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13. 推測すると……
しおりを挟む精神的にかなり疲れたガーデンパーティーの翌日。
私はマリーアンネ様の元を訪れた。
朝、早馬で呼び出しがあったからだ。
馬車に揺られ外の景色を見ながら私は思う。
(これ、絶対に昨日の話がマリーアンネ様の耳に入ったに違いないわ)
そうして王宮に到着しマリーアンネ様の元を訪ねると、マリーアンネ様は待ってましたと言わんばかりに飛びついて来た。
「聞きましたわよ、ナターリエ! あなた昨日、浮気女と戦ったそうじゃない!」
「……」
さすが、マリーアンネ様と言うべき?
情報を耳にするのが早すぎるわ。
「ああもう! 悔しいわ! どうしてそんな面白そ……大事なパーティーにわたくしは行けなかったのかしら!」
「……」
(今、面白そうって言いかけなかった?)
「…………マリーアンネ様?」
「うっ」
私がじとっとした目で視線を向けたらマリーアンネ様は、ホホホと笑って誤魔化した。
「コホンッ……そんな冗談はさておき……ナターリエ、大丈夫でしたの?」
今度のマリーアンネ様は本気で心配してくれている。
だって、ヴァネッサ嬢からすればハインリヒ様の婚約者の私という存在は邪魔者──誰もがそう考える。
だから、マリーアンネ様も話を聞いて心配してしまい呼び出した……
でも……
「それが、なんだか様子がおかしい……おかしかったのです」
「おかしかった? どういうこと?」
「……私、ヴァネッサ嬢にはっきりとハインリヒ様のことなんて要らないと言ったのですけど───」
パーティーの時のヴァネッサ嬢の話をしたところ、マリーアンネ様も首を傾げていた。
「つまり、ヴァネッサ嬢はナターリエにハインリヒと結婚して欲しいと願っている、ということ?」
「はい……それが、何故なのかどうしても考えても考えても意味不明で分からなくて」
ハインリヒ様やベルクマン侯爵夫妻が抱く思惑に関しては、前侯爵の存在もあるし……想像がつきやすい。
でも、ヴァネッサ嬢に関しては色々と予想してみるもこれだ! と言える考えが浮かばなかった。
だって、自分の好きな人が他の女性と結婚することを望む理由ってなに?
もし、こっそりハインリヒ様と関係を続けるにしても、バレたら世間からはかなり白い目で見られることになるのに。
「そうね……わたくしにもよく分からないわ」
「マリーアンネ様……」
「強いて言うなら──実はハインリヒは隠れ蓑で本命が別にいる、とかかしら?」
「え?」
それなら、確かにハインリヒ様をどうぞ……と言われて戸惑うのは分かるわ。
そして、ハインリヒ様にとっては地獄で私にとっては面白いことになるけれど……
(うーん……)
でも、それだとわざわざデート三昧していたことや、これからもハインリヒ様と会うことを許して? などと言っていた意味が分からない。
そこだけを思えば、ヴァネッサ嬢の本命はハインリヒ様にしか思えないわ。
私がそう口にすると、マリーアンネ様も「そうですわね……」と言って一緒になって頭を抱えることになった。
「発言に深い意味などなくて、ナターリエを混乱させるためにわざと適当なこと言ったのかもしれませんわよ?」
「え……」
それからも、色々意見を出し合ったけれど完全に行き詰ってしまう。
二人でがっくり頭を下げながら、大きなため息をついた時だった。
「───おそらくだけど、その話、ただただナターリエのことを苦しめたいのだと俺は思う」
「「!?」」
部屋の入口付近から聞こえたその声に、私たちはガバッと勢いよく顔を上げる。
そして慌てて声のした方に振り向くと、そこに居たのは──
(……リヒャルト様!)
リヒャルト様とお会いするのはあの上着を貸してもらって泣いた日以来だった。
あの日のことを思い出してしまい、リヒャルト様の姿を見て私の胸がトクンッと鳴った。
「お、お兄様!?」
「はは、失礼。ちょっとお邪魔させてもらうよ?」
リヒャルト様はそう言って、何やらコソコソした様子で部屋に入って来る。
しきりに部屋の外の様子を気にしていることから、まるで何かから逃げて来たみたいに思えた。
「いくらお兄様でも突然現れて乙女の会話を盗み聞くなんて無粋ですわよ──って怒りたいところですけど、それよりも今の発言はどういうことですの?」
マリーアンネ様は勝手に部屋に入ってきたことを怒りつつも、先程の発言が気になって仕方がない様子。
「ナターリエを苦しめたいと言いましたわよね? なんですのそれ、許せません。どういうことですか!」
私も気になったので、無言でじっとリヒャルト様の顔を見つめた。
私の視線に気付いたリヒャルト様もこっちを見つめ返してきたので自然と私たちの目が合う。
───ドキッ
なぜか、私の胸がまた跳ねた。
(な、なんで……? 目が合っただけ、なのに……)
これまでだって目が合うことは何度もあったし特別なことではないはずなのに……
そんな内心で大きく動揺している私の傍まで来たリヒャルト様は言う。
「その令嬢はナターリエのことがよほど憎いのだろう」
「憎い? 私を……」
その言葉にショック───などは全く受けず、それはそうよね、と思う。
昨日も友好的に微笑まれた時は不気味だと思ったもの。
「……そのハインリヒの浮気相手の令嬢は、よほど自分がハインリヒに愛されているという自信があるのだろうな」
「ハインリヒ様に愛されている……」
「……自信?」
私とマリーアンネ様は顔を見合わせる。
そんな私たち両方の顔を見ながらリヒャルト様は説明してくれた。
「簡単なことだ。このままハインリヒとナターリエが結婚したとして、その後ハインリヒに最も愛されているのは妻となったナターリエではなく自分なのだと勝ち誇りたいんだよ」
「……え?」
勝ち誇りたい?
それって、私が昨日も感じたあの……私の方が愛されちゃってごめんなさいね? ってやつ?
「なにそれお兄様! もしそうだとするなら……そんなの最っっ低ですわよ!?」
「ああ、最低最悪だ」
マリーアンネ様が憤慨する横でリヒャルト様も静かに怒っている。
もちろん、私もムカムカして来ているけれど。
「そうなったら、ナターリエは必ず苦しみ思い悩むだろう? つまりその令嬢は、ナターリエのそうやって苦しむ顔がとにかくみたい、そんなところだと俺は推測する」
(私が苦しんで思い悩む……)
そこで私はハッと気付く。
「それって、もしも私がそんな結婚生活に耐えられずにハインリヒ様に離縁を申し出たりしたら……」
「……」
リヒャルト様が無言で頷く。
「でも、彼女……ヴァネッサ嬢も世間からは不貞したという白い目では見られますけど……」
「そんなの! どう考えても離縁するナターリエの方が負う傷が深いじゃないの!」
マリーアンネ様が激怒する。
それはその通りで、どんな理由があったにせよ、一度夫に離縁された女性に対してまだまだ世間は厳しく女性側は再婚も難しくなる。
(私はハインリヒ様に愛されない惨めな結婚生活をおくり……そのことに苦しみ耐えられず離縁をしてしまえば世間からは腫れ物扱い……)
これは確かに苦しい。
でも、ヴァネッサ嬢だって無傷では済まないのにそうまでして私が苦しむ所を見たいと言うの?
「悪趣味すぎるわ…………それで最終的にヴァネッサ嬢は私の後釜を狙いたいということ……?」
「うん……あくまでも俺の推測、だけど」
「……」
私が憎い?
だから、自分の方が愛されている所をバンバン目撃させて、私が苦悩するところをみたいってこと?
(何よそれ……!)
でも、これって私がハインリヒ様と婚約破棄出来れば嫌でも流れてしまう話……よね?
だから、ヴァネッサ嬢は焦っていた……?
だってこのままでは私とハインリヒ様は結婚しないから。
どちらにせよ、私のやるべきことは変わらない。
────一日でも早い、ハインリヒ様との婚約破棄……よ!
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