259 / 356
259. 出迎えの準備
しおりを挟むナタナエル様は続けてこう言った。
「自分から名乗り出るつもりはなかったし、彼らが俺のことを知らないままならずっとこのままでもいいかな? と思っていたけど」
「ナタナエル!」
「けどもう、黙ったままではいられないよね」
「……」
アニエス様が心配そうな目でナタナエル様を見つめる。
「大丈夫だよ、アニエス。俺は俺だから」
「え……?」
ナタナエル様はアニエス様に向かってにこっと笑った。
「だって、俺はこれからもただの“ナタナエル”として、アニエスの隣でずっとヘラヘラ笑っていればいいんでしょ?」
あら? アニエス様の顔がボンッと赤くなりましたわ。
どうやら、アニエス様が以前、ナタナエル様に言った言葉のようで……アニエス様は照れてとっても可愛い顔に。
(ふふふ、アニエス様らしい言葉ですわ)
どのようなシチュエーションでアニエス様が口にしたのかは分からないけれど、きっと二人の気持ちを結びつけた言葉に違いありません!
「俺は何も変わらないよ?」
「ナタナエル……」
「約束する。それに向こうだって会いたがっているとは言うけど、俺に会っても困るだけだよ、きっと」
ナタナエル様はいつものヘラッとした顔でそう口にする。
(そうかしら?)
王弟殿下が描いた家族の絵の中ではナタナエル様のことを匂わせていたし、階段から落ちるほど動揺したのも生きていたことが嬉しかったから……
でも、そのことを……王弟殿下たちの抱くナタナエル様への想いを私が伝えてはダメだわ。
そう思って私は口を噤んだ。
「旦那様! 帰ったら急いで王弟殿下に手紙を書かなくてはいけませんわね!」
「また興奮して階段から落ちないといいけど」
「……そうしたら、対面は延期ですわね」
私たちは顔を見合わせて、ふふっと笑う。
「どんな反応するかな……?」
「きっと喜ぶと思いますわ!」
(ですが……)
もし、無理やりナタナエル様の意思を無視して公爵家に引き入れようとするなど、アニエス様の幸せの邪魔をしようとするのなら……
私は王弟殿下相手でも容赦しませんわよ!!
メラッと私の闘志に火がついた。
────
「フルール、燃えているね?」
「分かります?」
帰りの馬車の中、リシャール様は私の顔を覗き込むと笑いながらそう言った。
「分かるよ。もうメラールはこれまで何度も見て来たしね」
「ふっふっふ。メラメラですわ!」
すると、リシャール様はクスッと優しく笑った。
「!」
先程のゾクゾクする冷たいリシャール様とのギャップで更に胸がキュンとする。
やはり、国宝はいつでもどんな時でも素敵ですわ!
そう思った私はギュッとリシャール様に抱きつく。
「フルール?」
リシャール様は抱きしめ返してくれながら、優しく私の名前を呼ぶ。
「ありがとうございます」
「うん? 何のお礼だろう?」
「いつも、私の好きにさせてくれて……のお礼ですわ」
私が照れながらそう口にするとリシャール様はとびっきりの眩しい笑顔を見せた。
「僕はフルールが可愛い笑顔を振り撒いて元気いっぱいな姿を見るのが大好きだからね」
「旦那様……」
じっと美しい顔を見つめていたらリシャール様の顔がそっと近付いて来る。
そしてとびっきりの優しいキスが降って来た。
(私も……大好きですわ)
馬車がモンタニエ公爵邸に着く頃、車内は私たちの作り上げた甘々な空間が広がっていた。
❇❇❇❇❇
翌日のプリュドム公爵家────
「な、なんだって!? ナタナエルが……う、うあぁぁぁ!!」
「……あ、あなた!? どうしました?」
モンタニエ公爵家から届いたという手紙をすごい勢いで執事から奪って開封した私の夫。
夫は、手紙の中身を読むなり叫び声をあげて身体を震わせていた。
(待って……こ、これは)
この反応はどっち?
歓喜なの? 絶望なの? なんて分かりづらいのよ!
「ナ───ナタナエル……が!」
「ええ、彼はなんて?」
「────わ、私たちに“会う”と言ってくれたそうだ!!」
(歓喜の叫びだった!)
夫の怪我はまだ治っていないのに、今にもベッドから飛び出して踊り出しそうな勢いで喜んでいた。
「───え……? ナタナエル……弟が会ってくれるの……?」
「ほ、本当なの!? お父様!」
「本当だ! モンタニエ公爵からの手紙にはっきりそう書いてある!」
その日の夕食時、夫が嬉しそうにレアンドルとメリザンドに手紙の件を伝えた。
二人とも目を丸くしてかなり驚いている様子。
いや、レアンドルの目はキラキラに輝いて……いる?
(気のせいかしら? レアンドル、前より元気になってない?)
