王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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259. 出迎えの準備

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 ナタナエル様は続けてこう言った。

「自分から名乗り出るつもりはなかったし、彼らが俺のことを知らないままならずっとこのままでもいいかな?  と思っていたけど」
「ナタナエル!」
「けどもう、黙ったままではいられないよね」
「……」

 アニエス様が心配そうな目でナタナエル様を見つめる。

「大丈夫だよ、アニエス。俺は俺だから」
「え……?」

 ナタナエル様はアニエス様に向かってにこっと笑った。

「だって、俺はこれからもただの“ナタナエル”として、アニエスの隣でずっとヘラヘラ笑っていればいいんでしょ?」

 あら?  アニエス様の顔がボンッと赤くなりましたわ。
 どうやら、アニエス様が以前、ナタナエル様に言った言葉のようで……アニエス様は照れてとっても可愛い顔に。
  
(ふふふ、アニエス様らしい言葉ですわ)

 どのようなシチュエーションでアニエス様が口にしたのかは分からないけれど、きっと二人の気持ちを結びつけた言葉に違いありません!

「俺は何も変わらないよ?」
「ナタナエル……」
「約束する。それに向こうだって会いたがっているとは言うけど、俺に会っても困るだけだよ、きっと」

 ナタナエル様はいつものヘラッとした顔でそう口にする。

(そうかしら?)

 王弟殿下が描いた家族の絵の中ではナタナエル様のことを匂わせていたし、階段から落ちるほど動揺したのも生きていたことが嬉しかったから……
 でも、そのことを……王弟殿下たちの抱くナタナエル様への想いを私が伝えてはダメだわ。
 そう思って私は口を噤んだ。

「旦那様!  帰ったら急いで王弟殿下に手紙を書かなくてはいけませんわね!」
「また興奮して階段から落ちないといいけど」
「……そうしたら、対面は延期ですわね」

 私たちは顔を見合わせて、ふふっと笑う。

「どんな反応するかな……?」
「きっと喜ぶと思いますわ!」

(ですが……)

 もし、無理やりナタナエル様の意思を無視して公爵家に引き入れようとするなど、アニエス様の幸せの邪魔をしようとするのなら……
 私は王弟殿下相手でも容赦しませんわよ!!

 メラッと私の闘志に火がついた。


────


「フルール、燃えているね?」
「分かります?」

 帰りの馬車の中、リシャール様は私の顔を覗き込むと笑いながらそう言った。

「分かるよ。もうメラールはこれまで何度も見て来たしね」
「ふっふっふ。メラメラですわ!」

 すると、リシャール様はクスッと優しく笑った。

「!」

 先程のゾクゾクする冷たいリシャール様とのギャップで更に胸がキュンとする。
 やはり、国宝はいつでもどんな時でも素敵ですわ!
 そう思った私はギュッとリシャール様に抱きつく。

「フルール?」

 リシャール様は抱きしめ返してくれながら、優しく私の名前を呼ぶ。

「ありがとうございます」
「うん?  何のお礼だろう?」
「いつも、私の好きにさせてくれて……のお礼ですわ」

 私が照れながらそう口にするとリシャール様はとびっきりの眩しい笑顔を見せた。

「僕はフルールが可愛い笑顔を振り撒いて元気いっぱいな姿を見るのが大好きだからね」
「旦那様……」

 じっと美しい顔を見つめていたらリシャール様の顔がそっと近付いて来る。
 そしてとびっきりの優しいキスが降って来た。

(私も……大好きですわ)

 馬車がモンタニエ公爵邸に着く頃、車内は私たちの作り上げた甘々な空間が広がっていた。



❇❇❇❇❇



 翌日のプリュドム公爵家────

「な、なんだって!?  ナタナエルが……う、うあぁぁぁ!!」
「……あ、あなた!?  どうしました?」

 モンタニエ公爵家から届いたという手紙をすごい勢いで執事から奪って開封した私の夫。
 夫は、手紙の中身を読むなり叫び声をあげて身体を震わせていた。

(待って……こ、これは)

 この反応はどっち?  
 歓喜なの?  絶望なの?  なんて分かりづらいのよ!

「ナ───ナタナエル……が!」
「ええ、彼はなんて?」
「────わ、私たちに“会う”と言ってくれたそうだ!!」

(歓喜の叫びだった!)

 夫の怪我はまだ治っていないのに、今にもベッドから飛び出して踊り出しそうな勢いで喜んでいた。




「───え……?  ナタナエル……弟が会ってくれるの……?」
「ほ、本当なの!?  お父様!」
「本当だ!  モンタニエ公爵からの手紙にはっきりそう書いてある!」

 その日の夕食時、夫が嬉しそうにレアンドルとメリザンドに手紙の件を伝えた。
 二人とも目を丸くしてかなり驚いている様子。
 いや、レアンドルの目はキラキラに輝いて……いる?

(気のせいかしら?  レアンドル、前より元気になってない?)

