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ギルモア家と愉快な人々の日常
黒かった【ガーネット】
しおりを挟むあのパーティーの後、私はまるで未来のジョシュア……いえ、節操なしプレイボーイ男について調べさせた。
「ジョシュア! ───黒かったわ」
「あうあ!」
私が手にしたばかりの調査報告書を片手に部屋に入ると、それまで部屋で鼻歌を唄いながら楽しそうにお絵描きしていたジョシュアがクルッと振り返った。
「真っ黒の中の真っ黒。漆黒の闇ってくらいの真っ黒さよ」
「あうあ!」
私は呆れて肩を竦め、調査報告書をテーブルに置くとソファに座る。
「ガーネット、何の話だ?」
「あうあ!」
部屋でジョシュアと仲良くお絵描きしていたジョルジュが不思議そうな顔をしている。
私はフッと鼻で笑った。
「もちろん、決まってるでしょ……」
「あうあ!」
「ひっ!? なに? 真っ黒!!」
私の傍まで来たジョシュアがニパッと笑いながら真っ黒になった手を私に見せてくる。
何事かと驚いているとすかさずジョルジュが通訳をしてくれた。
「……おばーさま見てください! ボクのおてて、真っ黒です~…………だ、そうだ」
「は?」
「あうあ、あうあ~!」
「なんでボクのおててが黒いと分かったです~? と聞いてる」
「あなたの黒の話をしてたわけじゃなかったんだけど!?」
「あうあ~」
私が怒るとニパッとジョシュアがキャッキャと笑う。
「……ん?」
いやいやいや待って待って待って……?
いくらお絵描きしていたからってどうしてこの子、こんなに手が真っ黒になってるわけ?
「ジョシュア! お絵描きに使ってたペンはどこにやったの!」
「あうあ~」
「───消えた、です~と言ってる」
ジョルジュの淡々とした通訳の内容に私は思いっきり目を剥いた。
「消えたぁ?」
「あうあ~」
「ああ。不思議です~とジョシュアは笑っている」
「ちょっと、それは笑いごとじゃ…… 」
そう言いかけた時、部屋の端……隅っこの方に転がっているペンが私の視界に入った。
私はにっこりと笑って部屋の隅を指さしながらジョシュアに問いかける。
「ホホホホホ、ジョシュア。では、あそこに転がってるのは何かしら?」
「あうあ」
「───ペン、に見えるです、と言ってる」
ニパッと笑って即答するジョシュア。
「そうね、では、聞くわね。あれはあなたがさっきまで使ってたはずのペンではなくて?」
「あうあ」
「そうかもしれません───だそうだ」
ジョシュアのその呑気な返答に私はピクッと眉を上げた。
「へぇ、そうかもしれません? ……ジョシュア」
私が低い声を出すとジョシュアの肩がピクッと揺れた。
「あうあ~……」
「───訂正するです、いっぱい振り回してたらボクのおててから飛んだです~…………ガーネット。ジョシュアは訂正を始めたぞ」
「ホーホッホッホッ! やっぱりね! いいこと、ジョシュア? この私を欺こうなんてあなたみたいなベビーには百万年は早くってよ!」
私は高らかに笑いながら足を組み直すとバサッと髪をかきあげた。
「あうあ」
「───なら大きくなって百万年後に挑戦します? そうか、頑張れジョシュア、俺は応援してるぞ!」
「あうあ!」
(……あ?)
ジョルジュの意味不明な応援にジョシュアは任せてとばかりに胸を張る。
「……バカなこと言ってないで、ジョシュアはまずその手を拭いてさっさと拾って来なさい!」
「あうあ~」
私はパンパンと手を叩いてジョシュアにはペンを拾うよう命じる。
「ジョルジュもよ! 全力で話に乗っかるんじゃないわよ。分かってる? あの子、百万年後って言ったのよ?」
こめかみを押さえながらジョルジュに文句をつけると、愛する夫はキョトンとした顔で言った。
「いや、ガーネットならそれくらい長生きしそうだと思ったんだが、しないのか?」
(し な い の か !?)