人参を食べた日から、モンタニエ公爵夫人作の野菜を気に入って食べているレアンドル。
日に日に元気になっていっているような気がする。
散歩の範囲もグンッと伸びたのにその後、寝込むことは無くなった。
そういう私も、公爵夫人お手製の果物を昨日から食べたけど、今日は肌の調子が良い。
(噂通り……まさか……野菜にも何かしらの効果が?)
あのブランシュ様によく似た風変わりな夫人には驚かされることばかりね。
「それで? 私たちがナタナエルお兄様の元に向かうの?」
メリザンドが夫に訊ねる。
「いや……ナタナエルの方から、こちらを訪ねると言っているそうなんだ」
夫が顔をしかめた。
「それの何が問題なの? レアンドルお兄様を長時間外出させるのは難しいし、あちらから来てくれるのは有難い話ではなくて?」
メリザンドが不思議そうに首を傾げる。
夫はクワッと目を大きく見開いて叫ぶ。
「バカを言うなメリザンド! 公爵夫人の話だと、ナタナエルも病弱なんだぞ!?」
「え! そうなの?」
「会いに来る──と言っているのだから、症状は悪くないし動けるのだろう。いや、もしかしたら人に支えられて訪ねてくるのかも…………くっ! 心配だ!!」
夫が悲痛な表情で頭を抱える。
もう一人の兄も病弱───
メリザンドは、今初めてそのことを聞いたようで困惑していた。
「お、お父様。それなら私たちの方から会いに行けば───」
「駄目だ! 手紙によると、我々から押し掛けてくるつもりなら会わないとナタナエルは強く言っているそうなんだ!」
「へえ……? とっても意志が固いんだね……?」
レアンドルの目がますます輝きが増して嬉しそうに笑う。
病弱なのに頑固───……レアンドルもそういう所がある。
やはり双子なだけあって似ているのかもしれないわね、と思った。
「────だから、とりあえず当日は最高の腕を持った医師を五人待機させることにした!」
「五人……」
「さすがに多くない?」
レアンドルとメリザンドが顔を見合わせる。
「何を言う! これでも妻に言われて減らしたんだ!!」
「えー……」
「お父様……」
夫は子供たちからの冷たい視線など気にせず続ける。
「それから……寒さ対策には毛布は数十枚あれば足りるだろうか? ぐるぐる巻きにすれば暖かいはずだ」
「寒さ対策? あなた、今の季節を考えて頂戴!?」
「ん……そ、そうか? 確かに今の時期に毛布はさすがに熱いか……」
(過保護すぎる! この人を毛布でぐるぐる巻きにしてやりたい!)
夫の過保護っぷりに私は目を剥いた。
「それとレアンドル! 年頃の男性が好きな物といえば何がある!?」
「え……? 好きな物……?」
「そうだ! 何を貰ったら喜ぶ!?」
(ちょっ……)
夫はナタナエルにプレゼントでも用意するつもりなのか、今度はリサーチにかかる。
しかし、これは……
───完全な人選ミス!
夫はレアンドルの性格を忘れてしまったの!?
そんなレアンドルは少し考える素振りを見せると、にこっと笑って答えた。
「モンタニエ公爵夫人お手製の……あの今にも踊り出しそうな独特のフォルムの野菜……!」
「却下だーーーー!」
「止めてお兄様! 悪夢が甦るぅぅぅ」
(やっぱり……)
夫とメリザンドがあの変わった形の人参を思い出したのかすごい勢いで否定した。
「……好きな物って言ったから答えたのに……」
レアンドルは当然ながら不服そう。
そんなレアンドルを見て、夫は顔を引き攣らせながら笑う。
「どうやら、レアンドルに聞くのは違ったようだな……は、ははは」
(もっと早く気づいて……)
それより、夫には言っていないけれど、私には一つよく分からないことがあった。
実は“ナタナエル”という名前を頼りに調べさせたところ、王立騎士団に同名で年頃も合う男性が存在していることが判明している。
(でも、“ナタナエル”は病弱だというし……しかも重病なのよね?)
それならば騎士団に所属しているのはおかしい。
そうなると我が子は騎士団にいる人とは別なのかしら。
(───だけど、本当に生きてくれていたなんて夢のよう)
今回の件、モンタニエ公爵夫人に何か含んだ意図があるのかは分からない。
けれど、こんな奇跡みたいな事実を私たちに運んで来てくれた夫人に心からの感謝の気持ちが生まれる。
(ナタナエル───いったい、どんな子に成長しているのかしら?)
見た目以外もレアンドルと似て……いえ、まさかね。
もしそうなら大変だけど、それはさすがにないわよね。
(でも……この胸騒ぎは何?)
こうしてポンコツな夫を中心にして私たちは、突然失ったはずのもう一人の息子を出迎える準備を着々と進めた。
❇❇❇❇❇
それから、約一週間後。
ナタナエル様とプリュドム公爵家──王弟殿下一家の対面の日がやって来た。
1,621
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる