9 / 70
ギルモア家と愉快な人々の日常
怖いもの知らずのベビー【エドゥアルト】
しおりを挟むその日、僕はいつものようにギルモア家に向かった。
今日は愛娘のナターシャは連れて行かずに僕一人での訪問だ。
(ナターシャ、必死になにかを訴えていたな……)
あれは、きっと自分もギルモア家に連れて行って欲しいと僕に強請っていたに違いない!
ナターシャはギルモア家───特にジョシュアのことが大好きみたいだからな。
レティーシャに慰められて何とか心を落ち着かせていたようだが……
帰ったら、おリボンをたくさん買って機嫌を直してもらおう!
「やあやあやあ! 邪魔するぞ」
ギルモア家の門を華麗に通り抜け、馬車から降りた僕は慣れた手つきで、我が家当然のギルモア家の邸の扉を開けた。
「あうあ~~」
───おにーさん、こんにちはです~~
出迎えてくれたのは、親友・ジョエルの息子のジョシュア。
相変わらず、ジョエルの息子とは思えないほどゆるっゆるの満面の笑顔だ。
「ジョシュア。わざわざ僕を出迎えてくれたのか?」
「あうあ!」
───おにーさんのにおいがしたです!
ジョシュアは満面の笑顔でそう言った。
「そうか。僕の匂い……相変わらず君の鼻はすごいんだな」
「あうあ」
ニパッと笑うジョシュアはとても可愛い。
親友の息子という点を差し引いても可愛いベビーだと僕は思う。
(ジョエルは可愛いというより、かっこいいからな)
きっと将来のジョシュアも同じようにかっこよく育つことだろう。
加えてジョエルには無いこの愛想の良さ……
年頃になっても“怖い”とご令嬢に泣かれていたジョエルと違ってモテモテ男になるに違いない。楽しみだ!
「あうあ!」
「ん? おにーさん、今日はボクと何して遊ぶです?」
満面の笑顔を浮かべたジョシュアが僕の足にしがみついて遊びに誘ってくる。
「あうあ、あうあ~」
「なに? 最近のボクは、高い高いをしてもらってからポイッと放り投げられる遊びを楽しんでるだと……?」
(高い高いまでは分かるが……)
ポイッと放り投げられる?
さすがギルモア家。
遊び方も身体を張っていてとても斬新だ。
僕も父上も愛する人に踏まれたり引き摺られたりと、普段から身体を張っている自覚はあるが、さすがにナターシャをポイッとはしないぞ?
「あうあ~」
見たところ、ジョシュアに怪我はない。
ポイッとやらもきっと安全に配慮を重ねて楽しんでいるのだろう。
僕には分かる。
ジョシュアは、そんじょそこらのベビーと同じ遊びでは満足しないから大変だ。
(さすが、ガーネット様……)
あの母上が“お姉さま”と呼んで慕って尊敬するだけある。
うんうんと頷いた僕は、その場に屈んで目線を合わせるとジョシュアの頭を優しく撫でた。
「あうあ」
おにーさん? とジョシュアがニパッと笑いながらじっと僕を見つめる。
「すまない、ジョシュア。君と遊びたい気持ちは山のようにあるんだが、今日の僕はジョエルに会いに来た」
「あうあ」
───おとーさま、ですか?
「そうだ。ジョエルに男同士の話があるんだ」
「あうあ!」
───おとーさまは、おかーさまと“でーと”です!
「なに? デート?」
ジョシュアの言葉に驚いた僕は目をパチパチと瞬かせた。
ジョエルがデート……だと?
“馬車”と聞くだけで顔が青ざめて震えまくって、どうにかこうにか乗ることを回避しようとばかりしていたあのジョエルが出かけている……?
「ジョシュア! それは───徒歩でか?」
「あうあ」
───いいえ! おかーさまとなかよくおててつないで、ばしゃにのったです!
「馬車に乗った!」
なんということだ!
ジョエルはちゃんと馬車に乗ったようだ!
「あうあ~」
「なに? 最近、そうやってデートすることが増えた!? それは本当なのか!」
「あうあ」
(あのジョエルが……こんな奇跡がある、のか)
僕はあまりにも感激しすぎて口元を手で覆う。
思わず目からは涙が溢れそうになった。
「すごいな、セアラ夫人……」
「あうあ!」
「ああ……本当に素晴らしい。なんだか僕もレティーシャとデートがしたくなって来たな」
僕は愛しの妻、レティーシャの姿を思い浮かべる。
「あうあ!」
───おにーさん、おにーさん。“でーと”ってなんですか?
(だが、今レティーシャは身重の体だ……いや、あまり遠出しなければ大丈夫だろうか?)
「あうあ!」
───でーととはおいしいですか!
(いや、馬車の揺れは身体に響く……)
「あうあ!」
───ボクもでーとするです、って、みんなにいっても、おおきくなったらね、といわれるだけなのです。なぜですか!
(ならば、手を繋いで近くを散歩する……でもいいかもしれない)
「あうあ!」
───おとなはずるいです、ボクもはやくおとなになるです!
「ん?」
「あうあ!」
レティーシャとのデートをどう実行すべきか考える事に集中していたら、気付くとジョシュアが僕の足元から必死によじ登ろうとしている。
「どうしたんだ、ジョシュア」
「あうあ!」
───おっきくなるです!
「……?」
ジョシュアは僕によじ登ろうとしながら、なにやら大きくなりたいなどと言っている。
なんでそういう結論になったのかはよく分からないが───……
「はっはっは! 大丈夫だ、ジョシュア。心配は要らない。だって君はジョエルの子。成長すれば嫌でも大きく……」
「あうあ!!」
「なに? そういうことじゃないです?」
はて?
いったいジョシュアは何をそんなにプリプリしているのだろう?
「うーん、君って子は難しいな」
「あうあ」
「だが、元気なのはいいことだ!」
「あうあ」
僕は、はっはっはともう一度笑い飛ばす。
(ナターシャもだが、ベビーの気持ちというのは気まぐれで難しいぞ)
ジョシュアを見ながらそんな風に考えた時だった。
「こら! ────いつまでも廊下で何やってるのよ」
「あうあ!」
廊下の奥から声が聞こえて後ろを振り返る。
登場したのはガーネット様。
相変わらず若々しくて美しく綺麗でとても孫がいるようには見えないお姿だ。
(母上といい、ガーネット様といい昔からあまり変わらないな)
まあ、母上の場合は最高級のマッサージとやらをいまだに欠かさないのだが。
ガーネット様は何をしているのだろう?
「で? エドゥアルトは何の用? あいにく今、ジョエルは……」
「ジョシュアに聞いたぞ。はっはっは! なんと、セアラ夫人とデートだそうじゃないか!」
「ああ、ちゃんとジョシュアから聞いてはいたのね?」
ガーネット様は苦笑した。
「あうあ、あうあ~」
───おばーさま、だっこ、だっこするです~
ジョシュアがガーネット様に向かって腕を伸ばして抱っこをせがんでいる。
「そうなのよ。最近、馬車に乗って仲睦まじく出かけているの」
ガーネット様はホホホと笑いながら慣れた手つきでジョシュアをヒョイっと抱き上げた。
(すごく自然な動きだな……)
「あうあ~!」
ニパッ!
ジョシュアはガーネット様に抱っこされて嬉しそうに笑った。
ここからポイッとされるのを期待しているのかもしれない。
「今日はジョエルに本を借りたくて来たんだが」
「あうあ」
「本?」
(動きがそっくりだ……!)
ガーネット様とジョシュアが揃って仲良く首を傾げたので僕はなんとか笑いを堪えて続けた。
「あ、ああ。困った時は、やはりジョエルの本なんだ!」
「あうあ!」
「なんでよ……」
ジョシュアは、そのとーりです! と頷いてくれた。
しかし、何故だろう?
ガーネット様は苦虫を噛み潰したような表情で額に手を当てると、ふぅ……と息を吐いた。
「まあ、いいわ。で? 今日のエドゥアルトは何に困ってるわけ?」
「えっと……」
「あうあ!」
───さあ、おにーさん。さっさとはなすです、はなせばラクになれるです!
ジョシュアがそんなことを言いながらグイグイと僕に顔を近付けてくる。
なんだろう? この迫り方。
まるで……
(取調べをする役人みたいじゃないか……!?)
この子はこの歳なのに人に圧をかけるのが上手いから、将来はそういう道に進むのも面白いかもしれないな、とぼんやり考えた。
「……どうも最近、ナターシャが」
「あうあ」
「ナターシャ? ああ、もしかして反抗期でも来た?」
ガーネット様が、さすがに反抗期はまだ早いかしら……と呟く横でジョシュアがニパッと笑う。
この子は反抗期とは無縁そうだな……などと思いながらも僕は続ける。
「ツ……」
「つ?」
「あうあ」
「───ツンデレというのに目覚めた!」
僕がそう口にすると、ガーネット様は目を丸くした。
「ツンデレ?」
「あうあ~」
───つんでれ、なんだかおいしそーです~
ジョシュアはキャッキャと笑って手を叩いているが、美味しそう?
これはおそらく意味を分かっていない。
「初めは僕も────はっはっは! これがツンデレというやつか! 可愛いぞ! と笑って流していたんだが」
「あうあ」
「流してたの!?」
ガーネット様がギョッとした。
「よくよく考えると、ナターシャはあんなに可愛いのに……このままではツンツンした冷たい子だと周囲に誤解されてしまうかもしれないと気付いた!」
「あうあ~」
───ベビーちゃんは、ちいさくてかわいいです~
さすがジョシュアだ。
ナターシャのことよく分かっている!
「だから、“ツンデレ”についてしっかり調べてみようと思った───が」
「が?」
「あうあ」
ガーネット様が怪訝そうに眉をひそめる。
そう。
それで僕は改めて“ツンデレ”について調べることにしたのだが……
「全っ然、解説されている資料が見つからないんだ!」
「あうあ~」
「母上に頼みこんで王宮の閲覧制限のある資料も調べさせた! だが、見つからない!」
「あうあ~」
「…………権力までフルに使って何をやってるのよ」
ガーネット様がホホホと笑う。
つられて僕もはっはっはと笑った。
「軽く絶望したが、僕は思い出した! ギルモア家に伝わる人生の指南書には“ツンデレ”について載っていたことを!」
そう、“ツンデレ”という言葉を僕はそこで知ったんだ。
「出たわね、役に立つのか立たないのか評価のしづらい人生の指南書……」
「あうあ~」
───あれはボクもつねにさんこーにしてるです~
「だろう?」
僕は、はっはっはと笑って優しくジョシュアの頭を撫でた。
「確か、毎晩ジョエルが君に読み聞かせてくれているんだったな?」
「あうあ!」
───おにーさん! ボク、おとーさまのおへやからもってくるです!
「え? ジョシュアが持ってくる? 何冊もあるんだろう? そもそも君にあの本が持てるのか?」
さすがにこのちんまいベビージョシュアでは無理だろう? と思って聞いてみる。
すると、ジョシュアはニパッと笑いながらガーネット様を見た。
「……持ってくる? ちょっと? 何の話してるのよ?」
「あうあ!」
───ボクにはむりです、だから、ぜーんぶおばーさまがもちます!
「ジョシュア、君……」
僕は感動した。
さすが、ジョエルの子だ。
この国で誰よりも怒らせてはいけないガーネット様を顎で使おうとするなんて!
なんて怖いもの知らずなんだろう。
「あうあ、あうあ!」
───さあ、おばーさま。ごほんのあるおへやにいくです!
「え、は? なによ? 下に降りたいの?」
ガーネット・ギルモア夫人を顎で使うなどという怖いもの知らずな行為に僕が驚愕している間も、ジョシュアはガーネット様を書斎に行くよう促す。
ガーネット様は戸惑いながらも、抱っこしていたジョシュアをそっと床に降ろした。
「あうあ!」
「だから……なに? どこに行こうとしてるのよ」
「あうあ~」
───おにーさん、おへやはこっちです~
「ガーネット様、ジョシュアがこっちと言っています」
「……そう?」
「あうあ~~」
───まず、そこをみぎにまがるとちかみちです!
「へえ、近道……」
「あうあ!」
ジョシュアは僕たちに向かってニパッと可愛く笑い、指示を出すと迷うことなくクイッと左に曲がった。
(ん? 右……と言っていたような……? いや。きっと僕の気のせいだな───はっはっは!)