 人参を食べた日から、モンタニエ公爵夫人作の野菜を気に入って食べているレアンドル。
 日に日に元気になっていっているような気がする。
 散歩の範囲もグンッと伸びたのにその後、寝込むことは無くなった。
 そういう私も、公爵夫人お手製の果物を昨日から食べたけど、今日は肌の調子が良い。

(噂通り……まさか……野菜にも何かしらの効果が?)

 あのブランシュ様によく似た風変わりな夫人には驚かされることばかりね。

「それで?  私たちがナタナエルお兄様の元に向かうの?」

 メリザンドが夫に訊ねる。

「いや……ナタナエルの方から、こちらを訪ねると言っているそうなんだ」

 夫が顔をしかめた。

「それの何が問題なの?  レアンドルお兄様を長時間外出させるのは難しいし、あちらから来てくれるのは有難い話ではなくて?」

 メリザンドが不思議そうに首を傾げる。
 夫はクワッと目を大きく見開いて叫ぶ。

「バカを言うなメリザンド!  公爵夫人の話だと、ナタナエルも病弱なんだぞ!?」
「え!  そうなの?」
「会いに来る──と言っているのだから、症状は悪くないし動けるのだろう。いや、もしかしたら人に支えられて訪ねてくるのかも…………くっ!  心配だ!!」

 夫が悲痛な表情で頭を抱える。
 もう一人の兄も病弱───
 メリザンドは、今初めてそのことを聞いたようで困惑していた。

「お、お父様。それなら私たちの方から会いに行けば───」
「駄目だ!  手紙によると、我々から押し掛けてくるつもりなら会わないとナタナエルは強く言っているそうなんだ!」
「へえ……?  とっても意志が固いんだね……?」

 レアンドルの目がますます輝きが増して嬉しそうに笑う。
 病弱なのに頑固───……レアンドルもそういう所がある。
 やはり双子なだけあって似ているのかもしれないわね、と思った。

「────だから、とりあえず当日は最高の腕を持った医師を五人待機させることにした!」
「五人……」
「さすがに多くない?」

 レアンドルとメリザンドが顔を見合わせる。

「何を言う!  これでも妻に言われて減らしたんだ!!」
「えー……」
「お父様……」

 夫は子供たちからの冷たい視線など気にせず続ける。

「それから……寒さ対策には毛布は数十枚あれば足りるだろうか?  ぐるぐる巻きにすれば暖かいはずだ」
「寒さ対策?  あなた、今の季節を考えて頂戴!?」
「ん……そ、そうか?  確かに今の時期に毛布はさすがに熱いか……」

(過保護すぎる!  この人を毛布でぐるぐる巻きにしてやりたい!)

 夫の過保護っぷりに私は目を剥いた。

「それとレアンドル!  年頃の男性が好きな物といえば何がある!?」
「え……?  好きな物……?」
「そうだ!  何を貰ったら喜ぶ!?」

(ちょっ……)

 夫はナタナエルにプレゼントでも用意するつもりなのか、今度はリサーチにかかる。
 しかし、これは……
 ───完全な人選ミス!
 夫はレアンドルの性格を忘れてしまったの!?

 そんなレアンドルは少し考える素振りを見せると、にこっと笑って答えた。

「モンタニエ公爵夫人お手製の……あの今にも踊り出しそうな独特のフォルムの野菜……!」
「却下だーーーー!」
「止めてお兄様!  悪夢が甦るぅぅぅ」

(やっぱり……)

 夫とメリザンドがあの変わった形の人参を思い出したのかすごい勢いで否定した。

「……好きな物って言ったから答えたのに……」

 レアンドルは当然ながら不服そう。
 そんなレアンドルを見て、夫は顔を引き攣らせながら笑う。

「どうやら、レアンドルに聞くのは違ったようだな……は、ははは」

(もっと早く気づいて……)

 それより、夫には言っていないけれど、私には一つよく分からないことがあった。
 実は“ナタナエル”という名前を頼りに調べさせたところ、王立騎士団に同名で年頃も合う男性が存在していることが判明している。

(でも、“ナタナエル”は病弱だというし……しかも重病なのよね?)

 それならば騎士団に所属しているのはおかしい。
 そうなると我が子は騎士団にいる人とは別なのかしら。

(───だけど、本当に生きてくれていたなんて夢のよう)

 今回の件、モンタニエ公爵夫人に何か含んだ意図があるのかは分からない。
 けれど、こんな奇跡みたいな事実を私たちに運んで来てくれた夫人に心からの感謝の気持ちが生まれる。

(ナタナエル───いったい、どんな子に成長しているのかしら?)

 見た目以外もレアンドルと似て……いえ、まさかね。
 もしそうなら大変だけど、それはさすがにないわよね。

(でも……この胸騒ぎは何?)


 こうしてポンコツな夫を中心にして私たちは、突然失ったはずのもう一人の息子を出迎える準備を着々と進めた。


❇❇❇❇❇


 それから、約一週間後。
 ナタナエル様とプリュドム公爵家──王弟殿下一家の対面の日がやって来た。

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