【完結】ある日、前世で大好きだった人と運命の再会をしました───私の婚約者様が。

Rohdea

文字の大きさ
13 / 44

12. どうぞ、と言ったのに

しおりを挟む


 先程までの震えと涙はどこへやら。
 ヴァネッサ嬢は目を丸くしたまましばらく私を見つめると急に慌て始めた。

「い、いらない?  どうでもいい?  ナターリエ様は、な、何を言っているのですか?」
「何って、本当のことを言っただけですけど?」

 ヴァネッサ嬢は信じられない!  そんな表情になって声を荒らげてくる。

「ハインリヒ様は、ナターリエ様の結婚間近の婚約者なんですよね!?  どうしてそんな酷いこと言えるんですか??」
「……」

 その言葉に私は眉をしかめる。
 ハインリヒ様もそうだったけれど、ヴァネッサ嬢も同じね?
 二人ってすごくお似合いなんじゃないかしら?

「どうして、とは?  ヴァネッサ様……あなたがそれを言うのですか?」
「え?」

 私の声が低くなったからか、ヴァネッサ嬢がビクッと震える。

「ハインリヒ様はあなたと会うために私に嘘を吐き続けました。そして、そのことを問い詰めた私に言い訳として前世のことを話して来たのですよ?」
「……?」

 ヴァネッサ嬢はそれが何?  と言いたそうだ。

「その時の私の気持ちが分かります?  私の心は冷えました」
「冷え、て?」
「そうです。前世を言い訳にして自分のしたことを正当化しようとする不誠実な対応……私はハインリヒ様のことを何一つ信頼することが出来なくなりました」

 ヴァネッサ嬢が、あ……と声を上げた。

「信頼すら出来ない───そんな相手と結婚生活が送れるとでも?  そんなの愛情を必要としない政略結婚だとしてもごめんです」
「……ですけど!  わたしたちが会っていたのは……ただお互い懐かしかっただけで──」

 まだそれを言うのかと呆れた。

「いい加減にしてください!」
「……!?」
「何でもかんでも前世、前世……ハインリヒ様もヴァネッサ様も、前世が~と言えば何でも許されると思っていませんか?」
「まさか!  そ、そんなことないですよ?」

 ヴァネッサ嬢は否定するけれど、私は首を横に振る。
 そう言われても信じられない。

「私にはあなたとハインリヒ様の前世の仲がどれだけ親密だったのかは分かりません。ですが、その関係をこうして現世にまで持ち込んだわけですから───」

 私はそんなヴァネッサ嬢に向かってにっこり微笑むときっぱり告げる。

「ハインリヒ様……彼のことは、どうぞヴァネッサ様がお好きにしてくださいませ?」
「……え!  わたしの好きに?  だ、ダメよ……そ、そんなの……だって」

(ダメ?  そんなの?)

 ヴァネッサ嬢は大きく動揺して瞳が大きく揺れている。
 その様子を見て私は思った。
 ヴァネッサ嬢も私とハインリヒ様に結婚して欲しそうな様子なのよね、と。

「……何がダメ、なのかはよく分かりませんが、そういうことなので先程、お願いされた二人がこれからも会うこと……私は全く反対なんてしませんよ?」

 嫉妬もしませんけど。

(むしろ、たくさん逢瀬を繰り返してくれた方が不貞の証拠になるものね)  

「どうぞどうぞ!  私は邪魔などしませんのでハインリヒ様……いえ、アルミン?  と、お幸せに」
「……っ!」

 私はそれだけ言ってヴァネッサ嬢から離れる。
 疲れたわ。今日はもうここまででいい。そう思って汗を拭う。

 一方のヴァネッサ嬢は一瞬何かを言いかけては口を噤む。
 その表情は何だかとても悔しそうに見えた。

(要らないからどうぞ?  と言っているのにその悔しそうな顔はなに?)

 ここは邪魔な私が身を引くなら、やったわ! 
 そうなる所ではないの?

(…………気持ち悪いわね)

 ハインリヒ様もベルクマン侯爵夫妻もヴァネッサ嬢も……
 いったい何を考えているの?
 彼らの考えが分からなくて、とにかく気持ち悪い。

 ただ、なんとなく……
 ハインリヒ様と私が結婚することはそれぞれが望んでいるけれど、その先にある“思惑”は全員違う気がするのよね。
 それぞれが抱いている思惑の結果が、ハインリヒ様と私が結婚すること、と一致しただけというか……だから余計に気持ち悪いと感じるのかも。

(あ、そうだわ)

「すみません……ヴァネッサ様」
「な、なんですか……?」

 私はふと思い出したことを聞いてみようと歩みを止めて振り返る。

「前世のあなた───ヘンリエッテ王女には“婚約者”がいましたよね?」
「……!  そ、それ、どうして……」

 ヴァネッサ嬢は、まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、かなり驚いていた。
 私は無視をして質問を続ける。

「ヘンリエッテ王女はその方のこと……愛していましたか?」
「え?  愛?」
「そうです。それこそ“また運命が巡りあって逢いたい”と思えるほど愛していましたか?」

 私のその質問にヴァネッサ嬢はすぐにこう答えた。

「もちろんです!  だって婚約者だったんですから」
「…………そうですか。ありがとうございました。では、これで失礼しますね」
「え?  あ……ナターリエ様……待っ」

 ヴァネッサ嬢はそのまま歩き出して離れていく私を引き止めようとしていたけれど、私は振り向くことはしなかった。
 ただ、何を言っているかまでは分からなかったけれど、遠ざかる私の背中に向かって何かを呟いていたことだけは感じた。




 ヴァネッサ嬢から離れて歩きながら考えた。

(───婚約者だったんですから、ねぇ)

 なんて言うか、通り一遍のことを口にしたようにしか感じられなかったわ。
 なんとなくだけど、“ヴァネッサ嬢”が逢いたかったのは婚約者ではなく“アルミン”なのだろうなぁと私は強く感じた。

「ナターリエ!」
「お母様?」

 あまりにも疲れたので飲み物でも飲んで一息つこうとしていた所に、お母様がやって来た。

「……見ていたわ。先程まで話していた令嬢がそうなのね?」
「はい」

 お母様はヴァネッサ嬢に視線を向けると「お姫様……ねぇ?」と小さく呟いた。

「どうかしました?」
「いえ?  前世の記憶を持っている“お姫様”だと言うわりには……」
「言うわりには?」

 うーん、と首を捻りながらお母様は言った。

「なんだか普通の女性ね、と思って」
「普通?」
「そう。“王族らしさ”を感じないと言うか……」
「……」

 王族らしさ───……
 それは私が思った違和感と同じかしら。

「まぁ、昔は昔。今は男爵令嬢として生きているのだからそういうものかもしれないわね」
「……」

 お母様はそこで話を切り上げたけれど、その言葉は妙に私の頭の中に残り続けた。

 その後、私がはっきりとハインリヒ様を要らないと言ったのに、逆に動揺されたことなどを報告し、改めてベルクマン侯爵家のことも調べた方がいいという結論を出した。
 そこで、ふと思った疑問をお母様に聞いてみた。

「ねぇ、お母様」
「なに?」
「前世を思い出すきっかけは人それぞれだと思うのだけど……」

 ハインリヒ様はヴァネッサ嬢に会って声をかけられた時と言っていた。
 まぁ、ハインリヒ様の話を聞いた感じだと声をかけたと言うよりは思わず口から出ていたというニュアンスに聞こえたけれど。
 なんであれ、ヴァネッサ嬢はそれよりもっと前に前世を思い出していたことになる。

「ヴァネッサ嬢はどうしてハインリヒ様を見て自分の前世の護衛騎士のアルミンだと感じだのだと思う?  顔でも似ていたのかしら?」
「そうねぇ……前世のことはあまり語りたがらない人も多いし、真偽がはっきりしないから何とも……」

 やはり、前世に関することは分からないことばかりらしい。

「何より、前世の知り合いに会う確率が低すぎるものね」
「そういうこと。でも、その道の研究者の一説によると個人差はあるけれど、前世の記憶を思い出した人は自分の姿を見てどこかしら前世の姿を継承している、なんて口にするという話もあるそうよ?」
「へぇ……確かに瞳の色とか髪の色とかならありそうな話ね。でも、それはよほど特徴的でないと意味が無いけれど」
「そうなのよね」

 お母様も苦笑した。
 それにどんなに前世の自分の姿と似ている!  と主張したところで残念ながらそれを立証する手立てはあまりない。
 そうなると、ヴァネッサ嬢が思わず口に出すほどなのだから、ハインリヒ様はもしかしたらアルミンの姿を彷彿とさせるほど色濃く外見を継承しているのかもしれない。
 また、ハインリヒ様が疑問に感じていないのだから、それはヴァネッサ嬢にも言えることだけれど。

(ヘンリエッテ王女の姿絵が残っていればいいのに……)

 でも……改めて思うわ。

 前世の記憶があっても、私たちが生きているのは“今”……
 大切にすべきは“今”ではないの?

 そう思ったらますます、ハインリヒ様に対して苛立ちを覚えた。

しおりを挟む
感想 269

あなたにおすすめの小説

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。

『やりたくないからやらないだけ 〜自分のために働かない選択をした元貴族令嬢の静かな失踪〜』

鷹 綾
恋愛
「やりたくないから、やらないだけですわ」 婚約破棄をきっかけに、 貴族としての役割も、評価も、期待も、すべてが“面倒”になった令嬢ファーファ・ノクティス。 彼女が選んだのは、復讐でも、成り上がりでもなく―― 働かないという選択。 爵位と領地、屋敷を手放し、 領民の未来だけは守る形で名領主と契約を結んだのち、 彼女はひっそりと姿を消す。 山の奥で始まるのは、 誰にも評価されず、誰にも感謝せず、 それでも不自由のない、静かな日々。 陰謀も、追手も、劇的な再会もない。 あるのは、契約に基づいて淡々と届く物資と、 「何者にもならなくていい」という確かな安心だけ。 働かない。 争わない。 名を残さない。 それでも―― 自分の人生を、自分のために選び切る。 これは、 頑張らないことを肯定する物語。 静かに失踪した元貴族令嬢が、 誰にも縛られず生きるまでを描いた、 “何もしない”ことを貫いた、静かな完結譚。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。

黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。 その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。 王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。 だから、泣かない。縋らない。 私は自分から婚約破棄を願い出る。 選ばれなかった人生を終わらせるために。 そして、私自身の人生を始めるために。 短いお話です。

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

処理中です...