王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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258. 天然騎士の出した答え

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「あ!  アニエス様!」

 私はアニエス様の元に駆け寄る。
 アニエス様は、よほど興奮していたのかよろけて転びそうになっていた。

「ふぅ、危なかったですわ」
「~~~~っ!」
「気をつけて下さいませ」

 私はすんでのところでアニエス様を支えた。
 そんなアニエス様は真っ赤な顔で私を見て叫ぶ。

「は………離して!」
「……」

(ふむ───ありがとう!   大丈夫。でも恥ずかしいからもう手を離して───ですわね?)

 相変わらずの恥ずかしがり屋さんですわ。
 私は微笑ましい気持ちでアニエス様に笑いかける。

「そんなに照れなくても大丈夫ですわ。アニエス様が転ばなくてよかったです」
「!?」

 アニエス様はますます恥ずかしそうに照れて顔を真っ赤にした。
 そして、今度はまるで睨むかのような強い眼差しを私に向ける。

「~~っっ!  フルール様!!」
「……」

(ふむ───そんなことより、ナタナエル様の秘密はどこで知ったの!?  ───ですわね?)

 大親友の考えなら私は全てお見通しですわよ!
 私は、うっかりフルールになった経緯を説明をするために口を開く。

「実は私、プリュドム公爵家のパーティーに参加したところ、迷子になってしまいましたの」
「……は!?  何の話?  迷子!?」

 アニエス様が目を大きく見開く。

(ふむ────迷子になるなんて大丈夫だったの!?  ────ですわね?)

 アニエス様は優しいので迷子になった私の心配をしてくれていますわ。
 さすが、大親友!

「ええ。心配をおかけしましたが見ての通り、私はピンピンしておりますわ!」
「……え?  は?」

 アニエス様が眉根を寄せる。

(ふむ────安心はしたけど危ないからもっとしっかりしなさい!  ───ですわね?)

「ありがとうございます。本当にアニエス様の仰る通りですわね……」
「ちょっ、え?  わたしの!?  何を言って……」

 再び照れるアニエス様。
 こんなにも優しくて可愛らしいアニエス様には絶対に幸せになってもらわねば!
 愛でる会会長として私はますます強くそう決意する。

「アニエス様!  それで私は───」
「フルール!!」

 と、ここでリシャール様が私の名前を呼んで肩をトントンと叩いた。

「どうしましたの?  旦那様?」
「うん……フルール。あのさ、傍から見てる分には楽しいんだけど……」
「はい?」

 楽しい?
 今、楽しい話なんてしていたかしら?
 不思議ですわね。
 私は内心で首を捻る。

「でも、このペースだと全部説明が終わる頃には日が暮れてしまう気がするんだ」
「……それは良くないですわね」
「だろう?  だからさ、僕が代わりに皆に説明してもいいかな?  ───いや、いいだろう?  フルール?」
「!!!!」

 リシャール様は最後のセリフだけは低い声になり、私の耳元でそっと囁いた。
 そして、私にゾッとするほど冷たい微笑みを向ける。

「!!!!」

(あああ!  リシャール様の冷たい微笑み!  ゾクゾクする素敵なその声……好き!)

 最っっ高ですわーーーー!!
 一瞬で蕩けて腰砕けになった私は無言でブンブンと大きく首を縦に振る。
 それを見たリシャール様はもう一度フッと冷たく笑う。
 そして再び私の耳元に顔を寄せて低い声で───……

「────ありがとう、フルール」
「!!!!」

(リシャール様ーーーー!)

 私は一瞬で別の世界へと旅立った。


「え……は?  今度はなに?  フルール様がいきなり溶けたわ!?」

 突然、大人しくなった私を見たアニエス様は驚愕し、目を丸くしていた。


─────


「……と、いうことなんだ」

 リシャール様が蕩けた私の代わりに、
 パーティーで迷子なった私が幻の令息との出会いを果たし、うっかりナタナエル様のことを王弟殿下の前で口を滑らせ大騒ぎになった所までを皆に説明してくれた。

「……そういう……こと」

 話を聞き終えたアニエス様が大きく息を吐く。

「殿下が動揺して足を滑らせた光景が目に浮かぶ……あの方は昔からそそっかしい」

 固まっていた伯爵様も石化が解けて、リシャール様の話を聞き終えると遠い目をしながらそう呟いた。

「……王弟殿下は今すぐ、“ナタナエル”という名前を頼りにナタナエル殿を見つけ出して騎士団もしくはパンスロン伯爵家に乗り込んでいきそうな勢いだった」
「の、乗り込む!?」

 アニエス様がギョッとした。一気に青ざめる。
 その様子を見たリシャール様は慌てて否定する。

「あ、いや。それは今は大丈夫だ。フルールが今は余計なことをしないようにと王弟殿下を脅……こ、交渉したから」
「え、 交渉ですって……?  フ、フルール様が?(出来るの!?)」

