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ギルモア家と愉快な人々の日常
密かな楽しみ【ナンシー】
しおりを挟む「ナターシャァァ、頼む、頼むから機嫌、機嫌を直してくれ!」
「あぶぁぁ、うあばぁあ」
(……これは)
ギルモア家にお邪魔していたエドゥアルト坊っちゃまとナターシャお嬢様が無事にお戻りになられました。
しかし、何故かナターシャお嬢様のご機嫌が悪いようです。
エドゥアルト坊っちゃまが抱きあげようとしても、ナターシャお嬢様は若奥様譲りの鋭い目つきで睨みつけ、プイッと顔を逸らしています。
「ナターシャ……」
「あっぷぁあ」
愛娘のつれない態度にガクッと落ち込むエドゥアルト坊っちゃま───
さすがにこれには何時でもどこでも陽気で明るい坊っちゃまも堪え……
「はっはっは! 分かったぞ! これが世に言う“ツンデレ”とかいうやつだな!」
「あぶぁ!?」
(───は?)
顔を上げたエドゥアルト坊っちゃまが満面の笑みでそう言いました。
ナターシャお嬢様も父親のまさかの反応に顔が固まっております。
「昔、ジョエルの愛読書・人生の指南書を借りて読んだ時にそのような記述が載っていたんだ」
出ました!
ギルモア家の男性たちの愛読書と言われている人生の指南書────
当主から始まり、三代に渡って熱心に読み継がれており、家宝にも勝る書物だとか何だとか……
「なんでも主に照れが強く、本当は嬉しいのに素直になれない人がよくする反応だと書かれていた……つまり───」
「あ、うあぶぁあ……」
大変です!
ナターシャお嬢様の顔が困り顔から驚愕の顔へと変化していきます。
こんなにお小さいのに父親のことを正気かコイツ? みたいな目で見ています……
「ナターシャは今、僕に構われてとても嬉しいのに恥ずかしくて照れている状態なんだ!」
「あばばばばぁああ!?」
はっはっは! と嬉しそうに笑い飛ばすエドゥアルト坊っちゃま。
(坊っちゃま! どう見ても違いまーーす!)
「はっはっはっは! それなら仕方がないな!」
私の目からでも分かるくらいナターシャお嬢様も必死に違うと訴えています。
しかし、坊っちゃまには通じません。
エドゥアルト坊っちゃまのポジティブ思考に私はクラッと軽く目眩を起こしました。
「う、うぁっ……」
「なるほどな。ナターシャもそういうお年頃なんだろう。僕ももっと色々と学ばねばな!」
(すごいわ坊っちゃま……とことん前向き)
「────エドゥアルト? いったい何を騒いでいるの?」
「エドゥアルト様?」
はっはっはっは……と笑い続ける坊っちゃまの思考に唖然としていたら、私の仕えるコックス公爵家の奥様、ウェンディ様と若奥様のレティーシャ様が部屋にやって来ました。
どうやら、坊っちゃまの笑い声が響いていたようです。
お二人の登場に私は部屋の端に避けて頭を下げました。
「レティーシャ! 母上!」
「あばぁばば!」
ナターシャお嬢様が天の助けとばかりに母親であるレティーシャ様に向かって突進し抱きつきました。
現在、第二子妊娠中で身重の若奥様はクスクス笑いながらナターシャお嬢様を優しく抱き上げます。
「あらあらナターシャ、そんな涙目でどうかしたの?」
「あぶぁば……ぶぁっば、ばぶ、うあっあ」
エグエグしながら涙目で必死に訴えるナターシャお嬢様。
健気で可愛らしいですね。
しかし……
「ギルモア家では、ジョシュアくんやアイラちゃんと楽しく遊べたのかしら?」
「!」
若奥様の何気ない一言───
ジョシュア・ギルモアの名前を耳にした瞬間、ナターシャお嬢様の目からは一瞬で涙が消え、ギラッと瞳の奥が光りました。
(ジョシュア・ギルモア……)
いったい何をすれば、ナターシャお嬢様にここまで執着されることになるのでしょう?
やはり、ギルモア家は恐ろしい。
いえ、ギルモア家の当主の妻、ガーネット様の血が恐ろしい。
そう、あれは私がまだ王子と恋に落ちたと信じてた純粋な小娘だった頃────……
『───見つけたぞ、ナンシー・フェルベルクだな!?』
『へ?』
その頃、私の恋人だった王子ヨナス様は、婚約者の性悪王女様と話をつけるためと言ってモーフェット国に行ってしまっており、私はとっても暇を持て余しておりました。
なのでフラフラ街に出て呑気に買い食いをすることに。
そんな最中、私は突然、見知らぬ男たちに囲まれました。
『あなたたち、な、なんの用ですか!? ハッ! 肉は私のです! あげませんよ!?』
私はちょうど食べ歩きしていた肉を奪われまいと必死に串焼きを守ろうとしました。
こんなに美味しい物を奪われるなんて耐えられません!
しかし……
『違う! その串焼きに用はない!』
『え? 違うの?』
あっさり否定されて拍子抜けしたことを覚えています。
『ガーネット様の命令により、あなたにはこれから我々と一緒にモーフェット国に来てもらいます』
『モーフェット国? って、今ヨナス様がいる? ……ガーネット様?』
この時、串焼き泥棒ではなかった男たちは見知らぬ女性の名前をあげました。
誰それ? と思ったのも束の間。
私はそのまま攫われ───ではなく、まずは一旦家に連れ帰られたのです。
そして、私を攫いに来たはずの男たちはバカ丁寧に両親に事情を説明し、あれよあれよと私はモーフェット国に向かうことになりました。
(結局、ガーネットって誰?)
方法が荒っぽいのか丁寧なのかよく分からなくてこの時の私は本気で戸惑ったものです。
後に、ガーネット様が私のことを手厚く迎えるように命令していたのだと知りましたが。
そうして、モーフェット国に来てみれば───
ヨナス様に呼ばれていると聞いて、いそいそと王宮に出向くもそれは真っ赤な嘘。
あれよあれよと当時は恋敵だと信じていた、現在私がお仕えする王女ウェンディ様とご対面。
そこで、例のガーネット様とも顔を合わせました。
ガーネット・ウェルズリー(現、ギルモア)は、当時はこの国の王太子を婚約者に持つ一侯爵家の令嬢。
それなのに、その辺の王族よりも強烈なオーラを放っていました。
少なくとも、当時の彼女の婚約者だった王太子殿下よりも、ガーネット様の方が断然王族オーラが凄かったことを今でも覚えております。
……まだ王族じゃなかったのに、です。
まあ、まさかそんな人が未来の王妃の座を捨てて一侯爵家に嫁ぐとは思わなかったですけれども───
そして、性悪などと聞かされていた恋敵の王女、ウェンディ様……
『妃は妃でも────お前はカスなんかの妃になりたい?』
あの時のウェンディ様の言葉で私は目を覚ましました。
おかげで恋人だったカス王子……ヨナス様の本性も知ることが出来たのです。
(そのままこの国に滞在することにしましたけれど───)
ウェンディ様もガーネット様もカス男を捨てて、本当に好きな人と結ばれて私に“真実の愛”を見せてくれました。
そうして誕生した坊ちゃん方もやっぱり、真実の愛を実らせて、
ナターシャお嬢様、ジョシュア・ギルモア、その妹のアイラ・ギルモアという個性豊かなベビーたちが誕生しました。
こんなに嬉しいことはありません!
この先、若奥様がお二人目の子を無事に出産されたら、これからますます賑やかになるでしょう。
とてもとても楽しみです!
「ねぇ、エドゥアルト、レティーシャさん。どう見てもナターシャ、ジョシュア・ギルモアの名前を聞いてから殺気立ってる気がするんだけど?」
奥様がナターシャお嬢様の顔を覗き込みながらうーんと顔をしかめました。
さすが、奥様。
殺気にとても敏感ですね! 素晴らしいです。
「あぶぶぅぁ、うあったあぶぁぁあ!」
残念ながらなんと言っているのかはさっぱり分かりませんが、ナターシャお嬢様は必死に我々に訴えてきます。
(お嬢様、他の皆に伝わらなくても私にはなんとなく分かりますよ……!)
あれよあれよとギルモア家に連れて行かれ、ガーネット様の血を色濃く引き継いだあのベビーたちにそれはそれはたくさん振り回されたのでしょう。
「うあぶぁ、あっぷぁあ、あったぁぁ……うあっばぁあ」
「このギラギラした目……もしかしてジョシュアくんを殴ってやりたいと言っているのかしら?」
「あぅばばばっ!」
若奥様がうーんと首を捻りながら発した言葉にナターシャお嬢様が興奮しております。
きっと、正解なのでしょう。
しかし……
「はっはっは、つまり、ナターシャはジョシュアを喜ばせたいということか!」
「あ、そうね。ジョシュアくん、よく殴られるのはご褒美と言っているもの」
「……あっばばぶば!?」
エドゥアルト坊っちゃまと若奥様の会話にナターシャお嬢様が驚愕し、目を剥きました。
やっぱり、コックス公爵家の人々はどこかズレているようですね。
大抵の人は、殴られることが喜びなどという発想にはなりませんから。
喜ぶのは、お仕えするコックス公爵家の面々とギルモア家の人々くらい───
私も何度エドゥアルト坊っちゃまに“踏んでくれ”と頼まれたことか……
(ナターシャお嬢様……諦めてくださいませ)
お嬢様には少々酷なことかもしれませんが、
あの暴君……ゲフンゲフン、怖いもの知らずなベビーたちを制御出来るのは、世界中探しても、エドゥアルト坊っちゃまの朗らかさと若奥様の強さを受け継いだナターシャお嬢様しかおりません!
(ですが、私はいつまでも見守っております!)
ナターシャお嬢様がいつか、ジョシュア・ギルモアをギャフンと言わせる日を。
実はそんな日が来ることをこの私も密かに楽しみにしているのです。
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