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毎日、微笑みの貴公子をボッコボコにしたいと企んでいる公爵令嬢ですが【ナターシャ】
2. 憎き男
しおりを挟む(来やがりましたわ~~)
ジョシュアは相変わらずヘラヘラしたニッパニパの笑顔を見せています。
……ここで会ったが百年目!
今すぐ、この剣で切り付け…………るのは物騒ですし、後々問題になりますから一旦抑えることにします。
ですが、代わりに拳を一発お見舞いするくらいなら───
しかし……
(ジョシュアを殺る場合はとにかく不意をつかないといけません!)
無駄に勘のいい男ですから、最初の一撃が肝心なのですわ。
こちらの殺気も気取られてはいけません。
(いける……そろそろいけますかしら?)
こうして、溢れんばかりの殺気を押さえつつ、ギュッと自分の拳を固く握りしめた時でした。
ジョシュアの後ろからひょこっと女性が顔を出しました。
「あ……」
思わず声を上げてしまいます。
(あれは───)
ジョシュアの妹、アイラお姉さま!
わたくしは慌てて握りしめていた拳を解きます。
その瞬間、アイラお姉さまとわたくしの目がパチッと合いました。
「……」
「……っ」
アイラお姉様から感じる圧にわたくしはたじろぎます。
「……」
「…………っっ」
何時でもどこでも誰にでもニパッと笑って老若男女を虜にしている微笑みの貴公子(と呼ばれる)ジョシュアと違って妹のアイラお姉さまは基本無表情。
ガーネットおばあさまの血を色濃く受け継いだと思われる常に冷静沈着な彼女の考えていることは、長いお付き合いのわたくしでもなかなか読めません。
(くっ、この場にアイラお姉さまがいるなら拳は控えた方が良さそうですわね)
現に今もアイラお姉さまの目は静かにわたくしの拳へと向けられています。
───その手はなに? ナターシャ? あなた、まさかお兄様のこと殴るつもり?
そう言われている気がしてなりませんわ!
わたくしはブルッと身体を震わせます。
アイラお姉さまはとってもとっても恐ろしい方ですので、決して敵に回してはなりません。
そう。
つい先日もパーティーでアイラお姉さまの美しさに嫉妬し、ネチネチ絡んでいたどこぞのご令嬢があっという間に姿を消しましたわ……
急遽、他国に嫁いだという話でしたが、そんなのわたくしは信じておりません。
きっと彼女はアイラお姉さまの怒りを買って……
(例のギルモア家の庭に埋まってるに違いありません!!)
つまり、ギルモア家にかかれば、公爵令嬢であるわたくしだって命が危ういのです。
「……っ!」
わたくしはこっそり深呼吸して心を落ち着かせてから、笑顔で二人に問いかけます。
「コホンッ、お二人共、本日はどうされましたの?」
そもそも訪問の連絡は聞いていません。
ですからわたくしが用件を訊ねると、ジョシュアがニパッと笑いました。
「うん! 今日はナターシャにお誘いと渡したい物があって来たんだ~」
「お……」
(お誘い?)
わたくしが目を丸くして驚いているとジョシュアはもう一度ニパッと笑います。
「驚かせようと思って内緒で来たんだよ」
「え、えっと? 渡したい物とは何を……?」
なぜか、少し胸がドキッと跳ねましたが、太陽が眩しかったせいだと思うことにしました。
すると、ジョシュアはアイラお姉さまが手に持っていた袋を受けとると、わたくしに向かってハイッと渡しました。
わたくしは、おそるおそる中をそっと覗きます。
袋の中には黒いものが見えました。
「……これは?」
「うん。僕たち、今度一週間ほど海に行くんだ」
ニパッ!
ジョシュアが昔から変わらない屈託のない顔で笑います。
「海……」
ギルモア家はなんと、海のある領地を持っていやがります。
これまで何度かわたくしたち家族もご一緒させてもらいました。
どうやら、今回もそのお誘いのようですわ。
「そう、海だよ!」
「……」
ギルモア家の所有する海の領地は、ベビーだった頃のジョシュアがわたくしのお母様を苦しめていたカス男から奪い取ったものだと聞きましたが、そんなの……
(信じられませんわ!)
“あうあ”しか喋れないベビーに何ができると言うんですの!
わたくしがおかしいですと何度訴えても、お父様もお母様も……なんなら、おじいさまもおばあさまもやれやれと首を横に振るばかりなのです。
「それで、今回もコックス公爵家の皆も誘おうと思ったんだ」
ニパッとした笑顔でそう口にするジョシュア。
「そう、でしたの……」
「それでさ、ナターシャの分はまだベビーだった頃に特注で作ったきりだったから、今年は新調してプレゼントしようと用意したんだ───サングラス!」
ジョシュアが袋の中に手をつっこみ、わたくしに黒いメガネ……サングラスを差し出します。
聞いたところによると、確かにわたくしはベビーだった頃、ギルモア家に海に連れて行ってもらった際、サングラスをプレゼントされたそうです。
「……わたくし、前に貰った時のことなんて覚えていませんわよ?」
「うん、アイラも同じこと言ってた。あの時は二人ともまだこーんなに小さかったからしょうがないよね」
ニパッ!