 リシャール様の言葉を聞いたアニエス様が驚愕の表情で私の顔を見る。
 目が合った私は、にこっと笑って頷いた。

「そういうことだから、王弟殿下はもう全てを知ってしまったんだ」
「……」
「夫人も、子息のレアンドル殿……ナタナエル殿の双子の兄もね。唯一あの場に居なくて寝込んでいたメリザンド嬢も話は聞いたことだろう」
「……そう、ですか」

 顔を引き締めたアニエス様は、ナタナエル様の方に顔を向ける。
 肝心のナタナエル様はリシャール様が喋りだしてからも、ずっと無言を貫いていた。

「ナタナエル!  あなた、さっきからずっと黙っているけれど何か言いたいことはないの?」
「え?  あ、うん……アニエス」
「ナタナエル?」

 どこか歯切れの悪い返事をするナタナエル様を見てアニエス様の顔色が変わる。

「実は俺、さっきからもうずっと気になって気になって仕方がないことがあって」
「え……」

(気になって仕方がないこと?)

 何かしら……
 部屋の中が緊張に包まれた。
 この部屋にいる全員がドキドキしながら次の言葉を待つ。

「あの、モンタニエ公爵夫人……」
「はい」

 ナタナエル様はじっと私の顔を見る。
 どうやら、私に聞きたいことがあるようですわね。

(何でもどうぞ!)

 双子の兄、レ……幻の令息のお顔の特徴でも、国宝泥棒を企んで幽霊令嬢という名前を手に入れたメリザンド様のことでも、興奮した王弟殿下が足を滑らせた時の状況のことでも、何となく私のお母様と同じ匂いがした公爵夫人のことでも!

(何でもお答えしますわ!)

 そんな気持ちで私はナタナエル様の顔を見つめ返す。
 すると、ようやく覚悟を決めた様子のナタナエル様はものすごーーく深刻な表情を浮かべた。
 ────この表情!  この躊躇い方!  これは絶対に深刻な話!
 この部屋にいる全員がそう感じた時、ナタナエル様がついに口を開いた。

「────プリュドム公爵家の屋敷ってさ……そんなに広いの?」

(……ん?)

 部屋の中がしんっと静まり返る。
 ナタナエル様と私以外の皆がそれぞれ顔を見合わせている。

「アニエスには言ったんだけど、俺、方向音痴なんだ」
「まあ!」
「とりあえず、迷ったあとは目の前にある壁とか障害物を破壊して動くんだけど、大丈夫かな?」

 ナタナエル様は真剣な顔で訪ねてくる。

「……破壊行為ですの?  ……それはさすがに王弟殿下も泣いちゃうと思いますわ」
「だよね。やっぱり屋敷は相当広い?」
「ええ……広いですわ」
  
 私たちが深刻な顔で頷き合っていると、ナタナエル様の横にいたアニエス様が動いた。
 ガッとナタナエル様の胸ぐらを掴む。

「ナタナエルーー!」
「ん?」
「とってもとっても深刻な顔をしていたから、珍しく悩んでいるのだと思えば……」
「うん、悩んだ!  だって方向音痴には辛いお屋敷みたいだし、壊したら怒られるよなぁって」

 ナタナエル様はヘラッと笑ってそう答えた。

「そこ!?  そこなの!?  こうもっと……葛藤とか、他に考えることあるわよねーーーー!?」
「え、あ、他に?  そう言えば───そうだよね」

 アニエス様の言葉にナタナエル様がハッとする。
 その様子を見たアニエス様はホッと胸を撫で下ろした。

「……!  そうでしょう?  良かっ……」
「俺とレアンドルってどれくらい似ているのかなぁ?  どうだった?  モンタニエ公爵、夫人!  二人はレアンドルに会ったんだよね?」
「……え?」

 ナタナエル様がキラキラした目で私たちに問いかける。
 だけど、リシャール様がポカンとした目で固まったので、代わりに私が答えることにした。

「パーツは殆ど同じです!  ですが違いは───眉毛の角度がお兄様の方が若干下がっていまして、目の離れ方もナタナエル様より数ミリ程度だけど離れていましたわ!」
「へぇ……?」
「それから、鼻はナタナエル様の方が少し高めで、唇はお兄様の方が厚め。耳たぶはナタナエル様のほうが厚みがありそうです!」
「うーん……違いはそれくらいか。つまりは別人認定は出来るけどよく似ているってことでいいかな?」
「ええ!  その通りですわ!」

 私が大きく頷くとアニエス様が元気いっぱいに叫んだ。

「ナタナエルーーーー!」
「いやいや、これは重要なことなんだよ、アニエス」
「?」

 ナタナエル様は興奮したアニエス様の背中をポンポンしながら優しく宥める。

「あまりにも屋敷が広いと俺も迷子になっちゃうだろうし、レアンドルと俺があんまりにもそっくりで皆が間違えたら困るだろう?」
「…………は?」
「ん?」

 ポカンとするアニエス様に向かってナタナエル様は不思議そうに首を傾げる。
 アニエス様がハッとした。

「ナタナエル?  あ、あなた……」

 ナタナエル様はアニエス様に向かってにこっと笑う。
 そして、こう言った。

「────俺は彼らに会いに行こうと思う」
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