こうして、僕たち三人はジョシュアの素晴らしい方向音痴のおかげで、そこから約一時間、ギルモア邸の中を仲良くウロウロすることになった。
241
あなたにおすすめの小説
婚約破棄?いいですよ。ですが、次期王を決めるのは私ですので
水中 沈
恋愛
「コメット、今ここで君との婚約を破棄する!!」
建国記念パーティーの最中、私の婚約者であり、第一王子のエドワードは人目も気にせずに大声でそう言った。
彼の腕には伯爵令嬢、モニカがべったりとくっついている。
婚約破棄の理由を問うと、モニカを苛めた悪女と結婚する気は無い。俺は真実の愛を見つけたのだ!とのたまった。
「婚約破棄ですか。別に構いませんよ」
私はあっさりと婚約破棄を了承し、書類にサインをする。
(でもいいのかしら?私と婚約破棄をするってことはそういう事なんだけれど。
まあ、本人は真実の愛とやらを見つけたみたいだし…引き留める理由も無いわ)
婚約破棄から数日後。
第二王子との結婚が決まった私の元にエドワードが鬼の形相でやって来る。
「この悪女め何をした!父上が弟を次期王にすると言い出すなんて!!
お前が父上に良からぬことを吹き込んだだろう!!」
唾をまき散らし叫ぶ彼に冷めた声で言葉を返す。
「まさか。
エドワード様、ご存じないのですか?次期王を決めるのは私ですよ」
王座がいらない程焦がれる、真実の愛を見つけたんでしょう?どうぞお幸せに。
真実の愛(笑)の為に全てを失った馬鹿王子にざまぁする話です。
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
『婚約破棄されたので玉座から降りました。――理で王国をざまあします
ふわふわ
恋愛
王太子から突然の婚約破棄を告げられた公爵令嬢。
社交界の中心で恥をかかされ、次期王妃の座を奪われた――はずだった。
けれど彼女は泣かなかった。怒鳴らなかった。復讐を誓いもしなかった。
「玉座は、座るより設計したほうが面白いですわ」
そう言って一歩退いた彼女は、王妃教育制度を立ち上げ、王と王妃を“育てる側”へと回る。
感情で動く王太子は、やがて理を学び始める。
新たに選ばれた王妃候補は、責任と孤独を知りながら成長していく。
武力でも陰謀でもない。
透明性と制度、そして対話で国を立て直していく静かな逆転劇。
婚約破棄で笑った者たちは、気づけば彼女の作った仕組みの中で頭を下げていた。
これは復讐ではない。
これは成熟。
選ばれなかった令嬢が、王国そのものを進化させる物語。
婚約破棄?いいですけど私巨乳ですよ?
無色
恋愛
子爵令嬢のディーカは、衆目の中で婚約破棄を告げられる。
身分差を理由に見下されながらも、彼女は淡々と受け入れようとするが、その時ドレスが破れ、隠していた自慢のそれが解き放たれてしまう。
「お前を愛する者などいない」と笑われた夜、私は“本物の王子”に拾われた
波依 沙枝
恋愛
侯爵令嬢セレスティアは、第二王子リヒトの婚約者だった。
彼に愛されていると信じ、どれほど冷たくされても、気まぐれに与えられる優しい言葉だけを支えに、隣に立ち続けてきた。
――しかしある夜、彼女は見てしまう。
婚約者が、知らない女を抱きながら、自分を嘲笑っているところを。
「お前みたいな女を愛する者などいない」
絶望の中で崩れ落ちた彼女に、ひとりの男が手を差し伸べた。
「――助けるのは、私でもいいかな」
それは、かつて彼女の孤独に寄り添ってくれた、“本当の王子”だった。
これは、愛されなかったはずの侯爵令嬢が、
本物の王子に見出され、溺愛され、
そして彼女を捨て、嘲笑った婚約者が、すべてを失って後悔するまでの物語。
今さら縋りついても、もう遅い。
彼女はもう、“選ばれる側”ではなく、“選ぶ側”なのだから。
義兄のために私ができること
しゃーりん
恋愛
姉が亡くなった。出産時の失血が原因だった。
しかも、子供は義兄の子ではないと罪の告白をして。
入り婿である義兄はどこまで知っている?
姉の子を跡継ぎにすべきか、自分が跡継ぎになるべきか、義兄を解放すべきか。
伯爵家のために、義兄のために最善の道を考え悩む令嬢のお話です。
幼馴染を選んで婚約者を追放した旦那様。しかしその後大変なことになっているようです
睡蓮
恋愛
レーベット侯爵は自身の婚約者として、一目ぼれしたミリアの事を受け入れていた。しかしレーベットはその後、自身の幼馴染であるリナリーの事ばかりを偏愛し、ミリアの事を冷遇し始める。そんな日々が繰り返されたのち、ついにレーベットはミリアのことを婚約破棄することを決める。もう戻れないところまで来てしまったレーベットは、その後大きな後悔をすることとなるのだった…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる