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毎日、微笑みの貴公子をボッコボコにしたいと企んでいる公爵令嬢ですが【ナターシャ】
1. 困りごと
しおりを挟む待ってくれていた方……お待たせいたしました!
ナターシャ視点による、
ジョシュアとナターシャの恋(?)物語がメイン(予定)です。
✲✲✲✲✲✲✲
ヒュンッ、ヒュンッ
広い広い公爵家のお庭では今、わたくしが懸命に剣を振るう音が響いています。
「ハァ、ハァ……」
一旦、剣を降ろしたわたくしは、肩で息をしました。
そんなわたくしの額や頬には汗が伝います。
「ナターシャ、足の踏みこみが甘くなっている。もう一度だ」
「っ、はい! おじいさま!」
汗で張り付いた前髪を手で払い除け、顔を上げたわたくしはおじいさまに言われた通りにもう一度剣を振るいました。
疲れましたし、喉も渇きました。ここらで一度休みたい。
もちろん、そんな気持ちもありますけれど……
────憎き男をこの手でぶっ飛ばす!
幼き頃から抱くこの決意を達成するまでは、わたくしに泣き言なんて許されません。
己を鍛えるのみ、ですわ!
わたくしは、ナターシャ・コックス。
この国、唯一の公爵家の令嬢として生まれたわたくしは、幼き頃から元騎士でもあるおじいさまの指導の元、沢山の訓練をしてまいりました。
普段、孫には激甘のおじいさまですが訓練時はとても厳しい師匠となります。
「───よし、ナターシャ。一旦休憩にしよう」
「はい!」
おじいさまに言われてわたくしは剣を傍らに置きました。
タオルで汗を拭うとそのまま地面に座って身体を休めます。
「ふぅ……」
ついでに渡されたお水をゴクゴク飲み干すと生き返ったような気持ちになりました。
一刻も早く強くなりたいですが、身体を休めることも大事です。
身体を壊しては元も子もありませんから。
「あ……痛っ!」
こぼれてしまった水が手にかかり、少しピリッとした痛みが走りました。
わたくしは、豆だらけになった自分の手をじっと見つめます。
「豆が……」
とてもとても公爵家の令嬢とは思えない荒れ気味の手……
毎日、王室御用達の最高級のスベスベしっとりクリームを使ってはいますが、どうしても豆も手荒れも防げません。
ですが、これでいいのです。
「……ふふ、ふっふっふ」
わたくしは不敵に笑う。
お腹の底から笑いが込み上げてきましたわ。
(……見てなさい、ジョシュア!)
私は“憎き男”の顔を思い浮かべてギュッと強く拳を握りしめます。
あの老若男女を惑わす微笑み……いえ、ヘラヘラした顔を思い浮かべるだけで、疲れていたはずの身体にはおそろしいほどメキメキと力が戻って来ます。
「ギャフン……ギャフンですわ……絶対にあなたの口から言わせてみせますわよ、ジョシュアァァア!」
幼き頃からわたくしを翻弄し弄ぶ憎き男の名はジョシュア・ギルモア。
お父様の親友の息子で侯爵家の令息です。
まだまだ、言葉もまともに喋れないベビーだった頃からの……家族ぐるみのそれはそれは無駄に長い付き合いのある男です。
あまりにもジョシュアのことが憎々しすぎて、ベビーのわたくしが初めて口にした名前は家族ではなく、
『ジュチュアァァ……』
そう。
“ジョシュア”だったそうですわ!
お母様によると、わたくしが喋りだした頃からお父様は『おとーたま!』と呼ばれるのを期待してウズウズしていたから、ショックを受けて大号泣したという話までありますのよ。
そんなの、わたくしも泣きそうですわ……
「───はっはっは! ナターシャ。今日も張り切っているな!」
「お父様!」
背後から名前を呼ばれた声がしたので振り向きます。
ひょっこりと顔を出したのは、噂をすればのわたくしのお父様でした。
いつも明るくて陽気なお父様で、わたくしはとても大好き! なのですけど……
「今、ジョシュアの名を叫んでいたが、もしかしてギルモア家に行きたいのか?」
「え! …………いえ」
わたくしは慌てて首を横に振りました。
そんなわたくしのことをじっと見つめたお父様は陽気に笑います。
「はっはっは! もしかして先触れのことを気にしているのか? 大丈夫だ。ギルモア家と我が家の仲じゃないか!」
「いえ、そうではなく……」
そもそも、ジョシュアの名を口にしたのは会いたいからではなく、恨み辛みを口にしただけですのに。
なぜそうなるんですの?
「だろう! ギルモア家に限っては気にする必要は無い!」
「お父様! 話を聞いてくださいまし! そして気にしてくださいませ!」
親しき仲にも礼儀あり、ですわ!
まあ、お父様にとっては今更のような気もいたしますが。
「ナターシャ?」
お父様はいつも自分の家に帰るかのように頻繁にギルモア家に出入りしています。
なんと、これまでの人生でギルモア家に対して訪問の先触れを出したのは片手で数えられる程だとか。
初めてお父様からの先触れを手にした時のギルモア家は天変地異の前触れか? と大騒ぎになったとも聞いています。
「はっはっは! ナターシャはレティーシャに似ていい子だなぁ。レティーシャにも同じことを言われたことがあるぞ!」
「……っ」
お父様が嬉しそうに笑いながら私の頭を撫でてくれます。
お恥ずかしながら、こうしてお父様に頭を撫でられるのは好きですし、大好きなお母様に似ていると言われるのも嬉しいですわ。
これで大人しく黙り込んでしまうわたくし、あまりにもチョロくて自分で自分のことが心配になるほどです。
「おい、エドゥアルト。ナターシャはまだ稽古中だ」
「父上!」
「ギルモア家へ乗り込むのは構わないがせめて稽古の後にしてくれ」
そこへおじいさまが現れて、わたくしのギルモア家行きを阻止してくれました。
有難うございますですわ!