ジョシュアがこーんなにと言いながら手で小さな輪っかを作りました。
わたくしはその発言に目を見張ります。
(この男! 当時自分も小さなベビーだったくせに何を言ってるんですの?)
それに……
「ジョシュア。わたくしもアイラお姉さまもそんなに小さくなかったと思いますわ」
あまりにもジョシュアの作った輪っかが小さすぎます!
視力大丈夫ですの?
「そうかな? でも僕の記憶だとナターシャって、とっても小さくて」
「小さくて?」
「とっても可愛かっ……」
「ジョシュアァア!」
ゲシッ
ハッとしたわたくしは軽くジョシュアの脛を蹴ります。
「ナターシャ?」
ジョシュアが脛を押さえながらもキョトンとした顔を向けてきます。
わたくしは思いっきり怒鳴りつけました。
「何度言ったら分かりますの! そうやって軽々しく可愛いなどと口にするのは止めるべきです、といつも言っているでしょう!」
「あーー、うん」
ニパッと笑いながら頷くジョシュア。
なぜ……なぜコイツは蹴られても蹴られても笑っていられるんですの!?
「でも、どうしてダメなの?」
不思議そうに首を傾げるジョシュアにわたくしははっきりと言ってやります。
「誤解を招きますわ」
「誤解?」
これまた不思議そうに目をパチパチさせたジョシュアは、そっかぁと呟いて頷くとすぐにニパッと笑ってきます。
わたくしはすぐに察しました。
やはりコイツには何を言っても通用しませんわ、と。
「とにかく、このサングラスはナターシャにも似合うと思うよ~。ほら、かけてみて、ね?」
「え、ちょっ……待っ」
サングラスをかけるように要求してくるジョシュアにわたくしはどうにか抵抗しようと試みます。
しかし……
「────ナターシャ」
「ひっ!?」
ここで、これまで黙りだったアイラお姉さまが、とても冷んやりした声でわたくしの名を呼びました。
一気に全身がぞわりとします。
「……」
「……っ!」
───あなた、まさかお兄様の申し出を拒否するつもり?
わたくしと目が合ったアイラお姉さまは間違いなくそう言っています。
背中にも冷たい汗がどんどん流れていきます……
(ダ、ダメ……庭に埋められるのだけは勘弁ですわーー!)
まだ、ジョシュアをギャフンと言わせていないのに、先にわたくしが庭に埋められるて人生を終えるわけにはいきません!
「……っっっ!」
(背に腹はかえられませんわ!)
「お貸しなさい!」
「あっ」
わたくしはジョシュアの手からサングラスをひったくると、素早く自分の顔に装着しました。
「ホッホッホ! どう? ジョシュア! わたくしに似合ってますかしら!?」
「うん、ナターシャ! 思った通りとっても可愛いよ!」
「……くっ」
ニパッとした満面の笑みのジョシュアのそんな顔を見たら、なぜかわたくしの心臓がバクンッとなりました。
(な、なんですのこの胸のバクバクは……!)
わたくしは慌てて自分の胸をギュッと押さえます。
すっかり見慣れたジョシュアのいつもの腹立つヘラヘラ笑顔ですのに……おかしいですわ!
「ん? ナターシャ? どうかした?」
胸を押さえているわたくしを見てキョトンとしているジョシュア。
今すぐにでもそこにある剣を握ってその整った顔に切りつけてやりたい気分になりました。
(はっ! 切り付ける……? 分かりましたわーー!)
少し考えたわたくしは、一つの結論に達しました。
この尋常じゃないバクバクとした動悸こそ……
───これが世に言う殺意というやつですわ!
なるほど……
憎いという気持ちもここまで来ると重症ですわね……
ベビーの頃からの積もりに積もった感情が大爆発しそうというわけです。
とはいえ、どんなに憎かろうとこの国で王族より怒らせてはいけないギルモア家の跡取りのジョシュアを消すわけにはいきません。
ここはわたくしが大人にならなくては!
「なんでもありませんわ!」
「そっか」
わたくしがサングラスをかけたまま、ホッホッホと高らかに笑うとジョシュアもニパッと笑いました。
「ところで、ナターシャ」
「なんですの?」
ホッホッホッホッホッと笑い続けているとジョシュアがニパッとした笑顔のまま、庭の端を指さしました。
「さっきまで、あそこから気配を消して君の様子を覗き込んでいた人はナターシャのお友達?」
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