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第33話
しおりを挟む優しく私を抱き締めながらエリオス殿下は言った。
「セシリナ……今日、君は家に帰らない方がいいと思う」
《王宮に部屋を用意させるから泊まっていくといい》
「王宮にお泊まり……ですか?」
「うん。バルトーク伯爵家は今、混乱していると思うから」
「あ……」
お姉様が拘束されて我が家が大騒ぎになっているのは確実だ。
私は、そうよね……その通りかも。
と、頷きかけたのだけれど……
《なんて半分は口実で、単純にセシリナを帰したくないって気持ちの方が強かっただけだったりする》
「殿下っ!!」
「ははは」
「もう!」
《夜這いに行こうかな?》
「っ! だから~~……!」
「顔が真っ赤になったな、可愛い」
「むぅ。からかってます?」
「まさか!」
《本気だよ!》
「~~っっ!!」
殿下は心の声を巧みに使いながら私を翻弄し、何だかんだで王宮に泊まる事になった。
コンコン
そしてその夜。
部屋の扉がノックされたので、まさか……と思うと本当にエリオス殿下が訪ねて来た。
「……エ、エリオス殿下」
「はは、その顔は本当に来た! って顔だね?」
「だ、だって!」
エリオス殿下は優しく笑いながら私の頬に手を伸ばす。
《せっかく“おやすみ”と直接言える距離にいるんだ。セシリナの顔を見て言いたいじゃないか》
「ず、狡いです! そんな目でそんな事を言うのは!!」
「そう? まぁ、僕もどこか浮かれてるのかな?」
「浮かれて……?」
私がちょっと首を傾げると、エリオス殿下が「そうだよー……」と言いながら顔を近付けて来て、チュッと軽く唇にキスをされる。
《さっき出来なかったから……》
「!」
《セシリナは僕の婚約者だって世間にも公表された事に浮かれてるんだよ》
《こういう事をしても怒られない》
そう言ってもう一度、唇を重ねてくる。
「ん……」
いや、さすがに時と場所は……
確かにエリオス殿下は、ちょっと浮かれているのかもしれない。
(だけど、それは私もだわ)
《だけどね? 一番嬉しいのはセシリナ……君を堂々と守れる権利を得られた事なんだよ》
《僕はずっと、セシリナをあの家から連れ出したいと思っていたから》
《なるべく早めに君を王宮に迎えたい》
「ーー~~!!」
「愛してるよ、セシリナ」
《ずっとこうしていたい》
一旦、唇を離した殿下が私の耳元でそう囁く。
そして、私が顔を赤くしたのを見て満足そうな顔をすると、「足りない。もっと……」と言って再び私達の唇が重なる。
(殿下がひたすら甘い……)
こうして、エリオス殿下の正式な婚約者として発表された日の夜は、甘く甘く過ぎていった。
****
そして、翌日。
私はエリオス殿下に連れられて、お姉様が拘束されている牢屋へと向かう。
当たり前だけれども、牢屋に足を踏み入れるのは生まれて初めてだ。
「大丈夫?」
「大丈夫です」
「……マリアン嬢は供述を拒んでるらしいよ」
「そうなんですか……」
エリオス殿下は少し目を伏せながら言った。
お姉様らしいと言えばらしいのかもしれない。
エリオス殿下に案内されながらお姉様の居る場所へと足を進める。
そうして辿り着いたその場所で、お姉様はぼんやりとした顔で座っていた。
「……お姉様」
「……っ! セシリナっっ!!」
私が声をかけるとお姉様は憎悪の籠った目で私を見た。
(元気が無いのかも……と思ったけれど違った。いつも通りだわ)
「よくものこのこと現れたわね! あんたのせいよ! あんたのせいで私はこんな所にっ!!」
「違いますよ。私のせいではありません。全部お姉様が勝手にした事です」
大人しく家で謹慎していれば。
アンネマリー様とおかしな企みをしなければ。
きっと、こんな事にはならなかった。
「どうして私がこんな目に合わなくちゃならないのよ!」
「……」
「おかしいでしょう? セシリナなんかが王子妃になれるのに、どうして私はこんな所に入れられているのよ!!」
「お姉様がちゃんと現実を受け入れなかったからです!」
王家に睨まれる程……相手の迷惑を省みる事もせず、ひたすらギルディス殿下を追いかけ続けたお姉様。
そしてギルディス殿下の婚約を受け入れられないまま歪んだお姉様の思いは、更に暴走していった。
「現実?」
「そうです、現実。お姉様は単なる当て馬令嬢に過ぎなかったんです! その事をしっかり受け止めて下さい!」
「あ、当て馬ですって!?」
お姉様が眉間に皺を寄せる。
あ、いけない。つい真実の事を……
ご、誤魔化さないと!
