中をポンポンとしてくれた。
 この手つき、優しくて安心しますわ。

「えっと……直接、乗り込んでいなくても、組織があっという間に壊滅して五分で誘拐事件が解決したのは、どう聞いても鬼ごっこしていたチビフルール(五歳)のおかげだと思うよ?」
「旦那様……」

(ふふ、やっばりリシャール様は優しいですわ)

「だから、そいつらもフルールに目をつけたのが運の尽きだったね」
「後に聞きましたが、あの誘拐犯は幼女と女性恐怖症になったそうですわ」
「……」

 リシャール様が笑顔のまま黙り込む。

「あの時はよく分からずに口にしていた“一生独り身”と“孤独な寂しい人生”がどうやら本当になってしまったそうですの」
「ん……ま、まぁ、それは自業自得なんじゃない……かな?」
「ま、それもそうですわね」

 そう思ってにこにこしていたら、リシャール様が軽く咳払いをする。

「コホッ…………それからフルール!  こういう事件は起こらないのが一番だけど……万が一!  万が一何かあってもお願いだから今は変な組織に乗り込む前に必ず相談してね?」
「勿論ですわ?」
「約束」
「はい!  約束ですわ!」

 私が笑顔でリシャール様に向かってそう答えたと同時に、これまで静かだったはずの人たちに突然ワッと囲まれた。

(な、なんですの!?)

 どうやら、このフルール誘拐未遂事件こと、“出来たてほやほや誘拐組織壊滅事件”は、スピード解決したうえにあまり大きな被害が無かったこともあり、知っている人は殆どおらず初耳の人が多かった。
 そのせいなのか皆、話を詳しく聞きたいのだと分かった。



 ───そんな多くの人たちに囲まれて対応していた私は、とっくに着替えを済ませて会場に戻って来ていたメリザンド様の姿に全く気付かなかった。
 そして、その姿に気付いていなかったのは、どうやら私だけではなかったようで────……



❇❇❇❇❇



「~~うぅぅ……」

 あのモンタニエ公爵夫人……
 苦手だというお酒を誤って飲ませて、大勢の前で醜態を晒させるはずだったのに……
  
「っっ!  どうして私がこんな目に!!  お気に入りの……最高級のドレスだったのに……うぅ……」

 美しくさも財力も、格が違うと見せつける為のドレス……
 どうして?
 どうして全てがから回るの?

(本当に本当に本当に何者なのよ……)

 何であんなに嘘まででっちあげて執拗く確認して来たわけ?
 あののほほん顔のせいで何を考えているのか……全く分からない。

「いえ…………落ち着くのよ、メリザンド」

 私は必死に自分に落ち着けと言い聞かせる。
 先ほどの私は失敗して恥をかいたうえに、情けない姿を大勢の前で披露した。
 もうこのことは潔く認めるしかない。

「それなら、この状況を利用する……もうこの手しかないわ!」

 “可哀想な私”みたいな女を演じるのは正直、抵抗がある。
 だけど、もうあの得体の知れない夫人に対抗するには、この手しかない。
  
「……今、着替え終えた私が会場に戻れば……確実に笑われる……でも、間違いなく注目は集めるはず」

 とにかく夫人より目立って目立って目立って、“可哀想な私”で皆からの同情を集める!
 そうすればリシャール様だって……

(───行くわよ!)

 着替えを済ませた私は会場へと戻った。




(……大丈夫!)

 パーティー会場となっている部屋の扉の前で私は大きく深呼吸する。

 この扉を開けた瞬間、私は一斉に皆からの注目を集めることになるのは間違いない。
 それは嘲笑かもしれない。
 ───それでも構わない!  とにかく夫人より目立てるのなら!

(そこからが勝負なのだから!)

 覚悟を決めた私は門番に声をかけて扉を開けさせた。

(さあ、どうぞ皆様、私に注も……)

「…………んぁあ?」

 思わず変な声が出た。

 ───なぜならば!

 私の想像では、この扉が開いた瞬間、
『メリザンド様!』
『メリザンド様がお戻りになったわ!』
『まあ、お着替えをされて……プッ』
 みたいな展開になると予想していた。
 それでも、そこからが私の勝負の時……のはずだった。

 しかし、現実は……

(な、な、何なの!?)

 なぜか皆の視線は扉が開いて戻って来た本日の主役、の私ではなく……
 モンタニエ公爵夫人に集中している。
 そんな夫人はリシャール様に抱きしめられながら何か喋っている様子。

(ちょっと!?  だ、誰一人として私のことを見ていないんだけど!?)

 扉が開いたのにこんなことある?
 しかも、なんで夫人は堂々とリシャール様と抱き合っているわけ!?

 暫く呆然とその光景を見つめていた私。
 やがて、夫人の話が終わった。

(話は終わったようね……?  よし!  気を取り直して再度、私が皆の前に登場…………ん?)

 しかし。
 なぜかそのままパーティー参加者たちは興奮した様子でモンタニエ公爵夫人に詰め寄り、彼女を囲い込んで、何やら質問攻めにしている。
 そうして、あっという間に夫人とリシャール様の姿が人に囲まれ見えなくなった。

「……は?」

 それからしばらくの間、主役のはずの私は誰にも気付かれず、見向きもされずに扉の前に一人で突っ立っている羽目になった。
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