「そうか分かった、そうしよう。ああ、そうだ。ナターシャ」
「はい?」
お父様が険しい顔で懐から一通の手紙を取り出しました。
「───今日もナターシャ宛の手紙が届いていた」
「!」
お父様のその言葉にわたくしは思いっきり眉間に皺を寄せます。
同時におじいさまの顔も険しくなりました。
「…………そちらは、また今日も差出人の名前はありませんの?」
「ああ」
ふぅ、と息を吐いたお父様が苦々しい顔で吐き捨てます。
「なんなんだろうか。我が家の可愛い可愛いお姫様に懸想するだけでも許し難い行為だというのに!」
「……前回のお手紙は三日前でしたかしら?」
「ああ」
ここ最近、わたくし宛に差出人不明の手紙が届きますの。
それが、なかなか気持ち悪い内容なのですわ。
ナターシャ様は美しいですね、などと馴れ馴れしくわたくしのことを褒め讃え、更にはわたくしの行動をずっと見張っていたかのように行動記録をズラリと書き並べてきますの。
気持ち悪くて背筋がゾワゾワしますわ。
「ナターシャはとても可愛い」
「お父様?」
お父様も笑みを消して険しい表情を浮かべます。
「だから懸想する気持ちは分からなくはないが……これは許せん!」
「ええ! たとえ、これがわたくしへの恋文だとしても自分の名も書けないような軟弱者に用はございませんわ!」
わたくしは傍らに置いていた剣を手に取るとビュンッとふるいます。
いざとなったら切り捨ててやりたい所ですが、わたくしはまだ正式な騎士ではないので、外では帯刀出来ないことが残念です。
「お父様もこんな状況ですのによく、“ギルモア家へ行こう”などと言えますわね?」
「ん? ああ、ギルモア家なら我が家からも近いし、何より“安全”だろう?」
「……」
確かに────数々のハチャメチャな武勇伝を持つ“ギルモア家”を狙うバカは確かにいないかもしれません。
これまでうっかりギルモア家の怒りを買ったおバカさんたちがどれだけお金や土地を取られて、社会的に潰されてきたことか……
「なにより、ガーネット様を敵に回したらこの国では生きていけないと言っても過言ではないからな」
はっはっは、と笑うお父様。
ガーネット様というのは、憎きジョシュアのおばあさまに当たります。
いつだって強く美しく気高く逞しく……とても眩しい方ですわ。
わたくしは、ベビーの頃からこの方を尊敬しております。
「なあ、ナターシャ」
「なんです?」
「この気持ち悪い手紙の件、ジョシュアに相談したらどうだ?」
「なっ……!」
お父様の言葉にわたくしはクワッと目を釣りあげます。
よりにもよって、あのジョシュアに相談ですって!?
「なぜですの!」
「いや、ほらジョシュアって昔から悪者に鼻が利くから犯人捜索に役立つ……」
「お断りですわーーーー!」
確かに、まだまだ無力なはずのベビーだった頃から、ジョシュアという男は無双して数々のカスを葬り去って来たという話は聞いたことがあります。
しかし、ジョシュアに助けを求めるなんて───……
(わたくしのプライドが許しませんわーーーー!)
「よろしいですか? お父様。わたくしは打倒ジョシュアを目指しこうして日々鍛えていますの」
「ん? ……ああ、そういえばそんな理由だったか」
「!」
なんということでしょう!
お父様ったら顎に手を当ててうーんと首を捻りやがったですわ!
ベビーの頃からのわたくしの決意をなんだと思っていやがるんですの!?
「ほら、ナターシャはジョシュアを愛でるんだか崇めるんだか祀るんだかの会の会長だし」
「くっ、お父様! そのことには触れないでくださいませ!!」
内部から解散に追い込むためにジョシュアの野郎を愛でる会の会長になったわたくしですが、なかなか上手くいきません。
日に日に会員だけが増えておりますわ……
「とにかく、ジョシュアに助けを求めるなんて真っ平ごめんですわ!」
「そう、か? 頼りになると僕は思うが」
「お父様!」
「同感だ。あの子は昔から───なんて言うか、すごい。そして今も変わらず、すごい」
「おじいさままで!」
すごい───そんな一言であの男のことを済ませて欲しくありません。
わたくしがそう反論しようとした時でした。
何やら我が家の門前がザワザワしていますわ。
「お父様、おじいさま? 我が家の門の方が騒がしいですわ?」
「訪問者? 今日は特に誰か来るとは聞いていないが」
おじいさまも不思議そうに首を傾げます。
お父様も心当たりはないようです。もちろん、わたくしにもありません。
「では、用事があるのは、おばあさまかお母様、もしくは……」
邸内にいる家族の誰かと約束をして訪ねて来たのかも、と口にしかけたその時でした。
ザッザッと足音が庭に近付いて来たと思ったら、とても聞き覚えのある声がわたくしの名前を呼びました。
「いた───ナターシャ!」
「!!!!!!!!」
(こ、この声は!)
わたくしは、ぐるんっと勢いよく背後を振り返ります。
そして息を呑みました。
「やあ! やっぱりここに居たんだね!」
「……っ!」
ニパッ! とわたくしに向かってその男は笑います。
────あうあ!
ベビーの頃の面影を残しながら、かつての口癖を彷彿とさせる満面の笑顔でやって来た“ソイツ”は、微笑みの貴公子…………ジョシュア・ギルモア。
わたくしがこの手でボッコボコにすると誓った憎き男その人でした。
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