「ホホホ、ジョルジュ。あなたの中の私ってちゃんと人間なのかしら」
「当たり前だろう? やはり、ガーネットは時々難しいことを言う」
「……」
(私からすればあなたの方が難解よ、ジョルジュ……)
「それで、ガーネット。ジョシュアの手でないのなら何が黒いんだ?」
「あ……」
そこで私は思い出す。
そうだった。さっき思いっきり話の腰を折られていたんだった。
「あうあ~」
「は? 多っ」
「あうあ~」
「あなた、どれだけ飛ばしたのよ……」
ここでちょうどジョシュアも拾い集めたペンを手にして戻って来た。
どうやら、思っていた以上の数のペンを振り回して飛ばしていたらしい。
(これは、後でたっぷりお説教しないといけないわね)
「ジョシュア……」
「あうあ」
私が睨みつけるとジョシュアはニパッと笑った。
「ガーネット?」
「え、ああ……そうね。黒いと言ったのはこの間のパーティーでジョシュアが見つけた“男”のことよ」
「あうあ~」
ジョルジュがふむ、と唸った。
「つまり、その男はジョシュア好みのカスだったのか」
「言い方があれだけど、そういうことになるわねぇ」
「あうあ~~」
わーいと嬉しそうに笑うジョシュア。
「パーティーで令嬢が詰め寄っていた話の裏も取れたわ」
「あうあ~」
「……おねえさん、キレイなひとだったです~…………ジョシュアはいつもそれだな」
「あうあ!」
(褒めてないわよ?)
ジョルジュの言葉に喜んでそうなジョシュアの顔を見ながら私はそう思った。
「令嬢の話に出ていたウォーノック家のお嬢さんもスポール家もヤーノルド家もコリヤー家も……言葉巧みに騙して遊んでるようなの」
「遊ぶ?」
「あうあ~~」
ジョシュアが明らかに“遊ぶ”という言葉に反応している。
多分、ジョシュアの想像している遊びは違う。全然違う。
「婚約者の令嬢のことをとことん悪者にして、“可哀想な俺”を各々の令嬢の前で演じてるんですって」
「あうあ!」
ジョシュアがドドンッと前に出て大きく胸を張った。
「───可愛いボク? おい、急に何の話だ? ジョシュア」
「あうあ」
「……ジョルジュ、いつものことなんだから放っておきなさい。話を続けるわよ?」
「分かった」
「あうあ~」
どうせ、可哀想な俺につられただけでしょ。
「令嬢たちは、みんな“本当の彼を知ってるのは私だけ”ってコロッと騙されてるみたい───厄介な男ね」
「埋めるか」
「あうあ」
ジョルジュとジョシュアが早速、殺る気を出してウンウン頷き合ってる。
「はいはーい、突然人が消えたら大騒ぎにもなるんだから、とりあえず落ち着きなさい」
「分かった」
「あうあ、あうあ、あうあ~~」
ここでジョシュアが何故か前のめりになって私になにやら訊ねてくる。
「なに? ジョルジュ!」
「ああ、ジョシュアは、カス男のお家は海とか山とか川とか森は持ってるです? と聞いているな」
「……やだ。また分捕る気なの? でも、残念だけど今回は我が家は全くの無関係よ?」
「あうあ」
「……」
ジョシュアの声のトーンが落ちた気がした。
なんて強欲な子!
(しかし……)
確かに今の時点では無関係なんだけど、ジョシュアの手にかかると……
なぜか、最終的に我が家に何かしらの利益が入ってくるようになるのよねぇ。
本当に本当に恐ろしい。
「あうあ、あうあ!」
(この顔……嫌な予感)
「───おばーさま、キレイなおねえさんを泣かせるさいてーなカスはポイッとするです! ガーネット、ジョシュアがカス退治することに乗り気だ」
「……ホホホホホ」
(今のところ、我が家とその家は無関係なのにどうするつもりよ……)
しかし。
火のない所の煙は起こすもの────をモットーにしている我が家のトラブルメーカー・ベビー、ジョシュア。
故意か偶然か……後日、なんとその男との接点を作りやがった。
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