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第八話 ヒロインへの違和感
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ヴィンセント様へと向けた熱い視線をあっさりかわされたステラは……
笑顔だった。ニコニコと微笑んでいる。
そしてその笑顔を崩さぬままヴィンセント様に近付いていく。
「本当にすみませんでした。えぇと、アディルティス侯爵家のヴィンセント様……でお間違いないですか?」
「……そうだが」
「私ったら未来の侯爵様のお手を煩わせて……」
そう言いながらステラは今度は瞳を潤ませる。
その辺の男なら守ってあげたい……と、コロリと落ちてしまいそうなほどの可愛いらしい仕草。
(あの元婚約者とかなら一発なんじゃないかしら……)
ふと思い出したくもない人の顔が頭に浮かんでしまって思わず苦い顔になる。
すると、ステラが私の方にチラリと視線を向けたのでばっちり目が合ってしまった。
「アイリーン様も驚かせてごめんなさい」
「い、いえ……私は別に……ステラさんに怪我がなくて良かったです」
モヤッとはしたけれど……
「はい! ヴィンセント様のおかげですね。本当にすみませんでした。私ったらそそっかしくて……危うくお花も潰してしまう所でしたし」
「あぁ、うん。まぁ……気を付けて」
「はい!」
ヴィンセント様がそう言うとステラは元気に返事を返した。
「それじゃ、アイリーン。そろそろ僕達は行こうか?」
ヴィンセント様はそう言って私に向かって優しい微笑みを浮かべる。
(だから、どうしてこの方はいちいち甘く微笑むの……もう!)
「は、はい」
「それじゃ、君も足元には気を付けて」
ヴィンセント様がステラにもそう注意を促した時だった。
「あ、お待ち下さい! 私はステラです! どうぞステラと呼んでください!」
ステラは無邪気な笑顔でヴィンセント様にそうお願いした。
(えぇぇー!?)
私は驚きすぎて声が出なかった。
平民のステラが貴族の……しかもアディルティス侯爵家のヴィンセント様になんて事を口にしているの!!
(ここが社交界なら間違いなくボコボコにされてしまうわよ!?)
ヴィンセント様も目を丸くしているのでこれにはかなり驚いている様子。
「あー……とにかくトムはもうすぐ来ると思うから」
「え? は、はい……」
「それじゃ」
「あ、ありがとうございます!」
ヴィンセント様は名前の件は流す事にしたらしい。そして、ステラはヴィンセント様のそんな様子に少しだけ戸惑いを見せたけれど、最後は笑顔でお礼を言っていた。
そんなステラの様子を黙ってずっと見ていた私は、何だかまた落ち着かない気持ちになる。
(それに何かしら、この違和感……)
目の前のステラは小説の通りのヒロインそのものなのに。
何故かは分からないけれど、どこか違和感を覚えてしまった。
「アイリーン」
「は、はい!」
名前を呼ばれたので俯いていた顔を上げるとヴィンセント様と目が合った。
胸がドキッとする。
「行こう」
そうして再びヴィンセント様がすっと手を差し出してくれたので、今度こそ私はその手を取った。
そうして私達は屋敷の中に向かって歩き出した───のだけど。
「───!?」
突然、何かゾクリとする視線を感じた気がして慌てて振り返る。
「あら? どうかしましたか? アイリーン様?」
「い、え。何でもないです……」
ステラは変わらず笑顔で微笑んだままその場に立っていた。
変な視線を送っている様子は無い。
(何だったのかしら? 凄く嫌な感じのする絡みつくような視線だったけれど。気の所為かしら……?)
「アイリーン?」
突然、後ろを振り返ったかと思えば、そのまま黙り込んだ私の行動がおかしかったからかヴィンセント様が心配そうな顔を私に向ける。
「な、何でもないです! えぇと、ヴィンセント様、今日は訪問の許可をありがとうございました!」
私はどうにか話を変えようと笑顔を作ってお礼を言った。
「当然だよ。まさかアイリーンの方から僕を訪ねてくれようとするなんて思っていなかったから嬉しかった」
そう言って柔らかく微笑むヴィンセント様。
その笑顔が本当に心から言っているのだと伝わって来て私の胸がキュンとする。
(え? 何でキュン?)
自分で自分の気持ちに戸惑いを覚える。
ヴィンセント様がステラには何の反応も示さなかった事に安堵したり、二人の視線が絡んだ時にモヤっとしたり。さっきから私の心は落ち着かない。
そのせいなのか……つい私の口から言葉がこぼれた。
「可愛らしい方でしたね」
「え? 誰が?」
「さっきの方です」
笑顔とか笑顔とか!
だってヒロインだもの。本当のあなたの運命の相手……
「んー……いや僕は…………アイリーンが」
けれど、ヴィンセント様は何故か口ごもる。
「私? 私がどうかしましたか?」
「い、いや?」
「そうですか?」
ゴニョニョ言っていたヴィンセント様はほんのり頬を染めながら誤魔化すように笑った。
こうして、何故か小説には無い展開でヒーローとヒロインは出会った。
なのにヒーローのヴィンセント様は全くヒロインのステラに関心を持たなかった。
(指輪の影響力って思ってた以上に大きいのかも)
そんな事を考えていた私は気付かなかった。
ヴィンセント様にエスコートされて屋敷の中に入って行く私を見ながらステラが、
「……せっかく、少し早いけど会いに来てみたのに……なーんだ。早すぎるとダメなのね。残念」
と、口にしていた事を。
そして、もう一人。実はこの小説には忘れてはならない厄介な人物がいた事を───
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