「……えっと……お姉様、私はエリオス殿下の事が好きなんです」
「は?」
「王子だからではなく、一人の男性として、“エリオス様”の事が好きなのです」
「はぁ? だから、何なのよ!」
お姉様がさっきよりも苛立ち始めた。
「そしてエンジューラ様も“ギルディス様”の事が大好きなんです」
あれから、エンジューラ様とも話をした。
心の声を聞かなくてもエンジューラ様はギルディス殿下の事を想っているのが伝わって来た。
「では、お姉様は?」
「何よ?」
「お姉様はギルディス殿下の事を本当に好きでしたか? 男性として! 殿下が王子でなくても好きになりましたか?」
「何を言ってるのよ、当たり前でしょ! そんなのー……」
そこまで言いかけてお姉様は黙り込んだ。
「……だから、お姉様は選ばれなかったんですよ」
元々、お姉様がギルディス殿下の好みでは無かったと思われる事は黙っておこう。
あんなに美人で強いエンジューラ様とお姉様は真逆だから。
「……」
黙り込んだという事は……少しは伝わったかな?
それなら、いいのだけど。
──だけど、私が今日無理を言って牢屋に連れて来て貰った目的は別にある。
「お姉様、手を出してください」
「は? 何でよ」
「いいから。出してください!」
私は格子の隙間からお姉様の手をちょっと強引に取る。
今日の私は手袋を着けていない。
「何なのよ……!」
《本当に本当にどこまでも腹が立つ妹だわ》
「……お姉様は、私の事が嫌いですか?」
「はぁ!? 何をいまさら馬鹿な事を聞いているのよ! 嫌いに決まってるでしょう?」
《大っ嫌いよ! 大嫌いに決まってるわ》
さすがお姉様。ブレない。
「いつから嫌いでしたか?」
「そんなの覚えてないわよ!! 嫌いなものは嫌い! それだけよ!」
《先に私の事を嫌ったのはそっちよ!》
「!!」
《…………ある日を境に突然オドオドし始めて……手袋とか着けだして……》
《何を聞いても暗い顔をして答えてくれなかった》
《私達、家族を避けるようになったのは、セシリナの方からだったくせに!》
「……」
──あぁ、やっぱりそうだったんだわ。
どうしても、会えなくなる前にこの事を確認したかった。
始まりは私。
ある日、突然気付いてしまったこの力を私は受け止められなかった。
リンの言葉から始まり、お母様の本音を聞いてしまったあと、誰の事も信じられなくなって壁を作ったのは私からだった。
(だって思い返せば、子供の頃の……力に気付くまでの私とお姉様はここまででは無かった……)
「……分かりました。ありがとうお姉様……」
「……」
「どうか、この先もお元気で」
(ごめんなさい、お姉様)
私はそれだけ言ってお姉様から手を離す。
お姉様からの言葉は無かった。
そして、少し離れた所で静かに見守っていてくれたエリオス殿下の元に戻った。
「……いいの?」
「充分です。ありがとうございました」
《お疲れさま、セシリナ》
エリオス殿下は、優しく私の頭を撫でてくれた。
「エリオス殿下」
「うん? どうしたの?」
牢屋から部屋に戻る途中、私は一旦足を止めて殿下に声をかけた。
「私、強くなりたいです」
「え?」
「力を言い訳にして逃げるのではなくて……ちゃんと向き合って、この力を受け入れて生きていけるようになりたいのです」
ある日、突然現れた力だから。
もしかしたら、無くなる時も突然なのかもしれない。
だけど、そんな日が来るのかは分からない。だから、私はこの力と共に生きていく事をしっかり考えなくてはいけない。
幼かった私が家族にしたような事を二度と繰り返さない為にも、人の事を信じる事が出来る私になりたい。
今なら大丈夫だと思えるの。
──だって、もう私は一人じゃない。殿下もいてくれる。
あの日、わけが分からずに混乱して一人で泣いていた子供の頃とは違うから。
「セシリナ」
エリオス殿下がそっと私の手を取る。
そして、その手の甲にそっと口付けた。
《それなら、僕は全力でセシリナを支えると誓うよ》
「……ありがとうございます」
その気持ちが嬉しくて、私は微笑みながらお礼を伝えた。
エリオス殿下はそんな私をいつものように優しく抱き締めた。
(この温もりが大好きなの……)
「そうだセシリナ! 明日、約束していたデートをしよう」
「はい?」
今日は帰宅する事になり、私を屋敷まで送ってくれた後の別れ際にエリオス殿下が突然そう口にした。
「それも、お忍びデートをしようよ」
「お忍びデート?」
いつものデートと何が違うのかしら?
「平民の格好して街に行こうと思って。セシリナもどう?」
「えぇ!?」
「ははは、案外、バレないものだよ」
この言い方……!
それはつまり、エリオス殿下は、よくお忍びで街に行っている、と?
本当にこの王子様は!
「だから、セシリナもここ最近の事とか、伯爵令嬢だとか難しい事は考えないでさ、のびのび楽しもうよ」
「エリオス殿下……」
(もしかして、これは私を元気づけようとしている……?)
殿下の顔を見上げると、優しく微笑んでいた。
──あぁ、やっぱり私はこの人には敵わない。
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