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3. 前世の記憶とかいう言い訳
しおりを挟む「ナターリエ……み、見……」
「あんなに堂々と手を繋いで歩いていて誰にも見られていない、などとよく思えましたね?」
「……っ」
ハインリヒ様がまたしても息を呑み、完全に目を泳がせている。
そして、おそるおそる口を開いた。
「ち、違うんだ……」
「違う? どこからどう見ても浮気でしたけど?」
「そ、そうじゃない……! あれは」
「あれは?」
「……っ」
そこで言葉を切ったハインリヒ様は「あぁー」とか「うぅー」とか言っていて全然先に進む気配がないことに私は苛立ちを覚える。
そんな私の気配を感じたのか、ハインリヒ様はようやく続きを口にした。
「ナターリエ……その、すまない。こんな話……信じて貰えないかもしれないが」
「……」
(こんな話?)
「実は……僕には前世の記憶があるんだ!」
「───はい?」
てっきり浮気を認めたの“すまない”かと思ったのに、全然違う話が始まったので声がひっくり返ってしまった。
(……前世の記憶? 前世ってなに?)
私の動揺が伝わったのかハインリヒ様が説明を始めた。
「前世……つまり、今の自分として生まれる前に生きていた頃の人物の記憶がある……ということなんだ」
「……? 待ってください。それと今回の話にいったいどんな関係があるのですか?」
今の自分……つまり、ハインリヒ様として生まれる前に生きていた頃の人物の記憶?
つまり、生まれ変わりっていう概念であっているのかしら?
(……そんなことがありえるの?)
そして、それだとあの女性と浮気のような行動をした意味が全く分からないわ。
なぜ、突然前世の記憶なんて言い出したの?
疑問しか浮かばない。
「だから……つまり……その、彼女は──僕の前世での知り合いなんだ!」
「え?」
「先日に行われたとあるパーティーで声をかけられたその瞬間、僕は自分の前世を思い出したんだ」
「……」
私は頭を押さえてため息を吐く。
さっぱり駄目だわ。
全然、頭の中の理解が追いつかない。
これは、一つ一つ整理していかないと理解出来る気がしない。
そう思ったので、まずはずっと気になっていたことから確認することにした。
「ハインリヒ様……まず、先に教えてくれませんか? その前世云々とやらは置いておいて、あの女性はどこの誰なのですか?」
「え? ……あ、あぁ、そうか。彼女はヴァネッサ・シュトール嬢……最近、シュトール男爵家に引き取られたばかりの令嬢なんだ」
「最近?」
「シュトール男爵の奥方が亡くなって、最近再婚した妻の娘だ。と言ってもシュトール男爵の実子だそうだけど」
「ああ……そういう……」
だから、私の知らない人だったのね、と納得した。
最近、引き取られたばかりなら社交界で見かけたことがなくても不思議ではない。
「それで、そのヴァネッサ嬢とはパーティーで顔を合わせたのが初めてですか?」
「うん……声をかけられた───その時、彼女は僕を見て小さな声で“アルミン”と言ったんだ」
「アルミン?」
誰のこと?
そう思って怪訝な顔をしたら、ハインリヒ様は言った。
「“アルミン”は僕の前世の名前だよ。なんだかその名前に聞き覚えがある……そう思った瞬間、前世の記憶が一気に戻ってきた」
「……」
(ほ、本当にそんなことがありえるの?)
正直に言うと信じられない。
だけど、彼は大真面目な顔で話をしている。
私の知っていた彼はこんな嘘をつく人ではなかったはずだけど……
(……でも、よく分からなくなってしまったわ)
とりあえず……ハインリヒ様は最近、貴族に仲間入りをしたというヴァネッサ・シュトール男爵令嬢にパーティーで声をかけられた。
そこで彼女の呟いた“アルミン”という言葉で自分の前世を思い出した……ということらしい。
「……」
簡単には信じられない話だけれど、とりあえずもうこれは順番に聞いていくしかないわ。
そう思って私は質問を続けることにした。
「……では、知り合いと言っていましたが、ヴァネッサ嬢とハインリヒ様の前世……の関係性はなんなのですか?」
「僕が前世で過ごした国はパルフェット王国という名前の国で、彼女はその国のお姫様だった人なんだ」
「パルフェット王国? お姫様……?」
世界地図を頭に思い浮かべてみるけれど、そんな国の名前に心当たりはない。
今はもう無い国? それともやっぱり適当な嘘?
けれど、何だか妙に気になる国の名前だわと思った。
「それで、僕……アルミンはそんな姫の護衛騎士だったんだ」
「護衛……騎士」
とりあえず、そこで二人の接点はあるのね?
そう思った私にハインリヒ様は更なる爆弾発言をした。
「そして、アルミンはずっと姫に恋をしていた……」
「は、い? 恋……ですか?」
ハインリヒ様は少し悲しそうな顔で頷く。
「そうなんだ。ただ、姫と護衛騎士という関係だったから叶わぬ恋だったけど」
「叶わぬ恋……」
「…………ヘンリエッテ様」
“ヘンリエッテ”
ハインリヒ様は遠い目をしながらそのかつて恋をしていたというお姫様の名前を呟いた。
私はまたため息と共に頭を押さえた。
困ったわ。
ズキズキと頭まで痛んで来た。
これは絶対、私の脳内が理解することを嫌がっているのだと思うわ。
「───つまり、僕は前世の記憶を思い出して大好きだった女性と再会したんだ」
「……」
「ああ! だけど誤解しないでくれ! ただただ、あまりにも懐かしく今世でもう一度姫に会えたことが嬉しくて……それで彼女と前世についてあれこれ話をしていただけなんだ!」
「だけなんだって……」
そう言われて私の脳裏に甦るのは、恋人繋ぎして手にキスまでしていたあの姿……
「そうは言いますが……では親密そうに彼女と手を繋いでその手にキスをしていたのはなんだったのですか?」
その言葉にハインリヒ様の身体がビクッと震えた。
明らかに動揺している。
「え、キス……を見て……?」
「ええ、そうです。私には、ただの浮気の場面にしか見えませんでした」
「違っ! あ、あれは、そういうのではないんだ!」
ハインリヒ様が必死に首を横に振ってそう訴えてくる。
「その、手を繋いだのは……姫が……彼女が昔、こうやって僕と手を繋いでみたかったと言うからその願いを叶えてあげたくてしただけなんだ!」
「……」
「手へのキスは当時、姫に忠誠を誓った時の話をしていたんだよ。それでその再現するフリを……フリで本当にしたわけじゃない!」
「……」
(駄目だわ……)
ハインリヒ様の語る前世とやらの話が本当のことで嘘ではなかったのだとしても……これはない。
前世の彼がどれだけそのお姫様のことが好きだったか私には分からないけれど、少なくとも今、これは立派な婚約者への裏切り行為だわ。
「その……ナターリエに誤解させるような行動をしたことは謝る……すまない。軽率だった!」
「……」
「む、難しいとは思うが僕の話を信じてくれないか?」
「……」
「ひ……姫とまさかの再会が出来たことで、過去を思い出してほんの少し浮かれてしまっただけなんだ……!」
────決してナターリエを裏切るつもりは無かった!
ハインリヒ様は必死になって私にそう訴えて来た。
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